長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

第93回アカデミー賞予想(ノミネート予想編)

2021-03-15 | 賞レース
ホントに開催されるのか?
2020年は新型コロナウィルスによって映画館が閉鎖に追い込まれ、多くのハリウッド映画が公開延期を余儀なくされた。アカデミーは暫定的に配信限定作品も選考対象にすると規約を変更し、授賞式の開催も例年より2か月遅い4月25日に設定。果たして候補5枠は本当に埋まるのか?

 そんなハリウッドの危機を救ったのが2年前、「配信映画は映画ではない」とまで言われた新興Netflixをはじめとするストリーミングサービスである。公開手段を無くしたハリウッドスタジオ各社は、次々とNetflixやAmazonといった配信サービスに作品の配給権を売却。少しでも損失をカバーしようとした。もはや『ROMA』の最多ノミネートに揺れた“Netflix問題”は完全に過去の話である。ハリウッドでは向こう10年で各社が独自のストリーミングサービスを主戦場にするだろうと予測されていたが、コロナショックによって時計の針は一気に進んだ格好だ。そんな業界の過渡期であり、そしてトランプからバイデンへと大統領が変わった2020年を象徴するアメリカ作品とはどれか?今年も主要6部門を中心に見ていきたい。
(★はノミネートの可能性が高い候補)

【助演女優賞】

★ユン・ヨジョン~『ミナリ』
★マリア・バカローヴァ~『続・ボラット』
★オリヴィア・コールマン~『ファーザー』
★グレン・クローズ~『ヒルビリー・エレジー』
・アマンダ・セイフライド~『マンク』
・エレン・バースティン~『私というパズル』
・ヘレナ・ツェンゲル~『この茫漠たる荒野で』
・ジョディ・フォスター~『The Mauritanian』
・オリヴィア・クック~『サウンド・オブ・メタル』

全員にノミネート&受賞のチャンスがある今年の激戦区。
前哨戦となる各批評家賞を席巻したのはまさかの『続・ボラット』マリア・バカローヴァ。時に主演サシャ・バロン・コーエンを凌駕するほどの瞬間風速的笑いと体当たり演技で観客を圧倒した。まったくオスカー向きではないタイプだが、今年のダークホースだ。

 レース後半から勢いを増している『ミナリ』のユン・ヨジョンは韓国映画界を代表する伝説的大女優。対象作は韓国移民を描いたアメリカ製作映画であり、昨年の『パラサイト』旋風でハリウッドに韓国映画の土壌が出来ているのも嬉しい後押しだ。

 作品評価が全く伸びなかった『ヒルビリー・エレジー』のグレン・クローズは重要前哨戦の俳優組合賞候補を獲得し、8度目のオスカーへ挑戦権を獲得した。主人公の祖母に扮した彼女の演技は圧巻で、今度こそ悲願達成を狙う(そして再び『ファーザー』オリヴィア・コールマンが立ち塞がっている)。

 今年はもう1人、大ベテランにオスカーチャンスがある。『私というパズル』で主人公の母親を演じたエレン・バースティンだ。中盤、その正体が露となる圧巻のモノローグはなんと彼女のアドリブだという。大女優の凄みに圧倒された人も多いハズだ。

 近年、『ツイン・ピークスThe Return』『魂のゆくえ』など、良質な作品選びでメキメキと実力を伸ばしてきたアマンダ・セイフライドにいよいよオスカーチャンスが到来。デヴィッド・フィンチャー監督から直々に指名されたという『マンク』で、往年の女優マリオン・デイヴィスをチャーミングに演じ、映画の良心となった。

 かねてから天才子役がノミネートされてきたこの部門。『この茫漠たる荒野で』で、南北戦争期の荒野を旅する少女を演じたヘレナ・ゼンゲルに注目が集まっている。カリスマチックな存在感は主演トム・ハンクスに引けを取らず俳優組合賞、ゴールデングローブ賞にもノミネート。オスカー候補入りの可能性は十分にある。
 
 前哨戦では一切注目されなかったものの、ゴールデングローブ賞を突如受賞したジョディ・フォスターもそういえば子役出身。近年、積極的な映画出演はあまり見られなかったが、対象作『The Mauritanian』は久々に彼女らしい、熱のこもった演技が見られそうだ。

