有名俳優の優れた監督デビュー作が相次ぐ近年、今度は『マイレージ、マイライフ』や『ピッチ・パーフェクト』シリーズ、『シンプル・フェイバー』などでお馴染みアナ・ケンドリックが登場だ。『アイズ・オン・ユー』(原題=Woman of the Hour”)はケンドリックが利発な演技スタイルそのまま実に巧妙な演出力を発揮。しかも映画はこれまで彼女が見せてきたキュートな笑顔とは程遠い、身の毛もよだつようなスリラーだ。1978年、視聴者参加型バラエティ番組“デート・ゲーム”に推定130人を殺したとされるシリアルキラー、ロドニー・アルカラが出演していた恐ろしい実話の映画化である。
時制をトリッキーなまでにシャッフルするイアン・マクドナルドの脚本は犯行のごく一部を詳らかにし、ケンドリックは扇状的になる事なく、犠牲者への厳粛な敬意を持って再現していく。カメラ片手にロマンチックなアーティストを装うアルカラは、巧みな言葉で女性へ接近。ほとんど生理的とも言える空気の変化に彼女らが嫌悪と恐怖を募らせていく瞬間を、ケンドリックは観客へ直感させる。主演を兼任するケンドリック自身の巧さはもちろんのこと、被害女性たちを演じる俳優陣のキャスティングもあってこそだろう。
果たしてこれは“本当にあった怖い話”程度の特殊な事例なのか?ケンドリックは既の所で難を逃れた女性シェリルを主人公にすることで、1978年を現在に接近させる。アルコールを執拗に勧めてくる男性はいったい何の見返りを求めているのか?なぜ、男性は不意に女性の身体に接触してくるのか?シェリルが日常レベルで直感している恐怖と嫌悪を犠牲者たちもまた感じたのではないか?時は流れても巷にはSNSでのアップを謳ったストリートスナップが存在するし、不特定多数とのマッチングアプリも主流だ。度々の通報にも関わらず女性たちの声を軽視した警察機関の怠慢が、事態をより悪化させたとするケンドリックの怒りはエンドロールで明らかである。
やはりフェミニズムホラーの異色作だった『バーバリアン』の撮影監督ザック・クーペルシュタインのカメラを得たケンドリックの粘り強いスリラー演出には、同じく監督へと転身したメラニー・ロランの出世作『呼吸』を彷彿。重要な役で若手オータム・ベストを発掘しているセンスも実に頼もしい。次回作の楽しみな俳優監督がまた1人誕生だ。
『アイズ・オン・ユー』23・米
監督 アナ・ケンドリック
出演 アナ・ケンドリック、トニー・ヘイル、オータム・ベスト、ダニエル・ゼヴァット、ニコレット・ベスト
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