“Z世代のセックス、ドラッグ、バイオレンスを描いたリアルでハードな青春ドラマ”という謳い文句に二の足を踏むのは勿体ない。『ユーフォリア』は『ゲーム・オブ・スローンズ』同様、ルール無用のエクストリームな刺激に満ちたHBO式ヒューマンドラマだ。恐れ知らずの監督サム・レヴィンソンはほとんど過積載気味だった前シーズンからコロナ禍に撮影された2本のブリッジストーリーと、ゼンデイヤと再タッグを組んだNetflix映画『マルコム&マリー』を経て、格段と洗練された。自社株価のために再生産を繰り返すフランチャイズ映画やTVシリーズが氾濫する昨今、真にオリジナルでチャレンジングな作品は『ユーフォリア シーズン2』である。
第1話はドラッグ売人フェズコの半生から幕を開ける。10代でアウトローの祖母に引き取られ、タバコもドラッグビジネスも全て教わった彼は、血の繋がらない弟アッシュトレイ(赤ん坊の時に煙草を飲み込もうとしてこの名が付いた)と二人三脚でのし上がっていく。ポップソングとめくるめく編集で描かれるこの十数分間のシークエンスはほとんどマーティン・スコセッシ監督の『グッドフェローズ』で、そこから本シリーズの恒例、パーティシーンの群像になだれ込んでいく破竹の勢いだ。85年生まれのレヴィンソン監督が90年代の映画に強く影響を受けているのは明らかであり、第3話では威圧的な父親キャルのルーツを探る冒頭15分でガス・ヴァン・サントを思わせる瑞々しさを獲得している。彼のシネアストぶりはいよいよ密度を増し、第4話巻頭“恋愛映画グレイテストヒッツ・モンタージュ”はゼンデイヤとハンター・シェーファーのフォトジェニックな魅力も相まって、最高だ。
前シーズンに倣ってティーンドラマの定型をなぞることもできたハズだが、レヴィンソンは安易に同じことを繰り返したりはしない。カメラが学内を歩き回れば主人公は次々と交代し、現実と妄想、過去と現在を縦横無尽に横断して、エピソード毎で叙述のスタイルはガラリと変わる。第4話ではソープドラマへと舵を切り、今シーズンのMVPシドニー・スウィーニーが場をさらうブレイクスルーだ。彼女が演じるキャシーは親友マディの元彼ネイトとデキてしまったばかりに、自己嫌悪と友情の板挟みでドロドロに精神崩壊していく。優柔不断で自己肯定感の低い彼女にファンはイライラするだろうが、スウィーニーはそんな観客の嫌悪感を笑いへ転嫁する思い切りの良いパフォーマンスを見せており、今シーズンではエミー賞の助演女優賞にノミネートされた。前シーズン終了後、怒涛の勢いで出演作を積み重ねてきた彼女は今年『ホワイト・ロータス』でも助演女優賞にノミネートされており、いよいよブレイクである。
そして『ユーフォリア』のスターはゼンデイヤだ。第5話は一転、ハードな薬物中毒ドラマへと転調し、ゼンデイヤはこの1エピソードで再びエミー賞を獲得するのは間違いないだろう。決して癒えることのない孤独とドラッグ中毒、自己嫌悪でメルトダウンした彼女が禁断症状と膀胱炎に苦しみながら夜通し町を駆けずり回るこのエピソードは、痛ましくもしかし不思議と可笑しい。ゼンデイヤ扮するルーはシーズン前半はほとんど酩酊状態にあり、彼女のドラッグ中毒演技にはアナーキーなユーモアが共存しているのだ。このシーズン2でゼンデイヤのカリスマ性はさらに輝き、同世代最高のスターに昇り詰めたと言っても過言ではない。
第7話〜8話では、そんな『ユーフォリア』で唯一の平凡な女の子レクシーが主人公となる。彼女が書いた自伝的戯曲が上演されるメタ構造は、これまで描かれたキャラクターの変遷を再びなぞってさすがにしつこく、ドラマは完全に破綻しているのだが、レヴィンソンには半ばこれを承知で放置している節が感じられる。今やこの過剰さと作劇上の失敗すら『ユーフォリア』においてはチャームなのかもしれない。そして地に足ついたハスキーボイスのレクシー役モード・アパトウ(ジャド・アパトウ監督の長女)によって、平凡な僕たちはなんとかこの物語に軸足を持つことができるのだ。
『ユーフォリア/EUPHORIA シーズン2』22・米
監督 サム・レヴィンソン
出演 ゼンデイヤ、ハンター・シェーファー、ジェイコブ・エローディ、バービー・フェレイラ、アレクサ・デミー、シドニー・スウィーニー、モード・アパトウ、オースティン・エイブラムス
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