◆ 都教委の五輪教育義務化
小中高校生に〝国旗・国歌〟執拗な〝嘘〟の刷り込み (紙の爆弾)
「子どもたちに嘘を教えないで下さい」。小学・高校生の保護者を含む都民ら九四人が、被告・東京都教育委員会に損害賠償を請求し、東京地裁(鈴木謙也裁判長)に提訴した訴訟の口頭弁論が七月十九日、第三回目を迎えた。
二〇二〇年開催の東京五輪に向け、都教委は一六年四月から都の全公立学校(小学校四年.高校三年生、約六六万四〇〇〇人)に、年間三五時間程度の五輪教育実施を義務化するに際し、合計一億六二八五万円余をかけ、『オリンピック・パラリンピック学習読本』(小・中・高校別。以下『五輪読本』)、映像教材DVD、『五輪読本・映像教材活用の手引』(いわゆる教師用指導書。以下、教師用『手引』)の大きく三種の五輪教材を配布した(その後、『五輪読本』は一七・一八年度の新小四・中一・高一の児童・生徒にも配布)。
国際オリンピック委員会(IOC)の五輪憲章は、表彰式等で掲揚・演奏するのは「各NOC(国際的な五輪活動の国内又は地域内組織)が採用し」、「IOC理事会の承認を得」た「旗・讃歌」だと明記(JOCの英和対訳一七年版58頁)。これは選手団の旗・歌のことであり、国旗・国歌ではない。
だが『五輪読本』は、国旗・国歌だと何度も繰り返し記述し、国家主義を煽り続ける。
原告九四人は、「教育行政が事実と異なる教材の使用を強制。誤った見方・考え方が子どもたちに鼓吹され、大きな精神的苦痛を強いられた」として一七年五月二十九日に提訴していた。
都教委が『五輪読本』の国旗・国歌記述の〝根拠〟だとする、都オリンピック・パラリンピック準備局による『開催都市契約大会運営要件』の日本語訳の誤りを、筆者は本誌一七年八月号で報告した。今回は三月二十二日、五月三十一日、七月十九日の法廷を取材した。
◆ 都民側の求釈明に正対しない都教委
都民側は五月十一日に提出した準備書面で大きく四点、求釈明(訴訟相手に発問し、曖昧な箇所を明確にさせる)したのに対し、都教委側は七月十八日、「予想どおり、極めて空疎な」(都民側の大口昭彦弁護士談)釈明文書を出してきた。両者の主張を紹介する。
(1)『五輪読本』小学校版が、「オリンピック・パラリンピックでは、開会式で選手たちが自国の国旗を先頭に行進します」などと断定的に表現した点。
都民側=これは五輪で、選手団が国旗の下でのみ行進すると、児童に認識させてしまう。だがIOC(国際オリンピック委員会)の五輪憲章では、「選手団が開会式等で掲げる旗」は、「選手団を派遣するNOCが大会組織委員会に申請し、承認され登録した選手団の旗(NOC旗)」となっており、「国旗」を意味する文言は存在しない。都教委はこの規定を認識しているのか?
都教委側=03年版五輪憲章において「参加選手団の旗」(規則69付属細則)、「優勝者の所属する選手団の旗」(規則70付属細則)との文言が用いられていることは認める(但し04年版以降の五輪憲章では上記付属細則は削除)。
またNOC旗について、17年版五輪憲章規則31に「NOCが五輪競技大会を含む自身の活動に関連して使用するため採用した旗、エンブレム、讃歌はIOC理事会の承認を得なければならない」と定められていることは認める。
(2)二月の平昌(ピョンチャン)冬季五輪開会式で韓国と北朝鮮は「コリア選手団」として、国旗ではなく統一旗を先頭に行進。ロシアの選手らも五輪旗で入場した事実。
都民側=これらは国旗と一切関係ない旗を申請承認し、登録された結果だ。にもかかわらず、『五輪読本』が「…開会式で選手たちが自国の国旗を先頭に行進します」と断定記述したのは、児童に「国旗以外の旗は使わない」と、誤った観念を固着させ、その結果、上記の厳然たる事実の重要な意義について考える力を育はぐくめなくしている。
都教委はこの記載が、五輪憲章の内容・運用の実際と乖離している事実を認めるか?