 最後に『サウンド・オブ・メタル』オリヴィア・クックの名前を挙げておこう。前哨戦ではわずかな受賞に留まったが、主演リズ・アーメドの名演は恋人役の彼女あってのもの。終盤30分の壮絶は涙なしでは見られなかった。実は作品毎でガラっと印象が異なる演技派で、将来性という意味でもここでオスカー候補に選んでいいだろう。


【助演男優賞】

・ポール・レイシー~『サウンド・オブ・メタル』
★サシャ・バロン・コーエン~『シカゴ7裁判』
★レスリー・オドム・ジュニア~『あの夜、マイアミで』
★チャドウィック・ボーズマン~『ザ・ファイブ・ブラッズ』
★ダニエル・カルーヤ~『Judas and the Black Messiah』
・ビル・マーレイ~『オン・ザ・ロック』
・ジャレッド・レト~『The Little Things 』

 前哨戦前半から批評家賞で幅広い支持を得てきた『サウンド・オブ・メタル』のポール・レイシーだが、オスカーノミネートの重要な指針である俳優組合賞候補から落選、ゴールデングローブ賞でも無視された。それもそのはず(?)、彼の本業は俳優ではなく、裁判所の手話通訳士なのだ。主人公を導く哲人のような彼の演技は味わい深かったが、業界組合賞でもあるオスカーはこういう“素人”に厳しい。

 ゴールデングローブ賞では主演作『続・ボラット』が作品賞、主演男優賞に輝き、彼ならではのシニカルなスピーチをかましたサシャ・バロン・コーエン。しかしオスカー本戦ではお下品コメディではなく『シカゴ7裁判』でノミネートされるだろう。対象作は名優揃い踏みの演技合戦だが、どうやら候補は彼に絞られてきた感がある。

 3番手は『あの夜、マイアミで』でサム・クックを演じたレスリー・オドム・ジュニア。ミュージカル『ハミルトン』で既にトニーも受賞済み。本作でもその美声を響かせ、観客の涙を振り絞ってくれる。対象作は演技アンサンブルが素晴らしく、キャスト全員に候補入りのチャンスがあると言われてきたが、レスリー・オドム・ジュニアでほぼ決まりの雰囲気だ。

 2020年、惜しくも急逝したチャドウィック・ボーズマンは主演作『マ・レイニーのブラックボトム』と『ザ・ファイブ・ブラッズ』の助演でWノミネートが期待されている。対象作では主人公たちの精神的支柱となる軍曹に扮し、神秘的なカリスマ性を放った。

 『ゲット・アウト』でアカデミー主演男優賞にノミネートされて以後、躍進著しいダニエル・カルーヤは『Judas and the Black Messiah』でゴールデングローブ賞を獲得。『シカゴ7裁判』にも登場したブラックパンサー党のリーダー、フレッド・ハンプトンをド迫力で演じている。

 みんな大好きビル・マーレイにもチャンスがありそうだ。『ロスト・イン・トランスレーション』のソフィア・コッポラ監督と再タッグを組んだ『オン・ザ・ロック』では、ヒロインのダメ親父を快演。僕らが見たかったビル・マーレイ芝居を見せてくれている。

 今年は手薄な部門のため、およそオスカー向きではない『The Little Things 』ジャレッド・レトにもチャンスが出てきた。デンゼル・ワシントン主演のスリラー映画で、レトは連続殺人鬼役。俳優組合賞、ゴールデングローブ賞にノミネートされ、まさかのオスカーレース参戦である。


【主演男優賞】

★チャドウィック・ボーズマン~『マ・レイニーのブラックボトム』
★リズ・アーメド ~『サウンド・オブ・メタル』
・デルロイ・リンドー~『ザ・ファイブ・ブラッズ』
★アンソニー・ホプキンス~『ファーザー』
★スティーヴン・ユァン~『ミナリ』
・ゲイリー・オールドマン~『マンク』
・キングズリー・ベン・アディル~『あの夜、マイアミで』
・タハール・ラヒム~『The Mauritanian 』

 この部門も最大の注目は故チャドウィック・ボーズマンだ。『マ・レイニーのブラックボトム』では今だからこそ病魔に侵されていたとわかる痩身で鬼気迫る熱演を披露。文句なしにキャリア最高の演技である。彼が受賞しても“追悼票”と揶揄されることはないだろう。

