◆ 日韓対立、国際裁判になれば日本敗訴?
まったく報道されない徴用工問題の真実=高島康司 (『MAG2 NEWS』)
いま日韓関係悪化の原因になっている「徴用工問題」について、日本ではまったく報道されない事実について書く。国際司法裁判で日本が敗訴となる可能性がある。(『未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』高島康司)
◆ 日韓関係に改善の兆し?
いま日韓関係悪化の原因になっている「徴用工問題」の、日本ではまったく報道されていない事実について書く。
悪化して膠着状態にある日韓関係だが、改善に向かう可能性を示す兆候が出てきた。
「東アジアサミット」出席のためタイを訪れていた安倍首相だが、韓国のムン・ジェイン大統領と11分間の会談を行った。
両国は原則を確認しあっただけで徴用工問題そのものには具体的な進展はなかったものの、両国は問題解決に向けての対話を継続することで合意した。
その後、韓国国会のムン・ヒサン議長が都内で講演し、太平洋戦争中の「徴用」をめぐる韓国の裁判について、原告側には韓国側で新たな基金を作り慰謝料を支払うとした法案を、国会に提出する考えを明らかにした。
基金の財源は、日韓両国の企業と個人から自主的な寄付を募るとし、日韓関係悪化のきっかけになったこの問題の解決策にしたいとした。
韓国向け輸出の大幅減少で経済的な打撃を受け、また「GSOMIA(軍事情報包括保護協定)」の韓国による破棄を懸念する日本と、ムン・ジェイン政権の支持率低下に歯止めがかからない韓国が、関係改善に向けた動きを始めた可能性がある。
これがなんらかの具体的な動きにつながるかどうかはまだ分からない。だが、その一歩になるかもしれないとする期待も大きい。
◆ 徴用工問題、日本の報道では「韓国が悪い」
周知のように、日韓関係悪化の原因になっているのは「徴用工問題」である。
徴用工とは、戦前の日本企業が中国や朝鮮半島で徴用した労働者のことである。元徴用工は、日本企業によって奴隷のように扱われ、また給料が未払いであったとして、その補償を求め、約70社の日本企業を訴えている。
2018年10月、韓国の最高裁判所である「大法院」は、「日本製鉄」に対し、韓国人の元徴用工4名の損害賠償を命じる判決を下した。
一方、裁判を起こされた日本企業が交渉に応じなかったことから、韓国の裁判所は「新日鉄住金」「三菱重工」「不二越」などの韓国における現地資産を差し押さえた。
一方日本は、韓国のこのような動きは明らかに国際法違反であるとして、即座の撤回を要求した。
韓国が協議に応じなかったことから日本は、韓国を輸出手続きで優遇対象となる「ホワイト国」から除外した。
これは韓国国内の怒りを買い、日本製品の大規模な不買運動が起こった。さらに韓国は、繊細な軍事情報を日米韓で共有する協定の「GSOMIA」の破棄を表明した。
これが日韓関係悪化の簡単な経緯であるが、日本ではその原因は一方的に韓国にあるとする報道がほとんどだ。
たしかに日本と韓国が国交を回復した1965年の「日韓基本条約」と、それと同時に締結された「日韓請求権協定」では、日本は韓国に無償で3億ドル、有償で2億ドルの資金供与といわば引き換えるようなかたちで、韓国は日本の植民地時代における損害賠償の請求権をすべて放棄している。
したがって、昨年の韓国「大法院」による徴用工に対する日本企業の賠償命令は、明らかに国際法違反である。韓国はすべての賠償請求権をすでに条約で放棄しているのだから、これを請求することはできないというわけだ。
日本ではこうした報道だけが流れ、国際法違反の韓国に対して、法の順守を迫る日本という図式が成り立っている。徴用工問題では日本が正しく、韓国は完全に間違っているというわけだ。
◆ 徴用工問題の真実、個人請求権の問題
たしかに、日本の主張には一定の根拠があることは間違いない。
韓国政府が徴用工の賠償を日本企業に請求したとすれば、それは間違いなく「日韓基本条約」と「請求権協定」という国際条約違反である。
もし徴用工問題が日本の主張するこの論理だけで決着できるのなら、なんら問題にならない。しかし、徴用工問題の実態はこれよりもはるかに複雑で、国際法に違反したとして韓国を一方的に非難するできる状況ではないのだ。
ちょっと複雑になるが、まず確認しておかなければならないのは、「日韓基本条約」と「請求権協定」で放棄されたのは、「外交保護権」という事実である。
「外交保護権」とは、ある国家の国籍を持つ個人が他国の国際違法行為によって損害を受けた場合に、国籍国が違反した国に対して国家の責任を追及する権限のことをいう。つまり、徴用工の問題に当てはめていえば、韓国政府が徴用工の損害賠償を日本政府に請求することである。
そして、「日韓基本条約」と「請求権協定」によって「外交保護権」が放棄されたということは、韓国政府が韓国人の被った損害賠償を日本政府に請求する権利を放棄したということである。「外交保護権」の放棄に関しては、日韓で解釈の相違はない。
では、たとえば政府を介さないで、個人が被った損害の賠償を他の国の個人や企業に請求する場合はどうなるのだろうか?
