《「教育と個人情報保護を考える会」通信から》
★ 既定方針となった「教育DX」(※)
有賀明彦
★ 教育DXの中身とは
まず、現在の状況を見てみよう。
教育の「市場化」と、「デジタル監視」が急激に推し進められようとしている。膨大なありとあらゆる子どもの個人情報が集積され、データベースがつくられ、そこに民間資本が参入する。
「教育DX」の中身はこうなっている。「一斉授業」から「子ども主体の学び」に。
つまりパソコンのAIドリルで一人ひとり「個別最適な学び」をやればいい。
そうなれば「同一学年」ではなく、「学年・学校種を超える学び」ができる。
「同じ教室」でやる必要はない。
「教科ごと」ではなく「教科等横断・探求・STEAM(※)」。
教師の役割は「ティーチング」ではなく「コーチング」に。
教職員は「同質・均質な集団」ではなく、「多様な人材・協働体制」へ。
※「教育DX」一「教育デジタルトランスフォーメーション」。(「教育のデジタル化による変革」?)
※「STEAM」一サイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、芸術(Arts)、数学。もとはアメリカで2009年にオバマ大統領が科学技術教育振興で使った言葉。これに芸術Artsをくわえて人文分野も含めるとする。
★ 主導するのは首相が議長の会議
これは文科省の中教審ではなく、その上の首相を議長とする内閣府の「総合イノベーション会議」で承認されたものである。単なる一つの案ではない。政府の方向として既定のものとなっている。
すでに、2027年に指導要領改訂というロードマップも出され、そこに向けて具体的に検討が開始されている。
「未来の教室」の著書はこの「教育DX」を仕掛けてきた経産省の官僚によるものである。
2019年の「生徒一人一台コンピュータ」(「GIGAスクール」)政策を主導したのは文科省で、はなく、実は経産省だった。
一人一台パソコンを使用することで膨大なデータが集積される。それをもとにAlが「個別最適化」した問題を取り組めば効率的に学ぷことができる。「答えのある」学習はそれでいい。
もう一つは「STEAM探求」。「日常生活や社会課題や先端科学などの『ホンモノの課題』」に教科横断的に取り組む。
「未来の教室」はこの「学びの自律化・個別最適化」と「学びの探求化・STEAM化」の二つでいいという。このことで「誰一人置き去りにしない教育システム」ができるというわけだ。
★ 「教育DX」が触れていないものとは
だが、この著書にまったく触れられていないことがある。それは膨大な子どもの情報の収集と個人情報保護の問題である。
パソコンを通じて収集されるのは問題を解いた際の履歴か、試験の成績か。学校での健康診断の記録、生徒指導の記録、図書室の利甫記録、などはどうなのか。
それらのデータベースはだれが利用するのか。これらについてはそもそも「教育DX」ではまったく問題とされていない。
すでに経産省や文科省をこえて内閣府では「こども・家庭に関する教育・保健・福祉などの情報を分野横断的に把握し、支援につなげるためのデータベースの構築」という方向が出されている。
生まれた時から健康はもちろん、学校の記録もふくめた一切のデータベースがつくられようとしている。そのことについて人権や、個人情報保護の観点からほとんど議論されていないのである。
さらに、「一斉授業」を批判し、「学びの自律化、個別最適化」を主張するが、では平和、人権、民主主義を学ぶことについてはどうか。
他人の意見を聞き、考え、さらに認識を深めていくという作業は「個別・最適化」ではできない。それは「探求・STEAM」でできるというのか。
しかしそんな課題の教材を企業は作らないだろう。それに平和、人権、民主主義は「探求」の課題ではない。すべての者が学ばなければならない課題である。
ドイツではナチスの反省は学校教育の場できぢんと伝えられ、人権や、人間の尊厳、独裁者への抵抗権、そして民主主義が教えられている。
子どもたちに伝えなければならない最も大切なことはこれである。そして「教育DX」、「未来の教室」に決定的にかけている点はこの点である。
★ 教育格差の拡大へ
著者は、日本の子どもたちは「社会を創る当事者意識」があまりに低い、と日本財団の2019年調査を例に挙げる。
18歳の「社会や国に対する意識」の国際比較調査で、「自分で国や社会を変えられると思う」という項目では、日本は約5人に一人で9力国中最下位である。
「未来の教室」でこれを変えるというのだ。
だが、問題は「自律・個別最適化」と「STEAM探求」で「自己効力感」が増す云々の話ではない。
肝心の平和、人権、民主主義が欠落した教育では何も変わらない。
それどころか、「未来の教室」は、結局、教育格差をますます拡大していくだろう。そして個人の膨大なデータベースは「デジタル監視」へとつながっていく。
『教育と個人情報保護を考える会 NO.46』(2024年7月4日)
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