澤藤統一郎弁護士の日記です。
2005年03月12日(土)
本日で、都立校の卒業式はピークを越える。石原教育行政の異常は極まれり、である。昨年の教員に対する弾圧の域を超え、今年は警察を動員して「日の丸・君が代」強制反対運動全体に対する威嚇を狙っている。
どこの学校も今年の卒業式には地元の警察を呼んでいる。今のところは、校門付近に警官がたむろしているだけ。「日の丸・君が代」強制反対のビラ配りを妨害し嫌がらせをするのが彼らの仕事。挑発に乗れば逮捕の事態である。
ある都立校の例についての報告では、ビラ撒き要員5人に対して、地元署員と名乗る警察官が10人くらい。監視の女性弁護士に対して、「弁護士なんかかんけえねえんだよ」「卒業式なんかかんけえねえんだよ」「表現の自由なんてかんけえねえんだよ」‥これが、わが国の首都の警察のレベルである。
弁護士「今何を撮ってらっしゃるの?ビデオをとってらっしゃるの?」
警察官「いいじゃねえかよー。」
弁「何のメモをとっているんですか」「写真をとるのはプライバシー侵害だからやめてください」
警「なんだよ、関係ねえよ」
警「何が監視弁護団だ。(腕章に)何だこれ」
という報告が雰囲気をよく表している。
警官は、校長に呼ばれてきたという。その校長と弁護士のやりとり。
校長 「卒業生と保護者にビラをまくのはやめてください」
弁護士「なぜですか」
校長 「理由はありません。お願いしているんです。やめてください」
弁護士「表現の自由は憲法で保障されていますから、そういうわけにはまいりませんね。どうしてですか」
校長 「理由はありません。やめてください。分かりましたね」
弁護士「録音させていただきますね」
校長 「テープに取らないでくださいといいましたね」
弁護士「今ビラを撒かないでくれといいましたね。理由はなんですか」
校長 「申し上げましたから。わかりましたね。それで終わりですから。よろしいですね」
弁護士「あ、いかれるんですか」(校長去る)
以下同弁護士からの報告。
「私が見た範囲でも、警察官のビラ配りに対する妨害行為は「弾圧」と評価してもいいほどのひどいものでした。
・ビラまきをしている人に対して「許可もってますか」という。
・とにかくメモや写真をとって威嚇する。
・肘が触れ合程近い位置に立つ。
・少し離れてじっとにらみつけ目をそらさず威嚇する。
・自転車で通る人にビラを配ると「危険だ、やめなさい」「無理に押し付けるんじゃないですよ」という。
・「あなた弁護士先生なら分かるでしょ。今のいいのね、ハイ。すごいね。ビラをくばっていいということを言いました」などといいながらメモをとる。
騒いでいるのは警察であって、ビラまきをしている人は大変静かに、冷静に撒いていました。むしろ、ビラ撒きをしている人が、警察官に繰り返し「卒業式なんですから静かにしてください」とお願いするほどでした。妨害にもかかわらず、ビラの受け取りはとてもよかったです。」
表現の自由を守ること、不当な教育への支配を排除することは、容易なことではない。しかし、理不尽な弾圧は闘うエネルギーの源泉でもある。こんな理不尽な思想良心の自由蹂躙に教員も生徒も市民も黙っておられるはずがない。
ある高校では、校門付近の警官を教職員と弁護士の抗議で追い返したという。またある高校では、卒業生がクラス代表で壇上に登り、マイクで「これ以上先生をいじめるな」という発言があったという。厳しい事態の中で、希望をつむぐ人々を見る。
本日、初めて東京MXテレビで、昨日行われた都議会予算特別委員会の録画中継を見た。日本共産党の曽根はじめ議員が、「日の丸・君が代」強制の実態に切り込んでいた。感想の第一は、横山洋吉・石原慎太郎の不真面目さ。深刻な問題を論じているという真摯さがカケラほどもない。怒りがこみ上げる。君たちが、とんでもない反憲法的思想の持ち主であることは先刻承知だが、こんなに不真面目だとは知らなかった。天下の人々がこの放送をよく見ればよい。教育の問題を誰が真面目に考えているか、誰が不真面目で何も考えていないか、一目瞭然ではないか。知事も教育長も、どうして堂々と論戦をしないのか。はぐらかしと、ごまかしと、その場しのぎの答弁で取り繕うには、あまりに重すぎるテーマなのだ。教育の本質を考えたこともない人々に、もてあそばされている都の教育が哀れだ。子どもたちに対する責任は重い。
何を恐れてか、石原は逃げてばかり。横山が矢面に立つ。彼の「論理」は、すこぶる単純。学習指導要領万能論一本槍である。これ以外には何もない。これで通ってしまう今という時代が恐ろしい。
2005年03月12日(土)
