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東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

労働基準行政が危ない~進行する一部民営化の動き(2)

2017年07月08日 | 格差社会
  《労働情報 特集から》
 ◆ まずは深刻な監督官不足の解消を
   国際基準から見た日本の監督行政

中嶋滋(元ILO理事)

 労働監督に関する国際基準労働者の、健康と生命の維持増進の確保を主眼とした取り組みは、当然のことながら、労働組合運動のみならず政府及び使用者にとっても重要課題であった。
 そのことは、ILO創設の1919年に第5号勧告「労働監督(保健機関)」が採択されていることにも表れている。この勧告の中にも「労働者の健康を保全するを以て特に其の職務とし国際労働事務局と連絡を維持する官立の機関を能ふ限り速に設くべきことを勧告す」として、「官立の機関」であることを求めている。国が責務として取り組むべきだとしたのである。
 この考え方は第2次世界大戦で中断していたILOの国際労働基準制定活動が再開された直後の1947年に採択された「工業及び商業における労働監督に関する条約(第81号)」及び同時に採択された補足勧告(第81号)に引き継がれ、より詳細で厳格な規定を持つ国際基準が確立された。
 労働者の健康と生命を犠牲にしたチープレーバーを基礎にした社会的ダンピングの横行がもたらした悲惨な経験を踏まえてのことであった。
 この国際基準は、「農業における労働監督に関する条約(第129号)」、「船員の労働条件及び生活条件の監督に関する条約(第178号ご、「1947年の労働監督条約の1995年議定書」によって、適用する範囲が拡大された。
 しかし、日本はいずれも批准しておらず多くの課題を残している。
 特に1995年議定書については、1981年に採択された公務を含む経済活動のすべての部門に適用される「職業上の安全及び健康並びに作業環境に関する条約(第155号)」を踏まえて労働監督の適用拡大を図るものであるだけに、未批准・非適用がもたらす悪影響は大きい。
 ◆ ILO81号条約(日本は1953年批准)の意義と内容

 この条約は、第122号「雇用政策に関する条約(1986年批准)」、第129号「農業における労働監督に関する条約(未批准)」、第144号「国際労働基準の実施を促進するための三者の間の協議に関する条約(2002年批准)」の3条約とともにガバナンス条約(中核8条約と同様に重要)と位置付けられ尊重遵守が求められている。
 雇用を確保し、安全に職業生活を継続するために、国際労働基準を実効的に適用するための政労使3者間協議を進めることを企図して設定され、その批准拡大・促進と効果的実施を推進する活動(2010年~2016年)が取り組まれた。
 ◆ 〈条約の主な内容〉

 <労働監督制度の機能>
 第81号条約は、労働監督制度の機能について、
 ①労働条件及び作業中の労働者の保護に関する法規(労働時間、賃金、安全、健康及び福祉、児童及び年少者の雇用その他の関係事項に関する規定)の実施を労働監督官の権限の範囲内で確保すること、
 ②法規を遵守する最も実効的な方法に関し、使用者及び労働者に専門的な情報及び助言を与えること、
 ③現行の法規に明示的規定のない欠陥又は弊害について、権限のある機関の注意を喚起すること、と規定している。
 <監督官の身分と数>
 労働監督官については、
 ①分限及び勤務条件について、身分の安定を保障され、かつ政府の更迭及び不当な外部からの影響と無関係である公務員でなければならない、
 ②国内の法令で定める公務員の採用に関する条件に従い、その任務遂行に必要な資格を特に考慮して採用しなければならず、その任務遂行のための適当な訓練を受けなければならないとしている。
 労働監督官の数は、監督機関の任務の実効的な遂行を確保するために充分なものでなければならず、また、次のことを考慮して決定しなければならないとしている。
 ①監督官が遂行すべき任務の重要性、特に、
  ア)監督を受ける事業場の数、性質、規模及び位置、
  イ)それらの事業場で使用する労働者の数及び種類、
  ウ)実施を確保すべき法規の数及び複雑性、
 ②監督官が使用できる物的手段
 ③監督を実効的なものにするため臨検を必要とする実情。

