最近、ダフネ・デュ・モーリアにはまっている。うかつなことに、その名前さえ、今まで知らなかった。
しかし、この英国の女流作家こそ、ヒッチコックの映画「鳥」や「レベッカ」の原作者でもあるという、稀代のストーリーテーラー。
今月に入って、初めてその作品集を読み始めたのだが、やはり凄い。感嘆の息をつくしかない出来栄えの短編群が並んでいて、本当に久しぶりに、物語を読む醍醐味を味わうこととなった。
「レイチェル」の方は、「レベッカ」と対をなすゴシックロマン作品で、舞台はヴィクトリア朝時代半ばの英国。コーンウォールの荒々しい、人里離れた地方に住む青年、フィリップは二十才年上の従兄、アンブローズの突然の死で、広大な家屋敷を受け継ぐことになる。
幼い頃両親を亡くしたフィリップにとって、アンブローズは父親にして、兄、親友というべき存在で、最愛の人間でもあった。しかし、彼は静養に赴いたフィレンツェで、イタリア女性レイチェルと電撃的に結婚。ほどなく、急死してしまう。
フィリップの元へ届けられた手紙には、新妻であるレイチェルへの疑惑が書き連ねられており、フィリップは彼女を最愛の従兄を奪った人間として、激しく憎むこととなる。
全財産はフィリップに残されることとなったが、しばらくして、レイチェルがイタリアからコーンウォールへやって来る。ようやく会った彼女は、想像したような邪悪な雰囲気の女ではなく、はるかに魅惑的な女性だった。
ここから、レイチェルにすっかり魅了されてしまったフィリップが、彼女と結婚しようと思いつめあまり、幼なじみルイーズをはじめとする、周囲の人々の忠告を無視してしまう。
ところが、財産を渡したとたん、すっかり冷たくなってしまったレイチェル。それと前後して、突如、フィリップも奇妙な熱病にかかってしまう。これは、従兄をも死に追いやった症状ではないか……そして、レイチェルが自分に飲ませているらしい毒草を見つけたフィリップの彼女に対する復讐がはじまる――というのが全体のあらすじだが、最後が何しろ凄まじい。
やや悠長とさえいえるスロースペースで進んで来た長編小説は、突如、ギロチンの刃を振り下ろすかのような、衝撃的なシーンと共に終わる。
デュ・モーリアはこんな風に描写している。
「材木と石材のなかに横たわるテイチェルのところへ、わたしは降りて行った。そして、彼女の手を取って握りしめた。その手は冷たかった……レイチェルは目を開けて、わたしを見た。最初は、おそらく苦しみながら。それから、とまどいのうちに。そして、ついに、わたしに気づいたようにも見えた。だがわたしは、このときもまだ誤解していたのだが、彼女はわたしをアンブローズと呼んだ。
彼女が息を引き取るまで、わたしはその手を握りしめていた。
かつて、罪人は<四つ辻>で吊るされたものだ。
今は、もうそういうことはない」
この残酷で、にべもないラストシーン。フィリップと共に茫然と立ちつくしたまま、下に横たわるレイチェルを見つめている、私たち読者の姿まで浮かんできそうなほどだ。
短編群の中では、何といっても「モンテ・ヴェリタ」が圧巻。
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