殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

ウグイス養成物語・6

2018年12月16日 10時24分40秒 | 選挙うぐいす日記
『美しき怠け者』

私がナミちゃんに抱く、表面的な印象だ。

その一方で、怠けるための気配りならどんなことでもする彼女に感心している。

贈り物やおべんちゃらの方が、仕事よりしんどいのではないかと思うほどだ。


今回、ナミちゃんは事前に菓子折りを送ってくれたが

選挙の始まる朝には、大きなツバの付いたサンバイザーもプレゼントしてくれた。

「日焼け防止」と胸を張るが、私はそんなもん、かぶらない主義なので困った。


大きな選挙のために、いずこからか訪れたストレンジャーならいざ知らず

田舎の小さい選挙だ。

美醜に関係なく、地元出身のウグイスとして顔を見てもらわなければ。

それを隠してどうするんじゃ。


しかも選挙カーは、前回に引き続きマツダのデミオ。

この車はコンパクトで小回りがきき、リース料も手頃なので選挙カーに向いている。

が、ウグイスに優しい車種とはいえない。

なぜなら後部座席の窓が、いたずらに小さいからだ。


卵型の車なので、後部の窓は緩やかな三角形になっており

ウインドーを下げても窓は全開せず、ガラスが残るタイプである。

この小さな窓から顔を出すのは、大変なのだ。

普通に座ったら、手首から先を出すのがやっと。

無理をして顔を出すと、さらし首のように見える。


そこで私は自分で編み出した座布団技を使い

自然に顔の位置が高くなるよう調節する。

車種に合わせて堅めの座布団何枚かを座席に積み上げたり

背もたれにして座高を高くするのだ。

こうするとシートに身体が沈み込まないので

無理な姿勢を取らなくても仕事ができるわけ。

手を振ってくれる人を見つけるたびに伸び上がったり

腰を浮かしていたら身体へのダメージが多くて疲れる。

横着者ならではのこの発案を牢名主方式、または笑点方式と呼んでいる。


お手振りの多いナミちゃんは気にならないみたいだけど

車窓から顔を出すのは、このように厄介なのだ。

サンバイザーなんかしていると、外を向くたびに

ツバが窓枠へカツカツ当たってくたびれる。

しかも日焼けはウグイスの個人的事情であり、候補には関係ない。

つまり私にサンバイザーは無用なのだ。

お返しを買いに行く暇は無いため、家にストックしてある靴下を差し上げたが

こういう返礼の方が面倒くさい。


余談になるけど、靴下とあなどるなかれ。

同級生の友人マミちゃんがやっている化粧品店で買うのだが

ものすごく温かくて、カカトのガサガサが一発でツルツルになる魔法の靴下だ。

私の積年の悩みであるガサガサは、この靴下との出会いで終わった。

ここ数年、冬はずっとこればっかり。

一足1600円也。



さて贈り物やおべんちゃらの方が、仕事よりしんどいのではないか‥

私はそう思っていたが、ナミちゃんの方がウワテであった。

ナミちゃんは事務所の弁当がおいしいと、食事のたびに賞賛を惜しまない。

当然である。

弁当はコンビ二や仕出し屋の食べ慣れたものではない。

候補の支持者である食堂の主人が、採算を度外視して特別に作ってくれる

とびきりおいしい弁当だからだ。


ナミちゃんはこれを褒め称えるかたわら

「母や妹にも食べさせてやりたい‥」

そう付け加えるのを忘れない。

これを2〜3回言ううち、気を利かせた陣営のご婦人たちから

ナミちゃんは毎晩、3人分の弁当を持たせてもらえるようになった。

同じ手法で、茶菓子の類いも大量ゲット。

夜、事務所を出る時には両手に土産を抱え、迎えに来た妹の車に乗り込む。

おじょうずの見返りは、ちゃんと回収。

さすがである。


もらえないから言うわけではないが、こういうの、私は断る主義。

土産なんかもらわなくても、うちには働く男が3人いるので自分で買えるし

一つや二つ、もらったからといって足りるわけでもない。

が、一番大きな理由は、選挙事務所から物を持って出るところを

別の支持者に目撃されたら選挙違反の疑いがかかるからだ。

「キャ〜!こんなにたくさん!ありがとうございます!

母と妹が喜びますぅ!」

喜び騒ぐナミちゃんにヒヤヒヤしたが

これも彼女にとって選挙の楽しみの一つであろう。



このような子だから、正攻法ではラチがあかない。

そこで、ほめ殺しの策を取ったのである。

私はせっせとナミちゃんを褒め称えた。

これは簡単。

ナミちゃんが私に言っていたセリフをそのまま言えばいい。

「そんなに褒めてもらったら私、のさばっちゃいますぅ」

「のさばって、のさばって!

それだけの価値がナミちゃんにはあるのよ!」

「そんな〜!」

「だから、人が多い所ではお願いしますよ。

私は家が少ない薄口(うすくち)の地域をやらせていただきますからね」


この薄口というのが、候補やドライバーには面白いらしく

「あ、薄口なので交代します」

「薄口部分まで、もう少し頑張ってくださいよ」

と言うたびにワハハと笑う。

笑うと、疲労が軽くなる。

今回の選挙で私が一番多く口にしたのは、この「薄口」であろう。


《続く》
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする