広島市西区にある三瀧寺(みたきでら)にある多宝塔は、和歌山県と深い関係がある。
【写真】 三瀧寺多宝塔(広島市西区)
809年に弘法大師(空海)により創建された同寺は高野山真言宗の寺院で、紅葉やハイキングの名所だ。
1945年8月6日。広島市に原子爆弾が投下されたことはご存知の通りだ。
同寺は爆心地から離れていたため、被害は無かったが、多くの被災者が爆心地から逃れてきたという。
原子爆弾投下から6年後の1951年、境内にある多宝塔は、原爆犠牲者供養のため、和歌山県広川町の広八幡神社から移築された。同塔は広島県の重要文化財に指定されている。
和歌山県など近畿地方に住む広島県出身の方々が、故郷の惨状に心を痛め、交流のあった広八幡神社に、多宝塔を広島へ移築し、御霊を慰めて欲しいと働きかけたことに始まる。
同塔は神仏分離(神と仏を区別させること)により明治初期に解体のうえ、境内で保管されており、移築可能な状態であった。
多宝塔を、広島市内を一望できるところに移築することが犠牲者の供養になるとして三瀧寺が選ばれ、三瀧寺住職と広八幡神社神主の合意のもと、移築が実現したという。
三瀧寺によると、現在も広八幡神社の神主や氏子との交流があり、互いに広島と和歌山を行き来しているという。
原子爆弾投下からまもなく66年。多宝塔は今なお、和歌山県民による慰霊の心を広島で発信し続けている。
(次田尚弘/広島)
◇三瀧寺へのアクセス
広島駅から広島バス(22系統)で約30分、もしくは、JR可部線三瀧駅から徒歩約20分。