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ウグイス養成物語・1

2018年12月03日 10時31分09秒 | 選挙うぐいす日記
4年に一度のウグイスが終わった。

家事とウグイスの両立は、ものすごくしんどかった。

家族は予想以上にサポートしてくれたが、そういう問題じゃない。

4年前の前回と比べると、気力や体力は確実に衰えていた。


この衰えは一昨年あたりから、ひしひしと感じていたため

4年ぶりの選挙が始まるにあたり、考えていたことがある。

「今度の選挙でナミちゃんを一人前に育てて

私はこれを最後に引退しよう」

ナミちゃんの相棒には、8年ぐらい前の敗戦で一緒だった子を推薦するつもり。

私に反抗し続け、夫が出稼ぎの中国人と間違えた子である。


あの子も今は、40才を超えているのではなかろうか。

ハスキーボイスで長持ちせず、協調性が無く

ウグイスっぽい口真似はできても経験が浅いため自分に酔いやすく

さらに見た目が美しくないという数々の問題はあるが

ウグイスへの情熱が強いのと

候補の家の近所なので、近隣の票をいくばくか拾うという意味では

多少貢献するかもしれない。


彼女には、あれっきりお呼びがかからない。

当時の選挙で何かといえば泣きわめいたため

感情的になりやすいのが知れ渡ったからだ。

でもあの子はウグイスが大好きなので、やりたくて仕方ないと思う。

旦那は単身赴任、子供も大きくなっただろうから、自由もある。

当時は私が相手だったのでライバル心を燃やしたが

おっとりしたナミちゃんなら、うまくなつくかもしれない。

と言うより、私は辞めるつもりなので後のことはどうでもいい。



前回の選挙で初めて組んだウグイスの相棒ナミちゃんは

小柄な身体つきと、色白で西洋人形のように可愛らしい顔立ち

素直で純真そうな性格も相まって、ひどく若く見える。

年老いても若く見える『美魔女』の部類ではない。

何らかのSF的作用で、彼女だけに加齢が訪れなかったと表現する方がふさわしい。


しかし彼女は、その美貌を自負していない。

母親も妹も同じ顔をしているので、自分は普通だと思っている。

そこがまた、いじらしいところである。


前回は7才下だと聞いて、それでもあまりの若さに驚愕したが

活動中に暴漢が出現したために選挙妨害で警察沙汰となり

警察署で実年齢が露呈してしまった。

彼女は5つも逆サバを読んでいたので、本当は私より2才しか違わなかった。

これを知って、さらに驚愕した私である。



あれから4年、私たちは年賀状を交わすだけで一度も会ってない。

ウグイスを続けているのは聞いていたので

4年も経ちゃあ、少しは成長しているだろうと踏んでいた。


しかし告示の半月前、「ご挨拶がわりに」と

彼女が送ってくれたデパートの高級洋菓子を手にした瞬間

その期待はもろくも崩れ去った。

「この子、またしゃべらんつもりじゃわ‥」

菓子は、ほとんどしゃべらなかった4年前と同じ状態を直感させた。

久しぶりに組む相棒に付け届けをする‥

一般常識では良いことなのかもしれない。

しかし、ナミちゃんの場合は違う。

品物を送って媚び、前回同様、楽をするつもり満々である。


「引退のため、彼女を一人前にしたい」

私には私のよこしまな決意があるが、ナミちゃんはナミちゃんで

今回も「乗ってるだけ」の優遇を確保するという

不断の決意を持っているのである。

「菓子折り一つで、そうはいくか‥」

私は自身の誓いを新たにしたものであった。



はたして選挙の2日前、打ち合わせのため候補に召集されたナミちゃんと私は

4年ぶりに再会した。

若さと可愛いらしさは、前回と全く変わっていない。

白くてきめ細かい肌質特有のたるみは少々見受けられるが

前髪を眉の下で、横の髪をアゴの上でプツンと切り揃えたお姫様カットも

髪飾りも、着ている物も、履いている靴も、バッグも全て同じである。

やはり彼女の周りだけ、時の流れが止まっているような錯覚を覚えた。


が、この状況は、彼女が自身の美貌を利用せず

清貧を通していることを表していた。

母親の年金で援助を受けながら、実家と都会のアパートを行ったり来たりしながら

選挙のお呼びがあれば行きながら、後先は友達のコンビニを手伝っている‥

「どれも“ながら”の宙ぶらりんなんです。

選挙はそんなにしょっちゅう無いでしょう?

それもメインのウグイスじゃなくて、急に欠員が出た時に

何日か呼ばれるだけのお手伝いなんです」

彼女は自身の日常を自嘲めいて説明した。


私が彼女と同じ境遇で、彼女と同じ姿かたちを持っていたら

迷うことなく金持ちをたぶらかしていたはずなのはさておき

これで老後に不安を感じないのは、なかなかの肝っ玉と言えよう。

私なら夜も眠れないと思う。


家事が苦手だから結婚はしない‥

母親が死んだら、独身の妹に頼って生活する‥

彼女には彼女の明確な計画があるようだ。

他力本願の権化のようなナミちゃんを一人前に鍛えるなんて、無謀かもしれない。

が、そんなことを言ってはいられない。

私は引退する。

次は無いのだ。

そもそも4年後、生きているか、元気でいるかさえもわからないじゃないか。

こうしてナミちゃんの養成を目論み、選挙戦に突入した私であった。

《続く》
コメント (4)
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