本日で、都立校の卒業式はピークを越える。石原教育行政の異常は極まれり、である。昨年の教員に対する弾圧の域を超え、今年は警察を動員して「日の丸・君が代」強制反対運動全体に対する威嚇を狙っている。
どこの学校も今年の卒業式には地元の警察を呼んでいる。今のところは、校門付近に警官がたむろしているだけ。「日の丸・君が代」強制反対のビラ配りを妨害し嫌がらせをするのが彼らの仕事。挑発に乗れば逮捕の事態である。
ある都立校の例についての報告では、ビラ撒き要員5人に対して、地元署員と名乗る警察官が10人くらい。監視の女性弁護士に対して、「弁護士なんかかんけえねえんだよ」「卒業式なんかかんけえねえんだよ」「表現の自由なんてかんけえねえんだよ」‥これが、わが国の首都の警察のレベルである。
弁護士「今何を撮ってらっしゃるの?ビデオをとってらっしゃるの?」
警察官「いいじゃねえかよー。」
弁「何のメモをとっているんですか」「写真をとるのはプライバシー侵害だからやめてください」
警「なんだよ、関係ねえよ」
警「何が監視弁護団だ。(腕章に)何だこれ」
という報告が雰囲気をよく表している。
警官は、校長に呼ばれてきたという。その校長と弁護士のやりとり。
校長 「卒業生と保護者にビラをまくのはやめてください」
弁護士「なぜですか」
校長 「理由はありません。お願いしているんです。やめてください」
弁護士「表現の自由は憲法で保障されていますから、そういうわけにはまいりませんね。どうしてですか」
校長 「理由はありません。やめてください。分かりましたね」
弁護士「録音させていただきますね」
校長 「テープに取らないでくださいといいましたね」
弁護士「今ビラを撒かないでくれといいましたね。理由はなんですか」
校長 「申し上げましたから。わかりましたね。それで終わりですから。よろしいですね」
弁護士「あ、いかれるんですか」(校長去る)
以下同弁護士からの報告。
「私が見た範囲でも、警察官のビラ配りに対する妨害行為は「弾圧」と評価してもいいほどのひどいものでした。
・ビラまきをしている人に対して「許可もってますか」という。
・とにかくメモや写真をとって威嚇する。
・肘が触れ合程近い位置に立つ。
・少し離れてじっとにらみつけ目をそらさず威嚇する。
・自転車で通る人にビラを配ると「危険だ、やめなさい」「無理に押し付けるんじゃないですよ」という。
・「あなた弁護士先生なら分かるでしょ。今のいいのね、ハイ。すごいね。ビラをくばっていいということを言いました」などといいながらメモをとる。
騒いでいるのは警察であって、ビラまきをしている人は大変静かに、冷静に撒いていました。むしろ、ビラ撒きをしている人が、警察官に繰り返し「卒業式なんですから静かにしてください」とお願いするほどでした。妨害にもかかわらず、ビラの受け取りはとてもよかったです。」
表現の自由を守ること、不当な教育への支配を排除することは、容易なことではない。しかし、理不尽な弾圧は闘うエネルギーの源泉でもある。こんな理不尽な思想良心の自由蹂躙に教員も生徒も市民も黙っておられるはずがない。
ある高校では、校門付近の警官を教職員と弁護士の抗議で追い返したという。またある高校では、卒業生がクラス代表で壇上に登り、マイクで「これ以上先生をいじめるな」という発言があったという。厳しい事態の中で、希望をつむぐ人々を見る。
本日、初めて東京MXテレビで、昨日行われた都議会予算特別委員会の録画中継を見た。日本共産党の曽根はじめ議員が、「日の丸・君が代」強制の実態に切り込んでいた。感想の第一は、横山洋吉・石原慎太郎の不真面目さ。深刻な問題を論じているという真摯さがカケラほどもない。怒りがこみ上げる。君たちが、とんでもない反憲法的思想の持ち主であることは先刻承知だが、こんなに不真面目だとは知らなかった。天下の人々がこの放送をよく見ればよい。教育の問題を誰が真面目に考えているか、誰が不真面目で何も考えていないか、一目瞭然ではないか。知事も教育長も、どうして堂々と論戦をしないのか。はぐらかしと、ごまかしと、その場しのぎの答弁で取り繕うには、あまりに重すぎるテーマなのだ。教育の本質を考えたこともない人々に、もてあそばされている都の教育が哀れだ。子どもたちに対する責任は重い。
何を恐れてか、石原は逃げてばかり。横山が矢面に立つ。彼の「論理」は、すこぶる単純。学習指導要領万能論一本槍である。これ以外には何もない。これで通ってしまう今という時代が恐ろしい。
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