殿は今夜もご乱心

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ウグイス養成物語・4

2018年12月10日 09時31分08秒 | 選挙うぐいす日記
Tさんは高架に激突したショックからか

自ら申し出て、次の運転の当番を別の人に交代してもらった。

不機嫌でいると、ロクなことはないのだ。

が、1日休んで立ち直ったらしく、その次の当番には復帰した。

反省したのか、今度はそこそこ穏やかな運転。

ワイルドな走りから解放された私は

心おきなくナミちゃんの養成に勤しむのだった。


養成なんてえらそうに言ってるけど

ウグイスとしての総合点は彼女の方が断然上‥私はそう思っている。

顔もいいが、なにしろ声がいい。

ウグイス界における「いい声」の基準は

「ソフトでありながら響き、よく通る」こと。

くぐもりやかすれといった雑味の無いクリアな音質と

聞き取りやすい発音、癖の無いイントネーションを持たなければ実現しない。


これだけでも、ウグイスとしては得点が高い。

本人は「大奥で言ったら“おすえ”なんです」と謙遜するが

チームで活動しているため、多くの先輩たちから盗み取ったセリフも

多種多様で垢抜けしている。

田舎選挙でお山の大将の私なんぞ、足元にも及ばない。

これで長持ちさえすれば、言うことなしの一流ウグイス。

そう、彼女の課題は長持ちのみである。


前回は暴漢が出たり、ママが引き起こした交通事故のトラブルで

ナミちゃんもいっぱいいっぱいだったため

5分足らずで交代したがる彼女の望み通りにした。

数時間後、こちらが疲労して交代を頼むと

「今、飴を食べてますから」

「このリポビタンを飲んだら」

「仲間の選車が近づいていて緊張するので、通り過ぎたら」

などを理由に掲げ、ズルズルと引き伸ばしたが

代わる代わらないで押し問答する時間が惜しいのと

雰囲気が悪くなるのを懸念して、そのままにした。

彼女もまた、歯の浮くような私へのお世辞を連発し

交代を免れるのに懸命だった。


しかし今回は、はっきり言った。

「それで同じギャラもらおうなんて、甘いよ」

この言葉はショックだったようで、15分は持つようになった。

が、15分が近づくと、どんどん早口になる。

「早く交代して」オーラ全開。

知らん顔をしていたら、言われた。

「もう15分やりましたから、次はお願いします」

で、再び数時間は交代を拒否する。


この15分制限は、たびたび彼女の口にのぼるので

不思議に思い、休憩の時にたずねた。

「15分って、どういう意味?」


ナミちゃんは、真顔で答える。

「私たちのチームは3人ずつで乗って、必ず15分ずつで交代するんです。

だから私、15分以上続けてしゃべったことがないんです」

「あ〜、だから15分が近くなると早口になるのか〜」

「やっぱり、なってます?」

「なってますよ‥早口というより早送りですよ」


私はそこで、一番疑問に思っていることを聞いた。

「15分って、何でわかるの?

ナミちゃん、腕時計してないし‥」

するとナミちゃん、驚いた様子で答える。

「やだ〜、みりこんさん!ナビの時計に決まってるじゃないですかぁ」


私はしばし絶句した後、恐る恐る問うてみた。

「もしかして‥いっつもあの時計見てんの?」

するとナミちゃん、得意そうに言うではないか。

「もちろんです!

みりこんさんは見ませんか?

私は15分が近くなったら、ずっと見てます。

時計を見てると、セリフを書いたノートが見られないでしょ?

急いで言うから早口になるんだと思います」


私は雷に打たれたような衝撃を受けた。

今まで、運転席にあるナビの時計を違う目的で眺めていたからだ。

字が小さくて見えにくいだろうって?

な〜に、老眼が入ったら、よく見えるぞ。


通勤、仕事、買い物、子供の送迎‥

時間帯によって町を行き交う人の目的や種類が変わる。

時計は、それに合わせたセリフを言うために見たり

事前に頭の中でセリフを組み立てるために利用していた。

交代時間を計る使い方があったとは!

本当にびっくりした。


選挙カーの後部座席にウグイスが3人乗る方式は

私もやったことがある。

後部座席に3人はきゅうくつだが、しゃべる順番が間遠になるので

そりゃ楽ちんだ。

特に真ん中に座る者は外から見えにくいため、お手振りもあまり必要ない。

しゃべらない時は、休憩しているのと同じである。

さらに時間を15分ずつ区切って交代すれば、消耗しないのでさらに楽。


「ここの候補は3人も雇ってくださらないでしょ?

私は3人体制しかやったことないので、すごくきついんです。

3人なら、もっとできると思います」

ナミちゃんがおしゃべりできないのは、2人しか雇わないのが原因‥

彼女はそう言いたいらしい。

すんばらしい発想に感動すらおぼえる。

甘えん坊も突き抜けると、いっそ清々しい。

私は自分が間違っていたことを思い知った。


だってナミちゃん、私とは別の人種。

その種族の名は、美人族である。

はっきりした二重まぶた、小さく通った鼻

ぷっくりする所はぷっくり、締まる所はキュッと締まった愛らしい唇

控えめに尖った形の良いアゴ‥

整形をする女の人は、この顔を目指して切ったり貼ったりするのだと思う。

この顔で何か言えば、たいていのことはまかり通る。

女が許さなくても、男が許す。


善悪の問題ではなく、それがナミちゃんであり

悪いのは、ナミちゃんの行いを修正しようとした私である。

ああ、申し訳なかった。

早い話、私はサジを投げたのだった。

《続く》
コメント (4)
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