後にオリヴィア・アサイヤスがTVシリーズとしてセルフリメイクする初期作『イルマ・ヴェップ』は、96年の時点で既に確立されていた彼の作家性をありありと見出すことができる。一見、辛辣でいてその実、確かな憧れを抱いているアメリカ映画への眼差しと、フランス本国の怠惰なアートハウス映画への批評は、SNSによって映画が周辺知識のみで語られることが増えた現在もなお色褪せない。パリという街の特性とは言え、96年に香港からマギー・チャンを招いた闊達さは時代を先駆けており、後に5年間の結婚生活を送る彼女にとことん惚れ込み、その魅力を余すところ撮らえることに成功している(離婚後も2009年に『クリーン』を撮影し、チャンにカンヌ映画祭女優賞をもたらしている)。
香港の女優マギー・チャンが新作映画『イルマ・ヴェップ』の撮影にパリへとやって来る。映画監督のルネ(ジャン・ピエール・レオ)は原作映画『レ・ヴァンピール 吸血ギャング団』を踏襲する事に躍起となり、理屈と模倣に終始した撮影によって映画は立ち行かなくなる。ルネが神経衰弱に陥ったその夜、マギー・チャンは再撮影された真の『イルマ・ヴェップ』を夢見る。現代的なスリルに満ちたこの映画は見事なロングショットが炸裂し、プロモーションでは映画ジャーナリストがフランスの独りよがりな作家主義をこき下ろして、ジョン・ウー(当時、ハリウッドに進出し、大成功を収めた世界的ヒットメーカーだった)を称賛する…近年の『アクトレス』や『パーソナル・ショッパー』でも見せたように虚と実、映画の内と外を横断するのがアサイヤスだ。そのどちらにも真実があり、マギー・チャンはアートハウスとブロックバスターのどちらの映画も存在すべきと言う。本作はフランスで批評家としてキャリアをスタートさせ、アメリカやアジアの映画に傾倒したアサイヤスという作家のアイデンティティそのものであり、それは26年の時を経てHBO版『イルマ・ヴェップ』でよりパーソナルな作品へと昇華されていく事となる。
『イルマ・ヴェップ』96・仏
監督 オリヴィエ・アサイヤス
出演 マギー・チャン、ジャン・ピエール・レオ
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