(3)『五輪読本』小学校版が「表彰式の国旗けいようでは、国歌が流されます」、中学校版も表彰式の写真の説明で「中央に1位、向かって左側に2位、右側に3位の国旗が掲揚され、1位の国の国歌が演奏される」と、断定した記述をした点。
都民側=五輪憲章は、「個人・チーム間の技の競い合い」を大原則とし、メダル数の国別の競い合いなどしてはならないとし(国別ランク作成禁止)、平昌五輪でもIOC理事会はこの点、改めて注意喚起した。注意喚起の繰り返しは、偏狭なナショナリズムを鼓吹鼓舞することで、平和を希求する五輪精神が踏みにじられている現状を、深刻に危惧したからだ。『五輪読本』の「国旗・国歌」だけ使用という記述が、五輪憲章の根本原則に相違している事実を、都教委は認めるか?
都教委側=「2」と併せ、「本件教材等の内容が五輪憲章や日本国憲法の趣旨に反する旨の原告らの主張は否認する」と短く弁明するに留まった。
(4)『五輪読本』が高校版を含め、五輪の表彰式等では国際的な儀礼(プロトコール)の遵守が求められると強調する際、「国旗・国歌」の扱い方のみ一貫して繰り返している件。
都民側=IOC憲章は選手団派遣単位として、国と地域の両方を同等に位置付ける「country」という語を用い、香港・マカオ・グァムなど「非国家NOC」が少なからず存在している。『五輪読本』の記述は、児童・生徒にIOC憲章について著しい誤解を与える。
都教委側=『五輪読本』記述は、単一の国家の国旗、国歌以外に、地域から派遣された選手団の旗・歌が表彰式等で用いられることを否定する趣旨で記述されたものでは全くない。
◆ 都教委による〝君が代〟の執拗な刷り込み
都民側は七月十八日に提出した準備書面で、新たな分析と求釈明をした。紙幅の関係で三点に絞り、紹介する(第三回弁論では、以下を含む求釈明に、都教委指定代理人の松下博之氏が「釈明する必要はない」と放言したのを、鈴木裁判長が容認するような訴訟指揮をし、大口昭彦弁護士が「明らかにおかしい」と抗議する一幕もあった)。
1 『五輪読本』小学校版は前記(1)(3)の他に、本文で「表彰式では、優勝した選手の国の国旗をかかげ、国歌を演奏します」、コラム「国歌」でも表彰式の写真に「国歌とともに国旗が掲揚される」と記述するなど、繰り返し児童に刷り込んでいる。
都民側はこの〝君が代〟の執拗な押し付けを「五輪は国家間の競争による、国の名誉をかけた競技会であるかのような認識を、小学生段階から植え付けようとする、IOC憲章の基本的理念に反する記述だ」とし、「これら記述をこのままとするのか」と求釈明した。
2 『五輪読本』中学校版八四頁は「オリンピックへの参加は、世界のあらゆる人々に開かれています。大会に参加するのは各国・地域にあるオリンピック委員会(NOC)であって、国単位ではありません。IOCがその地域のオリンピック委員会を認めれば、大会に参加することができます」と記述。
これは「オリンピック」とだけあり、パラリンピックを記述していない誤りを除けば、IOC憲章に適合した記述である。このため都民側は、前記(1).(4)で示した『五輪読本』の〝国〟〝国家〟偏重の多くの記述がこれと明らかに矛盾するので、これに合わせ修正すべきだ、としている。
また都民側は、この真っ当な記述が小学校版と高校版にないのは、都教委がさほど重要だと考えていないことの証左ではないか、と指摘している。
3 『五輪読本』高校版一〇九頁は、「国旗を掲揚する際には、…『国の象徴である国旗と県や市などの団体の旗とは、格が異なるため併揚せず、どうしても併揚が必要な場合は、国旗は団体旗より大きく、高い位置で掲揚する』などのルールがあります」と記述。
中央集権の大日本帝国憲法と異なり、日本国憲法は国(政府)と地方自治体とを同等に位置付けている。都民側は、「憲法の基本理念を歪めて生徒に植えつける、憲法違反の教材だ」とし、①「格が異なる云々のルール」なるものの出典を問い、②一九七六年五月二十一日の最高裁旭川学力テスト事件判決が、「憲法二六条・一三条違反」の事例として示している「誤った知識や一方的な観念を子どもに植えつけるような内容の教育を施すことを強制する」ことに抵触するので、見解を明らかにするよう求釈明した。十月十一日一四時からの第四回弁論が注目される。