 <監督官の権限>
 労働監督官の権限について次のように定めている。
 ①監督を受ける事業場に、昼夜いつでも、自由に且つ予告なしに立ち入ること、
 ②監督を受けるべきであると認めるに足りる相当の理由があるいずれの場所にも、昼間立ち入ること、
 ③法規が厳格に遵守されていることを確認するため必要と認める調査、検査又は尋問を行うこと、特に、
  ア)法規の適用に関するいかなる事項についても、余人をまじえずに又は証人の立会の下に使用者又は企業の職員を尋問すること、
  イ)労働条件に関する国内の法令の規定により備え付けなければならない帳簿、台帳その他の書類が法規に適合していることを確め、及びそれらの書類の写をとり、又は抜すいを作るため、それらの書類の提出を要求すること、
  ウ)法規により要求される掲示を行わせること、
  エ)使用され、又は取り扱われる原料及び材料を分析のため収去すること。但し、このような目的のために原料又は材料を収去することを使用者又はその代表者に通告しなければならない。また、監督官は、臨検をする場合には、任務の遂行を妨げる虞があると認める場合を除く外、その来訪を使用者又はその代表者に通告しなければならない、としている。
 さらに労働監督官には、設備、配置又は作業方法について認めた欠陥で労働者の健康又は安全を脅かすと認めるに足りる相当の理由があるものに対する強制措置を執る権限が与えられる。
 監督官は、その措置を執るため、次のことを要求する命令を出し、または出させる権限を与えられている。
  ア)労働者の健康または安全に関する法規の遵守を確保するため必要な施設または設備の変更を一定の期間内に行うこと
  イ)労働者の健康または安全に急迫した危険がある場合には、即時の措置を執ること
 <利害関係・守秘義務>
 労働監督官は、国内の法令で定める例外を留保して、
 ①その監督の下にある企業に対し直接または間接の利害関係をもつことを禁ぜられる、
 ②職務上知り得た製造上もしくは商業上の秘密または作業工程をその職を退いた後も漏らしてはならず、これに違反したときは相当の刑罰又は懲戒処分を受ける、
 ③施設の欠陥または法規の違反に関して監督官の注意を喚起する苦情については、その出所を極秘として取り扱わなければならず、また、そのような苦情を受理した結果として臨検を行つたことを使用者またはその代表者に知らせてはならない。
 <完全実施>
 事業場に対しては、関係法規の実効的な適用の確保に必要である限り頻繁かつ完全に監督を実施しなければならないとされている。
 <違反への制裁>
 労働監督官によつて実施を確保されるべき法規に違反し、またはこれを遵守することを怠る者は、事前の警告なしにすみやかに司法上の手続に付される。
 日本では、ブラック企業がはびこり、「一流」と言われる企業でも「過労死」など悲惨な事例が頻発している。その背景には、労働基準監督官の人員不足がある。
 ◆ 多くの課題抱える日本の現状

 ILOは適正な労働基準監督業務の展開のための目安として、雇用労働者数1万人(先進工業国、新興経済国は1・5万人)に対し1人の監督官が必要であるとしている。
 日本の監督官数は、管理職を含め3241人(2016年度、厚労省)で、約6500万人とされる雇用労働者をカバーする監督官数には遠く及ばない。
 決定的な人員不足は、労働者からの申立による申告監督と労基署の方針に基づく定期監督とを合わせて約17万件に上る監督業務に重大な支障を加えかねない。監督官は常態的な過重労働に置かれている。
 それでも監督官1人あたりの平均監督回数は43件で、ドイツの134件にはるかに及ばず、イギリスの61件、フランスの59件にも水をあけられている。
 条約の内容を見たように専門的な知識と経験を必要とし権限行使を伴う監督業務であるから、人員不足による監督件数の低下は、労働者の健康と生命が危機に晒されさらに人権無視や不当解雇・離職などによる生活破壊につながる危険が増大することにつながる。
 この人員不足の状態をいかに克服するかだが、抜本的な増員を計画的に実施していくことがまず必要だ。
 同時に、使用者が労働基準法や労働安全衛生法を尊重遵守して違反案件が減少するように社会環境を整える活動が必要だ。
 労働運動は、この二つの課題に積極的に関与し推進せねばならない。当面の糊塗策であっても条約違反の民間代行などあってはならないことだ。
 労働監督制度は、労働者の健康と生命、生活を守る最後の砦である。安易な経済効率性によって左右されるべきものではない。
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