「姐さん!すごいです!」
翌朝、私の顔を見るなり駆け寄るナミちゃん。
「昨日の夜、師匠から電話がかかったので
ドキドキしながら話してみたんです。
みりこんさんが師匠のことを
“垢抜けて洗練されていらっしゃる”と言ってましたよって。
もう、師匠、大喜び!
“えっ?んまあ!ホホホ”って、ものすごく嬉しそうでした!」
「でしょ?」
「師匠があんなに喜んだのは初めてです!
これが言葉の効果なんですね!」
丸っこい女性って「優しそう」とか「いい人そう」とは
よく言われる。
でも本人が言われて最高に嬉しいのは、「垢抜け」と「洗練」。
一番遠い所にあるからだ。
師匠にチクられたら困るので、ナミちゃんに詳しい説明はしないが
垢抜けと洗練の門は狭い。
多くの場合、その対象者は頭と顔が小さくて身体の細い人
つまりプロポーションの良い人物に絞られる。
さらにその人物が、おしゃれで美しいと認められた際に与えられる称号だ。
この栄誉をダイエットの努力無しに受け取れるのだから
嬉しくないはずがない。
一ぺん言われたら、生涯忘れないだろう。
それを伝えたナミちゃんも、今後はいっそう可愛がられるはずだ。
世の中を明るくする秘訣である。
これは夫の浮気でヒントを得た。
「ザンネンに美人と言えば、すぐ落ちる」
彼の座右の銘だ。
さて昼間の町を流しているとよくわかるが、年配の女性が非常に多い。
その人たちに本当のこと‥つまり「お婆ちゃん」と呼びかけるのはさすがに控えるが
親しみを込めて「お母さん」や「お母様」と呼びかける候補やウグイスは多い。
ナミちゃんもその一人。
「奥様と呼べ!」
私は横でささやく。
「え?どうしてですか?」
「食いつきが違う」
「‥?」
休憩の時、「奥様」の説明を行う。
「お母さん系は、あんた年寄りですねと言うのと同じだし
いつも家族や他人からそう呼ばれて本人はマンネリ。
女はいくつになっても女。
奥様と呼ばれたら、一瞬で女に戻るんよ。
自分も旦那も元気で、子供が小さかった若い頃よ。
呼ばれて嬉しいから、注目度が高くなる。
同じ言うなら、食いつきのいい方がいいじゃん」
「それが言葉の効果なんですね?」
「そうよ、奥様効果よ」
奥様効果は義母ヨシコで学んだ。
ずいぶん前になるが、家の前を通った時
走り出てきたヨシコや近所のおばさんたちに
「奥様、ありがとうございます!」
そう呼びかけたことがあった。
「あの時、奥様って呼んでくれた」
後日、彼女たちは口々に言ったものだ。
老婆は奥様と呼ばれるのを好むらしいと、その時に知った。
彼女たちが欲しいのは、親しみじゃない。
女性としての尊重である。
やがて選挙カーは、私の生まれた町に入った。
私にウグイスとしての腕があるとすれば、ここが見せどころ。
高齢の男女が数人、道端で話し込んでいる。
「おかめ横丁(仮名)の皆様、こちらは◯◯でございます」
昭和まで、そう呼ばれていた地区だ。
古い町名は、50メートルも進まないうちに次々と変わる。
ここで生まれ育った私にしかできない街宣である。
このような古い地名を知っているのは、私たちが最後の世代かもしれない。
今は使われなくなった懐かしい町名を耳にした人々は
いっせいに笑顔で振り返り、手を振る。
つかみはOK。
市会議員は何と言っても地元が有利。
私の生まれたこの町は、候補にとってアウェーだが
知る人ぞ知る昔の地名を言うと距離が縮まることが多い。
好反応に発奮した候補は、車から降りて握手をして回る。
「頑張って!」と言いながら選挙カーを取り囲み、候補の肩をたたく彼らが
投票してくれることはおそらく無い。
それでも、自分たちの住む場所を知っている選挙カーはレアだから
印象に残るはずだ。
印象に残る‥それでいいのだ。
まかり間違えば彼らの第二、あるいは第三の選択肢に入るかもしれないではないか。
その可能性を積み上げていくのも、ウグイスの大切な仕事である。
「おかめ横丁の皆様、本当にありがとうございます。
温かいご声援、◯◯は嬉しゅうございます。
どうか若い◯◯に、おかめ横丁の未来を託してくださいませ。
◯◯は、地域の枠を超えた政治家でございます。
おかめ横丁の皆様とご一緒に歩んでまいります」
とかなんとか言いながら、選挙カーは去る。
「すごい反応でしたね!
昔の町名を言うと、あんなに盛り上がるんですね!
表情が違いましたもん」
「候補者がウグイスに一番言って欲しいのは、昔の町名なんよ」
「こんなこと、私は全然知りませんでした。
誰からも教わったこと無いし‥」
「どの候補者も本音はそうだって、旦那が言ってた」
「そうですよね‥候補ってドライバーには本音を言いますもん」
「女から教わったナミちゃんと、男から教わった私が組んだらバランスが取れて
多分、候補の望む選挙になるんよ」
「そうですっ!」
候補が助手席から振り返って言った。
断っておくが、これらはセリフを言う合間や
候補が握手をするために車外に出た隙に早口でかわす会話だ。
お手振り係はしゃべり放題だが、マイクを持っている方はそうはいかない。
口がペラペラ回るからできる、ウグイス特有の話法かもしれない。
《続く》
翌朝、私の顔を見るなり駆け寄るナミちゃん。
「昨日の夜、師匠から電話がかかったので
ドキドキしながら話してみたんです。
みりこんさんが師匠のことを
“垢抜けて洗練されていらっしゃる”と言ってましたよって。
もう、師匠、大喜び!