なお教師用『手引』六一頁は、この高校版の該当頁全文を載せ、特別活動(行事等)の授業で扱い、「国旗掲揚の際のマナーと留意点について押さえ、儀式等の実際の場面で実践できるように指示する」と記述している。
◆ 〝国旗・国歌〟刷り込みの震源地
都教委は一六年一月十四日、『東京都オリンピック・パラリンピック教育実施方針』(以下『実施方針』)を策定。
五輪教育義務化により「日本人としての自覚と誇りを持てるような教育を進める」「学習指導要領に基づき、我が国の国旗・国歌について、その意義を理解させ、これを尊重する態度を育てるとともに、諸外国の国旗・国歌についても同様に尊重する態度を育てる」という、政治色の濃い文言を盛った。
『五輪読本』の〝国旗・国歌〟の執拗な刷り込みの震源地はこの『実施方針』にあったと、原告代表の高嶋伸欣(のぶよし)・琉球大学名誉教授は、閉廷後の報告会で指摘した。
教師用『手引』六六頁は『実施方針』のこの文言を載せており、最近増えている〝上〟に従順な教員は、〝国旗・国歌尊重教育〟を実行してしまう危険性がある。
国家権力に「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」と命じた憲法第一九条に違反する、都教委流の国家主義教育がなされないよう監視の目を光らせる必要がある。
※永野厚男 (ながのあつお)
文科省・各教委等の行政や、衆参・地方議会の文教関係の委員会、教育裁判、保守系団体の動向などを取材。平和団体や参院議員会館集会等で講演。
『紙の爆弾』2018年9月号
小中高校生に〝国旗・国歌〟執拗な〝嘘〟の刷り込み (紙の爆弾)
取材・文 永野厚男
「子どもたちに嘘を教えないで下さい」。小学・高校生の保護者を含む都民ら九四人が、被告・東京都教育委員会に損害賠償を請求し、東京地裁(鈴木謙也裁判長)に提訴した訴訟の口頭弁論が七月十九日、第三回目を迎えた。
二〇二〇年開催の東京五輪に向け、都教委は一六年四月から都の全公立学校(小学校四年.高校三年生、約六六万四〇〇〇人)に、年間三五時間程度の五輪教育実施を義務化するに際し、合計一億六二八五万円余をかけ、『オリンピック・パラリンピック学習読本』(小・中・高校別。以下『五輪読本』)、映像教材DVD、『五輪読本・映像教材活用の手引』(いわゆる教師用指導書。以下、教師用『手引』)の大きく三種の五輪教材を配布した(その後、『五輪読本』は一七・一八年度の新小四・中一・高一の児童・生徒にも配布)。
国際オリンピック委員会(IOC)の五輪憲章は、表彰式等で掲揚・演奏するのは「各NOC(国際的な五輪活動の国内又は地域内組織)が採用し」、「IOC理事会の承認を得」た「旗・讃歌」だと明記(JOCの英和対訳一七年版58頁)。これは選手団の旗・歌のことであり、国旗・国歌ではない。
だが『五輪読本』は、国旗・国歌だと何度も繰り返し記述し、国家主義を煽り続ける。
原告九四人は、「教育行政が事実と異なる教材の使用を強制。誤った見方・考え方が子どもたちに鼓吹され、大きな精神的苦痛を強いられた」として一七年五月二十九日に提訴していた。
都教委が『五輪読本』の国旗・国歌記述の〝根拠〟だとする、都オリンピック・パラリンピック準備局による『開催都市契約大会運営要件』の日本語訳の誤りを、筆者は本誌一七年八月号で報告した。今回は三月二十二日、五月三十一日、七月十九日の法廷を取材した。
◆ 都民側の求釈明に正対しない都教委
都民側は五月十一日に提出した準備書面で大きく四点、求釈明(訴訟相手に発問し、曖昧な箇所を明確にさせる)したのに対し、都教委側は七月十八日、「予想どおり、極めて空疎な」(都民側の大口昭彦弁護士談)釈明文書を出してきた。両者の主張を紹介する。
(1)『五輪読本』小学校版が、「オリンピック・パラリンピックでは、開会式で選手たちが自国の国旗を先頭に行進します」などと断定的に表現した点。
都民側=これは五輪で、選手団が国旗の下でのみ行進すると、児童に認識させてしまう。だがIOC(国際オリンピック委員会)の五輪憲章では、「選手団が開会式等で掲げる旗」は、「選手団を派遣するNOCが大会組織委員会に申請し、承認され登録した選手団の旗(NOC旗)」となっており、「国旗」を意味する文言は存在しない。都教委はこの規定を認識しているのか?
