たんぽぽ舎です。【TMM:No3848】「メディア改革」連載第24回
◆ 話題の映画「リチャード・ジュエル」でメディアを考える
浅野健一(元同志社大学大学院教授、アカデミックジャーナリスト)
権力犯罪である冤罪とマスメディア報道の責任を真正面から取り上げた映画が1月17日から松竹系の映画館で上映されている。
1996年7月27日に起きたアトランタ五輪爆弾事件で英雄から爆弾犯にされた警備員の闘いを描いた名匠クリント・イーストウッド監督(89)の「リチャード・ジュエル」だ。
米国では昨年12月13日に公開され高い評価を受けている。
http://wwws.warnerbros.co.jp/richard-jewelljp/news.html?id=20191227001
この映画を観れば、警察のリークで企業メディアが犯人のレッテルを貼る怖い構造が今もあることがよくわかる。私は松竹の劇場用のパンフに2頁で映画評を書いた。
また、配給元ワーナー・ブラザースのHP、新聞広告(11日の朝日新聞など)にコメント(映画評と「メディアリンチ」解説の2点)を寄せている。
http://blog.livedoor.jp/asano_kenichi/archives/21469039.html
1月15日(水)には、映画『リチャード・ジュエル』公開直前イベント日本大学文理学部/特別講義:ティーチイン試写会があり、柳澤秀夫さん(元NHK解説委員)、小川泰平さん(元警察官)、浜田敬子さん(元「AERA」編集長)と私が登壇した。
https://www.asahi.com/and_M/20200117/9002522/
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200116-11002790-maidonans-life&fbclid=IwAR0uK4yXCeTzotvvkPhuXdWSyjeIzP7haKT6tCYElpxNf9xbOiv57fZTb70
小川氏は、神奈川県警警察官時代、記者クラブの記者たちと仲良しで、「警察が捜査を直接やりにくい時、マスコミの記者を使って情報を集めることもよくあった」と話した。
日本で、刑事事件で検挙(身柄拘束で逮捕ないし書類送検)される被疑者は約100万人といわれる。そのうち手錠を掛けられる被疑者は年間約9万人で、起訴されるのは約半分で、刑務所で服役するのは1割ぐらいだろうと小川氏は指摘した。
また、「無罪判決は年間60件ぐらいある」とも話した。
逮捕されても不起訴になったり、有罪になったりしても執行猶予が付く人が90%前後いるのだ。
「警察が逮捕したと実名を記者クラブで広報したら実名報道」する報道界の既得権益「実名報道主義」が根本的に誤っていることが分かる。
逮捕時に実名、経歴を晒して社会的制裁を与える報道によるリンチ(私刑)は改善されなければならない。
私は1997年3月、同志社大学のゼミ学生2人と共にアトランタへ飛び、ジュエル氏とワトソン・ブライアント弁護士にインタビューした。
また、同年9月、松本サリン事件被害者の河野義行氏と一緒に、アトランタを再訪し、河野氏とジュエル氏の対談を行った。
両氏と私は、下村氏の企画で、TBS「ニュース23」「日米報道被害者は訴える」に生出演。
翌年にはジュエル氏とブライアント弁護士に神戸、同大(京都)、東京(人権と報道・連絡会)で講演をしてもらった。
ジュエル氏の取材に基づき、『英雄から爆弾犯にされて』(三一書房)、『メディアリンチ』(潮出版)を出版した。
また、ジュエル、ブライアント両氏の講演の記録は同志社大学浅野ゼミHPで今も読める。
http://kasano.support-asano.net/FEATURES/ATLANTA/atlanta-index2.html
http://kasano.support-asano.net/FEATURES/ATLANTA/KOUNO-JUEL/atlanta-news23.html
http://kasano.support-asano.net/FEATURES/ATLANTA/atlanta-interview.html
ジュエル氏は警察官になり、爆弾事件の真犯人が2003年に見つかった。ジュエル氏は2007年に44歳で死去した。
