長内那由多のMovie Note

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『レディ・マクベス』

2020-10-31 | 映画レビュー(れ)

 本当なら2020年はフローレンス・ピューがスターダムに立つ決定的な1年になるハズだった。主演ホラー『ミッドサマー』は日本でも異例の大ヒットを記録。グレタ・ガーウィグ監督作『ストーリー・オブ・マイライフ』ではアカデミー助演女優賞にノミネートされ、アメリカでの評価を確立した。そしてマーベル・シネマティック・ユニバースのフェーズ4『ブラック・ウィドウ』が無事公開され、噂通りスカーレット・ヨハンソンの後を継いで2代目ブラック・ウィドウを襲名していればいよいよその人気は決定的なものとなっていただろう。

 まぁ、そんなことを考えても仕方がない。ここ日本ではフローレンス・ピューの実質的デビュー作となる『レディ・マクベス』がついに劇場公開された。僕たちは既にアリ・アスターの呪詛もガーウィグの才気も引き受けた彼女を知っているが、それでも2016年時点で演技力、カリスマ性が完成している事に驚かされるハズだ。

 ロシアの作家ニコライ・レスコフの『ムツェンスク郡のマクベス夫人』を原作とする本作は19世紀後半のイギリスに舞台を移し、2010年代に語られるべき物語を獲得している。主人公キャサリンは商家に嫁ぐが、年かさの夫は彼女の肉体に興味を示さず、舅は「孫の顔が早く見たい」とプレッシャーをかけ続ける。ある日、夫の留守中に使用人のセバスチャンからレイプされるような形でセックスをしたキャサリンはやがて快楽に目覚めていく。

 当時、弱冠20歳のピューは冒頭からフルヌードも辞さぬ腰の据わりようで、彼女の骨太な肉体は父権社会へのはちきれんばかりの反発心に満ちている。それは物語が進むにつれ時にユーモラスに、時に邪悪にすら見え、実に豊富なニュアンスなのだ。シェイクスピアのマクベス夫人よろしく連続殺人に手を染めるが、キャサリンが眠りを妨げられるような事はない。彼女に託されたのは旧来から続く女性差別への断固たる抵抗なのだから。

 今でこそフローレンス・ピューのキャリアを語る上で欠かせない本作だが、2016年公開当時の衝撃は相当なものだったろう。彼女に対し受けの芝居に徹するメイド役ナオミ・アッキーの神経衰弱も素晴らしく、本作が後のNetflixドラマ『このサイテーな世界の終り』シーズン2のボニー役に繋がったのではと伺える。

 それにしてもこのレベルの映画でも日本に入って来なくなってしまったのか。各映画祭での受賞歴があり、スコットランドの荒野を撮らえたカメラ、衣装、美術も一級。終始、緊迫感に満ちた上質なサイコスリラーである。一昔前は野の物とも山の物とも知れぬ新人監督の作品が毎年のように公開されていた気がするのだが。本作もわずか1週間の限定上映だった。


『レディ・マクベス』16・英
監督 ウィリアム・オルドロイ
出演 フローレンス・ピュー、コズモ・ジャービス、ポール・ヒルトン、ナオミ・アッキー、クリストファー・フェアバンク
 

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