都教委側=03年版五輪憲章において「参加選手団の旗」(規則69付属細則)、「優勝者の所属する選手団の旗」(規則70付属細則)との文言が用いられていることは認める(但し04年版以降の五輪憲章では上記付属細則は削除)。
またNOC旗について、17年版五輪憲章規則31に「NOCが五輪競技大会を含む自身の活動に関連して使用するため採用した旗、エンブレム、讃歌はIOC理事会の承認を得なければならない」と定められていることは認める。
(2)二月の平昌(ピョンチャン)冬季五輪開会式で韓国と北朝鮮は「コリア選手団」として、国旗ではなく統一旗を先頭に行進。ロシアの選手らも五輪旗で入場した事実。
都民側=これらは国旗と一切関係ない旗を申請承認し、登録された結果だ。にもかかわらず、『五輪読本』が「…開会式で選手たちが自国の国旗を先頭に行進します」と断定記述したのは、児童に「国旗以外の旗は使わない」と、誤った観念を固着させ、その結果、上記の厳然たる事実の重要な意義について考える力を育はぐくめなくしている。
都教委はこの記載が、五輪憲章の内容・運用の実際と乖離している事実を認めるか?
(3)『五輪読本』小学校版が「表彰式の国旗けいようでは、国歌が流されます」、中学校版も表彰式の写真の説明で「中央に1位、向かって左側に2位、右側に3位の国旗が掲揚され、1位の国の国歌が演奏される」と、断定した記述をした点。
都民側=五輪憲章は、「個人・チーム間の技の競い合い」を大原則とし、メダル数の国別の競い合いなどしてはならないとし(国別ランク作成禁止)、平昌五輪でもIOC理事会はこの点、改めて注意喚起した。注意喚起の繰り返しは、偏狭なナショナリズムを鼓吹鼓舞することで、平和を希求する五輪精神が踏みにじられている現状を、深刻に危惧したからだ。『五輪読本』の「国旗・国歌」だけ使用という記述が、五輪憲章の根本原則に相違している事実を、都教委は認めるか?