“えっ?んまあ!ホホホ”って、ものすごく嬉しそうでした!」
「でしょ?」
「師匠があんなに喜んだのは初めてです!
これが言葉の効果なんですね!」
丸っこい女性って「優しそう」とか「いい人そう」とは
よく言われる。
でも本人が言われて最高に嬉しいのは、「垢抜け」と「洗練」。
一番遠い所にあるからだ。
師匠にチクられたら困るので、ナミちゃんに詳しい説明はしないが
垢抜けと洗練の門は狭い。
多くの場合、その対象者は頭と顔が小さくて身体の細い人
つまりプロポーションの良い人物に絞られる。
さらにその人物が、おしゃれで美しいと認められた際に与えられる称号だ。
この栄誉をダイエットの努力無しに受け取れるのだから
嬉しくないはずがない。
一ぺん言われたら、生涯忘れないだろう。
それを伝えたナミちゃんも、今後はいっそう可愛がられるはずだ。
世の中を明るくする秘訣である。
これは夫の浮気でヒントを得た。
「ザンネンに美人と言えば、すぐ落ちる」
彼の座右の銘だ。
さて昼間の町を流しているとよくわかるが、年配の女性が非常に多い。
その人たちに本当のこと‥つまり「お婆ちゃん」と呼びかけるのはさすがに控えるが
親しみを込めて「お母さん」や「お母様」と呼びかける候補やウグイスは多い。
ナミちゃんもその一人。
「奥様と呼べ!」
私は横でささやく。
「え?どうしてですか?」
「食いつきが違う」
「‥?」
休憩の時、「奥様」の説明を行う。
「お母さん系は、あんた年寄りですねと言うのと同じだし
いつも家族や他人からそう呼ばれて本人はマンネリ。
女はいくつになっても女。
奥様と呼ばれたら、一瞬で女に戻るんよ。
自分も旦那も元気で、子供が小さかった若い頃よ。
呼ばれて嬉しいから、注目度が高くなる。
同じ言うなら、食いつきのいい方がいいじゃん」
「それが言葉の効果なんですね?」
「そうよ、奥様効果よ」
奥様効果は義母ヨシコで学んだ。
ずいぶん前になるが、家の前を通った時
走り出てきたヨシコや近所のおばさんたちに
「奥様、ありがとうございます!」
そう呼びかけたことがあった。
「あの時、奥様って呼んでくれた」
後日、彼女たちは口々に言ったものだ。
老婆は奥様と呼ばれるのを好むらしいと、その時に知った。
彼女たちが欲しいのは、親しみじゃない。
女性としての尊重である。
やがて選挙カーは、私の生まれた町に入った。
私にウグイスとしての腕があるとすれば、ここが見せどころ。
高齢の男女が数人、道端で話し込んでいる。
「おかめ横丁(仮名)の皆様、こちらは◯◯でございます」
昭和まで、そう呼ばれていた地区だ。
古い町名は、50メートルも進まないうちに次々と変わる。
ここで生まれ育った私にしかできない街宣である。
このような古い地名を知っているのは、私たちが最後の世代かもしれない。
今は使われなくなった懐かしい町名を耳にした人々は
いっせいに笑顔で振り返り、手を振る。
つかみはOK。
市会議員は何と言っても地元が有利。
私の生まれたこの町は、候補にとってアウェーだが
知る人ぞ知る昔の地名を言うと距離が縮まることが多い。
好反応に発奮した候補は、車から降りて握手をして回る。
「頑張って!」と言いながら選挙カーを取り囲み、候補の肩をたたく彼らが
投票してくれることはおそらく無い。
それでも、自分たちの住む場所を知っている選挙カーはレアだから
印象に残るはずだ。
印象に残る‥それでいいのだ。
まかり間違えば彼らの第二、あるいは第三の選択肢に入るかもしれないではないか。
その可能性を積み上げていくのも、ウグイスの大切な仕事である。
「おかめ横丁の皆様、本当にありがとうございます。
温かいご声援、◯◯は嬉しゅうございます。
どうか若い◯◯に、おかめ横丁の未来を託してくださいませ。
◯◯は、地域の枠を超えた政治家でございます。
おかめ横丁の皆様とご一緒に歩んでまいります」
とかなんとか言いながら、選挙カーは去る。
「すごい反応でしたね!
昔の町名を言うと、あんなに盛り上がるんですね!
表情が違いましたもん」
「候補者がウグイスに一番言って欲しいのは、昔の町名なんよ」
「こんなこと、私は全然知りませんでした。
誰からも教わったこと無いし‥」
「どの候補者も本音はそうだって、旦那が言ってた」
「そうですよね‥候補ってドライバーには本音を言いますもん」
「女から教わったナミちゃんと、男から教わった私が組んだらバランスが取れて
多分、候補の望む選挙になるんよ」
「そうですっ!」
候補が助手席から振り返って言った。
断っておくが、これらはセリフを言う合間や
候補が握手をするために車外に出た隙に早口でかわす会話だ。
お手振り係はしゃべり放題だが、マイクを持っている方はそうはいかない。
口がペラペラ回るからできる、ウグイス特有の話法かもしれない。
《続く》