これは純粋な個人の間の損害賠償請求権なので、政府はまったく介入しない。これを「個人請求権」と呼ぶ。
実は、いま問題になっている徴用工問題は、徴用工が損害賠償を日本企業に請求するという「個人請求権」の問題なのだ。
してみると、焦点になってくるのは、政府間の損害賠償が放棄された「日韓基本条約」や「請求権協定」で、この「個人請求権」までも放棄されたのかどうかということだ。
もしこれらの条約で「個人請求権」まで放棄されたという解釈ならば、徴用工の被ったとされる損害の賠償を日本企業に求めた韓国「大法院」の判決は明確な国際法違反である。日本の安倍政権の立場が正しいことになる。
しかしもし、放棄されたのは「外交保護権」だけであって、「個人請求権」まで放棄はされてはいないという解釈ならば、「大法院」の判決は正しく、「日韓基本条約」や「請求権協定」という国際条約からみても、なんの問題もないことになる。
いったいどちらの解釈が正しいのだろうか?
◆ 韓国と日本の立場
実は1965年に「日韓基本条約」と「請求権協定」が締結されてからというもの、1990年代の終わりころまでの韓国政府の立場は、「個人請求権」も同時に放棄されたという解釈で一貫していた。
そのためこの期間には、韓国では徴用工の損害賠償請求問題が取り上げられることはなかった。これは「個人請求権」に属する問題で、すでに放棄されているからだ。
しかし、一貫性を欠いていたのは実は日本政府であった。
日本は、日本国民が個人として被った損害を、北方領土を占領したソビエトに対して、また個人の資産が奪われた韓国や中国の個人・企業に対して損害賠償を請求する権利を保証するため、「個人請求権」までは放棄されないと主張していたのである。
1991年8月27日、参議院予算委員会で当時の柳井俊二外務省条約局長は次のように答弁した。
「(日韓請求権協定は)いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではない。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることができないという意味だ。」
ちょっと分かりにくいかもしれないが、これは「個人請求権」までは消滅していないとする答弁である。これが日本政府の長年の立場であった。
そして、日本政府が「個人請求権」を認めていることが韓国に伝わると、次第に徴用工の損害賠償を日本企業に求める訴訟が増えていった。
さらに1990年代の終わりになると、韓国政府も日本政府と同様の立場に変更し、「個人請求権」は放棄されていないとした。
◆ 最後のとどめ、西松建設の裁判
そして、2007年になると、日本政府を追い詰めることになる最高裁の判決が出された。それは、戦時中、西松建設に雇われていた中国人の徴用工に対する判決であった。
ちなみに日本は、1972年に中国と「日中共同宣言」で国交を正式に回復した。韓国同様、「日中共同宣言」でも「外交保護権」は放棄された。日中の政府間による損害賠償請求問題は、これで解決した。日韓関係とまったく同じ構造である。
最高裁の判決は、「日中共同声明」により国家間だけでなく個人の賠償請求権も放棄されたとの判断を示し、日中間で賠償問題は決着済みであることを確認したものだった。
しかし最高裁判決は、「被害者らの苦痛は極めて大きく、西松建設を含む関係者に被害救済の努力が期待される」と付言したため、西松建設は訴訟を起こさずに解決する「即決和解」を申し出て、原告側の中国人徴用工もこれに応じた。
そして西松建設は、中国人徴用工360人の強制連行を認めて謝罪し、補償金を支払うための新たな基金に2億5,000万円を拠出した。
これはどういうことかというと、最高裁は表向きは「個人請求権」は放棄されたものとしたが、実際は和解勧告を行い、損害の賠償をさせたということだ。
これは解釈が分かれるところかもしれないが、最高裁は「個人請求権」の存在を実質的に認めたとも理解することができる。
◆ パニックになった第1次安倍政権
この2007年の判決と和解勧告は、大きな衝撃を当時の第1次安倍政権にもたらした。
これから「個人請求権」に基づいた訴訟が、特に韓国を中心に相次ぐことが予想できたからである。徴用工の訴訟ラッシュとなる可能性もあった。
