8月14日にNHKで放送されたファミリーヒストリー「草刈正雄」をねこ吉は見ていた。
草刈正雄は、ねこ吉より一つ年下。
デビューするまで、母一人、子一人で九州で苦労して暮らしていたことはねこ吉も知っていた。
当時、父親はアメリカ人、朝鮮戦争で日本に来ていた兵隊で、戦争が終わると帰国してしまい、日本に母親と子供が残されて、「混血児」といわれて苦労した人はたくさんいただろうね。
1970年、資生堂のMG5のCMでモデルデビュー。
カッコいい!ハンサム!可愛い!
団時朗と一緒に出てたんだね。
YouTubeでCMを見直してみた。→1970年資生堂MG5「紹介」
資生堂のMG5や、BRAVASのCMにずっと出ていた。センスのいいCMだった。
草刈正雄はとても、ねこ吉好みの顔だった。
だけど、俳優に転向して、たくさんのドラマに出ていた頃をあまり知らない。
見ておけばよかったな。勿体ないことをした。ハハハ。
「真田丸」の真田昌幸役で、再ブレークした。
ねこ吉は、「美の壺」の草刈正雄さんも好きだ。
今回のファミリーヒストリーで、死んだと聞かされていた父親はつい最近まで生きていて、再婚していたことが判った。
草刈正雄は、事情を知っていた伯母さんに会いにアメリカまで行った。
その後の話は、改めてNHKで放送されるらしい。
草刈正雄は、自分の出生の秘密を知って嬉しかっただろうか・・・。すでに両親とも亡くなっていて何も聞くことが出来ないし、何とも複雑な気持ちだろうね。
話がとても深刻になってしまったけど、ここでねこ吉の思い出話を・・・。
1975,6年ごろ、ねこ吉は会社の帰りに、「六甲勤労市民センター」で木彫の講座に通っていた。
そこで、Iさんという2つ年上の女の人と仲良くなり、講座の前後に食事に行ったり、お茶を飲みに行ってお喋りしていた。
2人とも、「芸能界で誰のファンか?」という話になり、今でいう「推し」だよね。
ねこ吉は当時誰のファンだったかどうしても思い出せないけど、多分誰かの名前を先に言った。
「Iさんは誰が好きなの?」
Iさんは凄くもじもじして、「う~ん、私の好きな人は全然ハンサムじゃないんだけど・・・。」と言ってなかなか言わなかった。
「誰、誰?」とせかすと、
「草刈正雄。」
ねこ吉は、「草刈正雄がハンサムじゃなかったら、誰がハンサムなの!」と即、言い返した。
あの時の衝撃は凄かったわ。
2人とも、何度か指を彫刻刀で切り、いつもバンドエイドを持っていた。
写真立て、お盆、鏡などを制作したが、残っているのは最初の作品、写真立てだけ。
母の写真を入れて、今もピアノの上にある。
講座が終わってから会うこともなくなったけど、Iさん、お元気ですか?
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