 批評家賞では『サウンド・オブ・メタル』のリズ・アーメドも人気。聴覚を失うドラマーに扮し、とりわけラスト30分は出色。既に『ザ・ナイト・オブ』でエミー賞も受賞している演技派であり、配給のAmazonは作品の好評を受け、1年間作品を寝かせ、満を持してのリリースである。

 同じく批評家賞で高く評価されたのが『ザ・ファイブ・ブラッズ』のベテラン、デルロイ・リンドー。スパイク・リー初期作品の常連であり、映画出演作も数多いが、近年は舞台を中心に活躍していた。その影響もあってか、俳優組合賞では選外。2020年前半リリースというのもマイナス要因になっているか。Netflixも有力作を抱えすぎである。

 御歳82歳の名優アンソニー・ホプキンスが昨年の『2人のローマ教皇』に続いて2年連続ノミネートに挑戦。アルツハイマーに侵される父親を演じた『ファーザー』が絶賛されている。受賞式にはほぼ現れない御大だが、最近はロックダウン生活にメリハリをつけようとピアノ演奏やダンスなど、ユーモラスな動画をSNSにアップしている。

 TVシリーズ『ウォーキング・デッド』で人気のスティーヴン・ユァンは主演作『ミナリ』が絶賛されており、初ノミネートに期待がかかる。本人はアメリカ国籍だが、昨年の『パラサイト』旋風も手伝い“韓国系アメリカ人初のオスカーノミネート”が射程距離に入ってきた。

 既に『ウィンストン・チャーチル』でアカデミー主演男優賞を受賞している名優ゲイリー・オールドマンは、『市民ケーン』を手掛けた脚本家マンキーウィッツを演じた『マンク』で3度目のノミネートを目指す。但し、対象作は“アンチハリウッド”的な側面があり、オスカー向きではないだけに無視される可能性がなくもない。


【主演女優賞】

★フランシス・マクドーマンド~『ノマドランド』
★キャリー・マリガン~『プロミシング・ヤング・ウーマン』
★ヴィオラ・デイヴィス~『マ・レイニーのブラックボトム』
・ヴァネッサ・カービー~『私というパズル』
・アンドラ・デイ~『The United States vs. Billie Holiday 』
・シドニー・フラニガン~『Never Rarely Sometimes Always 』
・ロザムンド・パイク~『I Care a Lot』
・エイミー・アダムス~『ヒルビリー・エレジー』
・ゼンデイヤ~『マルコム&マリー』

 コロナ禍のオスカーには従来、陽の目の当たらなかったような作品にもスポットが当たるのではと期待していたが、さすがにそうはいかなかったようだ。オスカーレースに必要なのは作品の力はもちろん、それ以上に各社のPR力がモノを言うのである。例えばIndiewire誌による年間ベストパフォーマンスに挙げられている『スワロウ』のヘイリー・ベネットや、『kajillionaire』のエヴァン・レイチェル・ウッドは批評家賞でノミネートもされていない。方やコロナ禍で撮影された2人芝居映画『マルコム&マリー』は、普段ならまずお目にかかれないタイプの小品だが、Netflixのワールドリリースによって賞レースではゼンデイヤの名前が急浮上した。また作品評価が伸び切らなかったものの、『I Care a Lot』のロザムンド・パイク、『The United States vs. Billie Holiday 』(Hulu)のアンドラ・デイはそのパフォーマンスが純粋に評価されており、ゴールデングローブ賞をサプライズ受賞して候補枠最後の1つを狙っている。

 賞レースをリードしたのは作品賞の本命『ノマドランド』のフランシス・マクドーマンド、『プロミシング・ヤング・ウーマン』のキャリー・マリガン、『マ・レイニーのブラックボトム』のヴィオラ・デイヴィスら3人で候補は当確ライン。その後にベネチア映画祭で女優賞を獲得した『私というパズル』のヴァネッサ・カービーが続く。TVシリーズ『ザ・クラウン』のマーガレット王女役で頭角を現し、その後は『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』といったブロックバスターにも連続出演。ハリウッドでの知名度も十分だ。