ジュエル氏のことが巨匠イーストウッド監督によって映画になり、日本で公開されるとは想像もしなかった。
イーストウッド監督はこの映画で、地元有力新聞の記者とFBI捜査官の癒着ぶりをリアルに描いて、議論を巻き起こしている。
ジュエル氏が全世界から凶悪犯に疑われたのは地元有力紙アトランタ・ジャーナル・コンスティチューション(AJC)が事件の3日後に「FBI“英雄”警備員が爆弾を仕掛けたと疑う」と報じたからだ。
CNNなどの大手メディアもAJC記事を追っかけ、FBIはこのタイミングで、母バーバラ氏(劇中ではボビ)とジュエル氏が住む自宅を捜索、台所のタッパーや掃除機まで押収。その後、捜査官は任意の取り調べを始めた。
自宅のあるタウンハウスに報道関係者が押し掛け、ジュエル氏と母親のバーバラ氏はメディアに24時間監視された。
1994年6月、松本サリン事件被害者で第一通報者だった会社員河野義行氏がマスメディアと世間に約半年、犯人扱いされたケースとそっくりだった。
ジュエル氏も河野氏も逮捕されていないが、事件の関連先として家宅捜索を受け、マスメディアで大きく報道された。
私は劇場パンフの原稿に次のように書いていた。
<AJCで“スクープ”記事を書いたのはキャッシー・スクラッグズ記者。彼女は号外の出た前夜、情報源のFBI捜査官トム・ショーとバーで会い、「部屋を取る、それとも私の車で」と性的誘いをしているシーンがあった。米国の記者がそこまでやるかという疑問もあるようだが、捜査官から非公式情報を得ようとして手段を選ばないケースはあるので、映画の脚色として許されると思う。日本では、男女を問わず、性的な関係をもって当局から情報をとるケースは実際にある>
この記述について、松竹の担当者から<お送りいただきました原稿女性記者の記事の入手方法ですが、現在、セックスを武器にして記事を入手するという描写(脚色)が(米国で)問題となっており、こちらの箇所外させていただければと存じます>という要請があり、私の判断で<FBI捜査官から非公式情報を知って記事化した>と書き直した。
担当者はAFP=時事電のURLを付けていた。
https://www.jiji.com/jc/article?k=20191216039489a&g=afp
AFPは<米女優オリヴィア・ワイルド演じる女性記者が情報と引き換えに「枕営業」をする描写があり、論争を招いている。実在の記者が所属していた新聞社側は法的手段をとる姿勢も見せている>と報じた。
12月12日の共同通信記事によると、最新作を巡り、AJCはイーストウッド監督や配給大手ワーナーに対し「女性記者がFBI捜査官から捜査情報を入手し報じた経緯は事実無根で名誉毀損に当たる」と文書で抗議した。
一方、監督側は「多くの資料に当たった」と一蹴。ジュエル氏の名誉回復を狙った作品であることも強調した。スクラッグズ記者は2001年に亡くなっている。
女性記者が取材対象者の警察官、検察官らから性的暴力を受ける事案は少なくない。
情報を欲しがる記者が、単身赴任の捜査官の自宅へ夜討ち朝駆け取材をすれば、被害に遭うのは避けられない。
同性を愛する捜査官もいるし、捜査官が女性の場合もあり、記者のセクハラ被害は女性記者だけの問題ではない。
捜査情報に全面依存する実名報道主義を止めるのが記者のセクハラ防止にもつながると私は思う。
私は現役記者だった1984年、『犯罪報道の犯罪』(学陽書房、講談社文庫)を出版し、マスメディアの警察担当記者は「ペンを持ったお巡りさん」ではないかと自問し、北欧で実践されている人権を尊重したメディアに改革しようと提言した。
「Yahoo!ニュース」が私にインタビューした記事が1月28日午前10時過ぎに配信された。
※ 【実名報道】「人が壊れそうになる」報道は変われるか?
匿名報道の識者語る問題点
https://news.yahoo.co.jp/byline/dragoner/20200128-00160570/
この記事も参照してほしい。
事件事故を取材する記者は、当局に犯人と疑われた市民の無罪推定を第一に考えて、真実は裁判で明らかにされるということを肝に銘じてほしい。
逮捕されたら実名という実名報道主義をいますぐ止めるべきだ。
この映画を観て、「人権と犯罪報道」を考えてほしい。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます