再びしゃべれなくなった、いや、しゃべらなくなったナミちゃん。
が、この2〜3日、彼女が少しは仕事をしてくれたので
私のコンディションはキープされており、密かに安堵した。
疲れてくるとキーが下がり、声にわずかなカスレが混じる。
クリアな声質が維持できなくなるのだ。
人には気づかれなくても、自分は気づく。
キーを上げようと力を入れていたら無理がきて、声が“くぐもる”ようになる。
くぐもるとは
「マイクで何か言ってるみたいだけど、声が通らないから聞き取れない」
という状態だ。
にわかに命令されてシブシブ原稿を読む
町内放送の男性やおばさんを想像してもらいたい。
疲労、あるいは加齢でこうなってしまうと、ウグイスとしての値打ちは無い。
「お婆さんがやってるので、大目に見てね」
これでは許されないのだ。
人は許しても、私は自分を許せない。
ギャラをいただくからだ。
昔は真剣や懸命の証として、ウグイスが声を枯らすと喜ぶ有権者もいたが
投票に行く人が少ない現代は、そんなに甘くない。
今は昔と違って情報が豊富だ。
テレビでアナウンサーの美しい声を聞き慣れた、有権者の耳は肥えている。
コンディションを保つ技術の無い、にわかウグイス‥
つまり安く雇える女をかき集めるしかなかったと思われるのは
候補にとって恥ずかしいことなのだ。
声を保つため、自身と相棒のコントロールは大切である。
しかしその後、ナミちゃんに復活の兆しが‥。
師匠から連絡があったのだ。
「候補のM氏から、“もう眠たくなるようなウグイスはやめてくれ”
と言われて落ち込んでいる」
という内容だと、ナミちゃんから発表があった。
「あの人も焦っているんでしょう‥うちのウグイスが欲しいはずですよ」
候補は言い、これを聞いたナミちゃんは発奮なさったのだ。
彼女が師匠を超えた瞬間だったのかもしれない。
「私、頑張ります!」
何度目かの頑張る宣言をしたナミちゃん、相変わらず長持ちはしないが
時折、神がかったアナウンスをするようになった。
「皆さ〜ん!この声、届いてますか〜?」
広い所でこれをやると、澄んだ声がよく響く。
「この声、届きましたら、ご声援をお願いいたします〜!」
ズバ抜けて美しい声でなければ、おこがましくてできない神業である。
私には無理。
「おお!神、降臨!」
候補と私は手を打って大喜び。
「どうだ!これができるウグイスが、よそにいるかってんだ!」
自分のことでもないのに鼻高々でつぶやく私に
「僕は姐さんの毒とリズム感、韻を踏むラップみたいなのも好きですからね」
候補は気を使って、年寄りへの配慮を付け加えるのだった。
選挙戦は最終日を迎えた。
最終日の運転は、経験と実力のあるドライバーが担当する場合が多い。
選挙区内の道路を知り尽くし、支持者の住まいを知り尽くし
ウグイスの特性を知り尽くすという三拍子揃ったドライバーが望ましい。
支持者の近くで、車のタイヤを道路へにじりつけるようにゆっくり進め
ウグイスのセリフに調子を合わせて見せ場、いや、聞かせ場を演出するのは
感性が鋭く、腕の良いドライバーでなければ難しい。
また、こういう人は候補やウグイスを笑わせるユーモアも備えているため
疲労が少ない。
一日中車に揺られていると、ドライバーの実力がよくわかる。
狭い所へ入れるからうまい‥道を知っているからえらい‥
そういう世界ではない。
運転は人柄なのだ。
その日のドライバーは私の古い選挙馴染み、よっちゃん。
60代後半の、頭がゆで卵のようにピカピカしているおじさんだ。
お互いに腹のうちがわかる、ツーカーの間柄である。
最終日の朝は、選挙カーの出発を見送る支持者が増える。
今日が最後とあって、多勢が何か起こることを期待するものだ。
そこでよっちゃんと私は、事務所で神妙に打ち合わせを始める。
テーマは「泣きを入れるか否か」「入れるとしたら何時か」である。
これは、ほんの小さなサービスのようなもの。
泣きに関することは、選挙に詳しくない支持者にもわかりやすい。
密談に参加し、秘密を共有したような気分になるので年配者は喜ぶ。
本当の密談は候補を交えて、選挙カーの中でやる。
