9.11について

2001年の9.11事件や、その他色々な感想、思い、などを書いていけたらなと、思っています。

9.11について <マネーを生み出す怪物 連邦準備制度という壮大な詐欺システム>G・エドワード・グリフィン著 その9

2017年07月12日 | 日記
とあるスナックで
コー
さー、ゲームの始まりだ。P-47

借り手が借金を返済できなくなり、返済にあてるべき資産もないとなると、銀行は回収不能になった債権を回収不能の損失として処理しなければならない。だが、もともと無からつくりだしたマネーなのだから、銀行にとってのコストは帳簿処理の人件費だけで、具体的な損害はほとんどない。要するに帳簿上の数字の入れ替えだけ、ということだ。

帳簿上の損失といっても、銀行にとっては好ましくない。なぜなら帳簿の資産のほうから不良債権を削っても、債務のほうは減少しないからだ。この差額は銀行のオーナーの持ち分で埋めなければならない。言い換えれば、融資した債権は消えても債務は残る。借り手が借金を返せなくとも、小切手によってつくりだされたマネーはまだ世間に流通していて、小切手を発行した銀行には現金を支払う義務がある。小切手分の現金を支払ってもう一度帳簿の両側をバランスさせるためには、銀行の株主が投資した資本をその分だけとりくずすか、銀行の儲けから損失分を埋めなければならない。どちらにしても銀行のオーナーには、回収不能になった債権と同額の損失が生じる。だから銀行のオーナーにとっては、この損は非常に現実的なのだ。銀行が多額の不良債権の処理を迫られると、オーナーの持ち分を超える可能性がある。そうなればゲーム・オーバー、銀行は倒産する。

こんな心配があれば、大半の銀行家は融資には非常に慎重にならざるをえないし、実際にたいていの銀行は個人や零細企業に対してはきわめて厳格な態度をとる。ところがFRSや連邦預金保険公社、連邦預金融資公社などのおかげで、大企業や他の政府機関、自治体への多額の融資はたとえ返済不能になっても、すべてが銀行のオーナーの肩にのしかかることはなくなった。ここで掲げられる理由は、こういう大企業や銀行がつぶれたら大量の失業者が生まれて経済が混乱し、国全体がたいへんに困るということだ。

債務恒久化プレー

この政策の結果、銀行には慎重な融資政策をとる動機が低下するし、へまをしても守られる。融資額は多ければ多いほどいい。わずかな努力で多額の金利を生んでくれる。一件で年間数億ドルの利子が入ってくる第三世界諸国への融資も、地元ショッピング・モールの商店主への五万ドルの融資も、手間は同じである。金利さえ支払ってもらえれば、銀行はほくほくだ。融資が回収不能になっても連邦政府が「国民を守って」くれるだろうし、このあとに説明するさまざまなメカニズムによって、銀行は引き続き金利を受け取れるようにしてもらえる。

個人や零細企業者はほどほどの金利で金を借りることがますます難しくなっている。銀行は巨大企業や外国政府への融資で稼げるからだ。それに、銀行にとっては融資額が大きいほど安全なのだ。たとえ不良債権化しても政府がまもってくれる。零細な融資にはそんな保証はない。ささやかな債務者を救済するのが金融制度を守るためだなどと主張しても、大衆は納得しないだろう。ドルの桁が小さすぎる。数字が把握できないほどおおきくなってこそ、この仕組みは成功する。

銀行はじつは貸し金を返してほしいとは思っていない、ということを忘れてはならない
借り手が信頼できるという証拠さえあればいいのだ。銀行は貸した金の金利によって儲けるのであって、元金の返済を受けても儲けにはならない。元金が返済されれば、銀行は他の借り手をさがさなければならず、それには手間とコストがかかる。それよりも今の借り手が金利だけを支払い、元金は返済しないでいてくれるほうがずっとありがたい。
このプロセスは、債務の借り換えと呼ばれる。
銀行が政府機関に貸し出したがる理由の一つは、その融資が返済されることを期待していないからだ。この巧妙な仕組みについて、1982年にシティコープ・バンクの会長だったウォルター・リストンは次のように喝破した。

もし、適正広告基準法に比較しうる適正政府機関法とでもいうものがあったとしたら、財務省が発行する証券のすべてに、「本証券は償還時期が到来した際に民間に売却される同等の証券発行によって得られる収益によって償還される」と記載しなければならなくなるだろう。


アメリカ連邦政府は毎週このとおりのことをおこなっており、それは財務省証券(国債)オークションと呼ばれている。だが基本的には同じことが外国で外国語によっておこなわれると、アメリカのマスコミは、「債務の借り換えをおこなった」と言う。この言い方には、やがて破綻を免れないだろうというニュアンスがある。しかし、そんなことはない。
どうしてそうならないのかを知るためには、政府の借り入れについて基本的事実を知っておく必要がある。
まず歴史上、政府が(どこの国の政府にしろ)債務を完済したという記録はほとんどない。たしかに1000億ドルもの赤字があるいまの時代、償還期限が来れば政府がまた同額の新しい証券を売って償還すると期待しない限り、誰も財務省証券を買って政府に金を貸そうとは思わないだろう。


小林
このことは、今の日本も同じじゃないんでしょうか。借金を返すためにまた借金をする。


コー
だからといって、政府が借金を返済したら、(税金を高くしたり、緊縮財政をとったりして)これはこれで大変なことになるんじゃないかい?世の中に流通している<お金>の量が、どんどん減っていくということだろう、これは大変なデフレ要因じゃないのかな。デフレで全体の景気は良くならないだろう。その肝心な<お金の量>とマクロ経済の関係を今までの経済学は考えてこなかったと、山口薫は言っているね

小林
なんだ、コーさんの意見じゃなかったんですか。

コー
ようするに、中央銀行、または銀行の貸し出し金でしか、世の中のお金は増えないし、逆に中央銀行や銀行に貸し出したお金が返済されれば、世の中に流通しているお金は減っていくということだと思う。政府にはその機能がないんだな。通貨発行権が実質的には政府にはないんだな。
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