〔週刊 本の発見〕・第355回(2024/7/25)
☆ 自前の民主主義をたがやす
『国より先に、やりましたー「5%改革」で暮しがよくなる』
(保坂展人著、東京新聞、2024年4月、1540円) 評者:佐々木有美
権力のとめどない腐敗と、格差の拡大、軍拡、気候危機‥、いまの日本に希望を見出すことは難しい。どこに何を求め、どこから始めたらいいのか。本書はそんな思いに一つの答えを与えてくれる。
著者の保坂展人さんは、衆議院議員を3期務めたあと、2011年の東日本大震災で「地方政治の大切さを思い知らされ」、世田谷区の区長選に立候補した。以後4期目の現在まで13年がたつ。
サブタイトルの“「5%改革」で暮しはよくなる”の意味は、「1年目で5%を変える、翌年、残りの変わっていない95%のうちの5%をまた変える。これを繰り返していくと、8年で3割以上、12年なら半分近くが変わる計算になる」ということ。改革は、一気にではなく、徐々に着実に成し遂げていくもの、だからこそ可能だという、かれの経験と思いがこめられている。
保坂区政で、最初にわたしが注目したのは、2015年に渋谷区と同時に導入された「同性パートナーシップ制度」だった。自由な発想に驚いた。この制度は全国に広がり、いま日本の約8割の自治体が採用している。
2020年から始まったコロナ禍では、国のPCR検査の遅滞を突破して、素早く区独自のPCRセンターを立ち上げた。「プール方式」検査の導入など、専門家のアドバイスの下に、たえず国の施策をリードした。自治体の首長に自由な発想とやる気があれば、これだけのことができるのだと当時のわたしは感心した覚えがある。
保坂さんの仕事の軌跡はこの本を読めば明瞭だ。
まず大震災であらわになったエネルギー問題の解決。「脱原発」で地元の太陽光発電を始めると当時に、福島県や長野県などとエネルギー協定を結び、自然エネルギーの電源連携を実現した。
下北沢の再開発問題では、賛成・反対を超えて地元住民とのラウンドテーブルを作り、住民参加の街づくりをすすめてきた。
教育問題や認知症問題でも、独自の施策を推進。画期的だと評価されたのは、認知症の当事者を委員に交え、作成した「認知症とともに生きる希望条例」だ。さらには豪雨対策としてのグリーンインフラ整備など、上げればきりがない。
様々な施策で共通しているのは、保坂さんがどの課題にも、区民を巻き込み、区民と一緒にくらしを変えようとしていること。
たとえば、区民の声を聞くための「車座集会」。一か所20~40人の規模で一人3分の意見を聞く。これを区内の全地区で実行する。さまざまな苦情から区民自身が解決策を提案し動き出すこともある。
さらにスゴイと思ったのが、「くじ引きワークショップ」だ。住民名簿から無作為抽出のくじ引きで選んだ人たちに「区の将来について話しませんか」と招待状を出す。すると様々なアイディアが参加者から上ってくる。住民が積極的に参加できる仕組みを作り、「トップダウンではなくボトムアップ」の街づくりを、文字通り実現しているのだ。それは、自前の民主主義をたがやす過程ともいえる。
「何をやっても変わらないよう見えた社会が変わっていくのを面白がる市民、区民がたくさんいる」と保坂さん。世田谷の動きが、さらに多くの仲間を得て広がっていくのを期待したい。
『レイバーネット日本』(2024-07-25)
http://www.labornetjp.org/news/2024/hon355
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