《続く》
が、この2〜3日、彼女が少しは仕事をしてくれたので
私のコンディションはキープされており、密かに安堵した。
疲れてくるとキーが下がり、声にわずかなカスレが混じる。
クリアな声質が維持できなくなるのだ。
人には気づかれなくても、自分は気づく。
キーを上げようと力を入れていたら無理がきて、声が“くぐもる”ようになる。
くぐもるとは
「マイクで何か言ってるみたいだけど、声が通らないから聞き取れない」
という状態だ。
にわかに命令されてシブシブ原稿を読む
町内放送の男性やおばさんを想像してもらいたい。
疲労、あるいは加齢でこうなってしまうと、ウグイスとしての値打ちは無い。
「お婆さんがやってるので、大目に見てね」
これでは許されないのだ。
人は許しても、私は自分を許せない。
ギャラをいただくからだ。
昔は真剣や懸命の証として、ウグイスが声を枯らすと喜ぶ有権者もいたが
投票に行く人が少ない現代は、そんなに甘くない。
今は昔と違って情報が豊富だ。
テレビでアナウンサーの美しい声を聞き慣れた、有権者の耳は肥えている。
コンディションを保つ技術の無い、にわかウグイス‥
つまり安く雇える女をかき集めるしかなかったと思われるのは
候補にとって恥ずかしいことなのだ。
声を保つため、自身と相棒のコントロールは大切である。
しかしその後、ナミちゃんに復活の兆しが‥。
師匠から連絡があったのだ。
「候補のM氏から、“もう眠たくなるようなウグイスはやめてくれ”
と言われて落ち込んでいる」
という内容だと、ナミちゃんから発表があった。
「あの人も焦っているんでしょう‥うちのウグイスが欲しいはずですよ」
候補は言い、これを聞いたナミちゃんは発奮なさったのだ。
彼女が師匠を超えた瞬間だったのかもしれない。
「私、頑張ります!」
何度目かの頑張る宣言をしたナミちゃん、相変わらず長持ちはしないが
時折、神がかったアナウンスをするようになった。
「皆さ〜ん!この声、届いてますか〜?」
広い所でこれをやると、澄んだ声がよく響く。
「この声、届きましたら、ご声援をお願いいたします〜!」
ズバ抜けて美しい声でなければ、おこがましくてできない神業である。
私には無理。
「おお!神、降臨!」
候補と私は手を打って大喜び。
「どうだ!これができるウグイスが、よそにいるかってんだ!」
自分のことでもないのに鼻高々でつぶやく私に
「僕は姐さんの毒とリズム感、韻を踏むラップみたいなのも好きですからね」
候補は気を使って、年寄りへの配慮を付け加えるのだった。
選挙戦は最終日を迎えた。
最終日の運転は、経験と実力のあるドライバーが担当する場合が多い。
選挙区内の道路を知り尽くし、支持者の住まいを知り尽くし
ウグイスの特性を知り尽くすという三拍子揃ったドライバーが望ましい。
支持者の近くで、車のタイヤを道路へにじりつけるようにゆっくり進め
ウグイスのセリフに調子を合わせて見せ場、いや、聞かせ場を演出するのは
感性が鋭く、腕の良いドライバーでなければ難しい。
また、こういう人は候補やウグイスを笑わせるユーモアも備えているため
疲労が少ない。
一日中車に揺られていると、ドライバーの実力がよくわかる。
狭い所へ入れるからうまい‥道を知っているからえらい‥
そういう世界ではない。
運転は人柄なのだ。
その日のドライバーは私の古い選挙馴染み、よっちゃん。
60代後半の、頭がゆで卵のようにピカピカしているおじさんだ。
お互いに腹のうちがわかる、ツーカーの間柄である。
最終日の朝は、選挙カーの出発を見送る支持者が増える。
今日が最後とあって、多勢が何か起こることを期待するものだ。
そこでよっちゃんと私は、事務所で神妙に打ち合わせを始める。
テーマは「泣きを入れるか否か」「入れるとしたら何時か」である。
これは、ほんの小さなサービスのようなもの。
泣きに関することは、選挙に詳しくない支持者にもわかりやすい。
密談に参加し、秘密を共有したような気分になるので年配者は喜ぶ。
本当の密談は候補を交えて、選挙カーの中でやる。
《続く》