 ベルリン映画祭銀熊賞獲得の『Never Rarely Sometimes Always 』のシドニー・フラニガンは今年の新人枠。無名の若手女優がノミネートされることも多いカテゴリーであり、コロナ禍だからこそ小品にスポットを当てるべきだろう。

 『ヒルビリー・エレジー』で薬物中毒者に扮したエイミー・アダムスの演技は今回も好評。俳優組合賞にノミネートされ、最後の1枠に滑り込めるか。もっとも伸び切らなかった作品評価を考えると、彼女のオスカー連敗記録を伸ばすだけの気もするのだが…。

【監督賞】

★クロエ・ジャオ~『ノマドランド』
★エメラルド・フェネル~『プロミシング・ヤング・ウーマン』
★レジーナ・キング~『あの夜、マイアミで』
★デヴィッド・フィンチャー~『マンク』
★アーロン・ソーキン~『シカゴ7裁判』
・スパイク・リー~『ザ・ファイブ・ブラッズ』
・リー・アイザック・チョン~『ミナリ』

 昨年、グレタ・ガーウィグが『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』を作品賞候補に送り込みながら監督賞で選外となり、改めてハリウッドの男性優位社会が大きく批判された(そもそもハリウッドにおける女性監督の数はとても少ない)。だが今年は大きな転換点となりそうだ。賞レースを牽引する有力作品はいずれも女性監督作。中でも大本命と目される『ノマドランド』のクロエ・ジャオ監督は前哨戦をほぼ完勝しており、今や話題は“アジア系女性監督初のオスカー受賞”に移りつつある。

 さらに『プロミシング・ヤング・ウーマン』のエメラルド・フェネル、『あの夜、マイアミで』のレジーナ・キングが後に続いており、女性監督が同時に3人ノミネートされる史上初の快挙が現実味を帯びている。フェネルとキングは俳優兼業、劇場長編初監督というのも面白い共通点だ。今年は彼女ら3人が大いに盛り上げてくれるだろう。

 『シカゴ7裁判』が高く評価された名脚本家アーロン・ソーキンや、イマイチ作品人気が伸び切らないものの、今や巨匠の風格『マンク』のデヴィッド・フィンチャーらは共にNetflixの強力な後押しを受けてノミネート圏内である。

 最後の席を伺うのは一昨年『ブラック・クランズマン』で脚色賞を獲得し、大復活を遂げた巨匠スパイク・リーと、『ミナリ』が大好評の韓国系アメリカ人監督リー・アイザック・チョンだ。スパイク・リーは『ザ・ファイブ・ブラッズ』が昨年前半のリリースで、Netflixが有力作を抱えすぎているためかゴールデングローブ賞候補を落としており、やや息切れ気味。アイザック・チョンはハリウッドを動かすダイバーシティの波も大きく後押しになりそうだ。


【作品賞】

★『ノマドランド』
★『プロミシング・ヤング・ウーマン』
★『ミナリ』
★『シカゴ7裁判』
・『マ・レイニーのブラックボトム』
・『ザ・ファイブ・ブラッズ』
★『マンク』
・『あの夜、マイアミで』
・『サウンド・オブ・メタル』
・『この茫漠たる荒野で』

 何とか有力作が出揃った。今年の注目はなんといってもストリーミング各社の動向だ。ハリウッドを救った彼らがしかるべき評価を受けるべきだろう。Netflixからは『マンク』『シカゴ7裁判』『マ・レイニーのブラックボトム』『ザ・ファイブ・ブラッズ』『この茫漠たる荒野で』に候補入りのチャンスがあり、Amazonからは『サウンド・オブ・メタル』『あの夜、マイアミで』が、そしてディズニープラスの『ソウルフル・ワールド』は久しぶりに長編アニメーション賞とのW候補が狙えそうだ。

 そして監督賞同様、女性監督作品の史上最多ノミネートが期待される。本命クロエ・ジャオ監督『ノマドランド』、エメラルド・フェネル監督『プロミシング・ヤング・ウーマン』、レジーナ・キング監督『あの夜、マイアミで』と実にバラエティ豊かなラインナップとなるだろう。
(むしろ問題はコロナショックによって製作が中断され、本数不足は必至の来年2021年度のオスカーだろう)

※次回の更新は4月、アカデミー賞ノミネート発表後に行う予定です。

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