都教委側=「2」と併せ、「本件教材等の内容が五輪憲章や日本国憲法の趣旨に反する旨の原告らの主張は否認する」と短く弁明するに留まった。
(4)『五輪読本』が高校版を含め、五輪の表彰式等では国際的な儀礼(プロトコール)の遵守が求められると強調する際、「国旗・国歌」の扱い方のみ一貫して繰り返している件。
都民側=IOC憲章は選手団派遣単位として、国と地域の両方を同等に位置付ける「country」という語を用い、香港・マカオ・グァムなど「非国家NOC」が少なからず存在している。『五輪読本』の記述は、児童・生徒にIOC憲章について著しい誤解を与える。
都教委側=『五輪読本』記述は、単一の国家の国旗、国歌以外に、地域から派遣された選手団の旗・歌が表彰式等で用いられることを否定する趣旨で記述されたものでは全くない。
◆ 都教委による〝君が代〟の執拗な刷り込み
都民側は七月十八日に提出した準備書面で、新たな分析と求釈明をした。紙幅の関係で三点に絞り、紹介する(第三回弁論では、以下を含む求釈明に、都教委指定代理人の松下博之氏が「釈明する必要はない」と放言したのを、鈴木裁判長が容認するような訴訟指揮をし、大口昭彦弁護士が「明らかにおかしい」と抗議する一幕もあった)。
1 『五輪読本』小学校版は前記(1)(3)の他に、本文で「表彰式では、優勝した選手の国の国旗をかかげ、国歌を演奏します」、コラム「国歌」でも表彰式の写真に「国歌とともに国旗が掲揚される」と記述するなど、繰り返し児童に刷り込んでいる。
都民側はこの〝君が代〟の執拗な押し付けを「五輪は国家間の競争による、国の名誉をかけた競技会であるかのような認識を、小学生段階から植え付けようとする、IOC憲章の基本的理念に反する記述だ」とし、「これら記述をこのままとするのか」と求釈明した。
2 『五輪読本』中学校版八四頁は「オリンピックへの参加は、世界のあらゆる人々に開かれています。大会に参加するのは各国・地域にあるオリンピック委員会(NOC)であって、国単位ではありません。IOCがその地域のオリンピック委員会を認めれば、大会に参加することができます」と記述。
これは「オリンピック」とだけあり、パラリンピックを記述していない誤りを除けば、IOC憲章に適合した記述である。このため都民側は、前記(1).(4)で示した『五輪読本』の〝国〟〝国家〟偏重の多くの記述がこれと明らかに矛盾するので、これに合わせ修正すべきだ、としている。
また都民側は、この真っ当な記述が小学校版と高校版にないのは、都教委がさほど重要だと考えていないことの証左ではないか、と指摘している。
3 『五輪読本』高校版一〇九頁は、「国旗を掲揚する際には、…『国の象徴である国旗と県や市などの団体の旗とは、格が異なるため併揚せず、どうしても併揚が必要な場合は、国旗は団体旗より大きく、高い位置で掲揚する』などのルールがあります」と記述。
中央集権の大日本帝国憲法と異なり、日本国憲法は国(政府)と地方自治体とを同等に位置付けている。都民側は、「憲法の基本理念を歪めて生徒に植えつける、憲法違反の教材だ」とし、①「格が異なる云々のルール」なるものの出典を問い、②一九七六年五月二十一日の最高裁旭川学力テスト事件判決が、「憲法二六条・一三条違反」の事例として示している「誤った知識や一方的な観念を子どもに植えつけるような内容の教育を施すことを強制する」ことに抵触するので、見解を明らかにするよう求釈明した。十月十一日一四時からの第四回弁論が注目される。
なお教師用『手引』六一頁は、この高校版の該当頁全文を載せ、特別活動(行事等)の授業で扱い、「国旗掲揚の際のマナーと留意点について押さえ、儀式等の実際の場面で実践できるように指示する」と記述している。
◆ 〝国旗・国歌〟刷り込みの震源地
都教委は一六年一月十四日、『東京都オリンピック・パラリンピック教育実施方針』(以下『実施方針』)を策定。
五輪教育義務化により「日本人としての自覚と誇りを持てるような教育を進める」「学習指導要領に基づき、我が国の国旗・国歌について、その意義を理解させ、これを尊重する態度を育てるとともに、諸外国の国旗・国歌についても同様に尊重する態度を育てる」という、政治色の濃い文言を盛った。
『五輪読本』の〝国旗・国歌〟の執拗な刷り込みの震源地はこの『実施方針』にあったと、原告代表の高嶋伸欣(のぶよし)・琉球大学名誉教授は、閉廷後の報告会で指摘した。
教師用『手引』六六頁は『実施方針』のこの文言を載せており、最近増えている〝上〟に従順な教員は、〝国旗・国歌尊重教育〟を実行してしまう危険性がある。
国家権力に「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」と命じた憲法第一九条に違反する、都教委流の国家主義教育がなされないよう監視の目を光らせる必要がある。
※永野厚男 (ながのあつお)
文科省・各教委等の行政や、衆参・地方議会の文教関係の委員会、教育裁判、保守系団体の動向などを取材。平和団体や参院議員会館集会等で講演。
『紙の爆弾』2018年9月号
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