このような状況への対応を迫られた安倍政権は、「個人請求権」の存在を認めていたこれまでの日本政府の立場を改め、「個人請求権」も放棄されたので解決済みであるという立場に変更した。
(※追記2019年11月11日:しかしいま、2018年11月14日、河野太郎元外相は日本共産党の穀田恵二議員への答弁として、1965年の日韓請求権協定によって「個人の請求権が消滅したと申し上げるわけではございません」と明言し、個人の請求権は「消滅していない」ことを正式に認めている。)
※参考:徴用工個人の請求権 外相「消滅してない」/衆院外務委 穀田議員に答弁 ? しんぶん赤旗(2018年11月15日配信)
◆ さらに日本に不利な「国際人権規約」
このように、いまの徴用工の問題の背後には、「個人請求権」を長年認め、中国人徴用工の損害を実質的に賠償した日本政府の一貫しない態度がある。
中国人には賠償しながらも、韓国人にはこれを拒否するということはできないだろう。
徴用工問題は、「韓国は国際法に違反している」と主張すれば解決する問題ではまったくない。
国際司法裁判所のような第三者機関に訴訟を起こすと、日本が敗訴する可能性があると指摘されている。
しかし、最近になって、日本の立場をさらに不利にする事実が出てきた。むしろ国際条約に違反しているのは日本である可能性を示唆する事実だ。
それは、「国際人権規約」の存在である。
「国際人権規約」とは、国連の「世界人権宣言」の内容を具体的に条約化したもので、国際人権法にかかる諸条約の中で最も基本的で包括的なものだとされている。1966年に国連総会で採択され、1976年に発効した。日本は1979年に批准している。
この条約の詳しい説明は避け、徴用工問題にかかわる部分だけを見てみよう。この条約の第2条には、次のようにある。
この「国際人権規約」の批准後、各国の政府は戦時中などに政府が行った行為や、先住民の被害者に対する救済処置を実施した。
まずドイツでは、国に賠償するのではなく、強制動員に対する労働者への被害補償として、2000年8月にドイツ政府と6,400社のドイツ企業が「記憶・責任・未来」基金を創設して、これまでに166万人以上に対して、約44億ユーロ(約7,200億円)を賠償している。
さらに、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、アメリカでは先住民族に対する謝罪や補償が行われた。
またアメリカは、レーガン政権時に、第2次大戦中に日系アメリカ人に対して行った隔離政策を謝罪し、これに対して補償した。
◆ 「国際人権規約」を徴用工問題に当てはめると…
このような「国際人権規約」の規定をいまの徴用工問題に適用するとどうなるだろうか?
日本企業や日本政府は「公的資格で行動するもの」である。とするなら、徴用工に対しては、それ相応の救済処置を実施する義務が日本にはあることになる。
これは「個人請求権」の問題が政府間の国際条約で解決されているのかいないのかとは関係がない。
過去の国際条約がどうあれ、「公的資格で行動する者」により権利を侵害されたものは、救済する義務があるとした条約である。
つまりこれは、徴用工は救済されなければならないということだ。
◆ 法的には日本政府に勝ち目はないかも
このように見ると、徴用工問題で守勢に立つのは日本であることが分かる。
まず日本は、長年「個人請求権」を認めていた歴史がある。
それが、多くの徴用工裁判が提訴される引き金になった。最高裁の和解勧告で実際に補償した事例まである。
いまさら都合が悪くなったからといって、「個人請求権」の存在を否定することは困難である。
さらに日本は、「国際人権規約」という国際条約を批准している。この内容を順守する義務がある。
ということでは、徴用工には救済処置が適用されなければ、日本が国際法違反になる可能性が高い。
このように見てみると、日本は韓国に「日韓基本条約」と「請求権協定」という国際条約の順守を強気に迫るだけの十分な根拠はないことになる。
国際法に違反した韓国と、その過ちを正す日本という、いま日本の主要メディアが喧伝している図式は成立しない可能性が高い。
国際司法裁判所に提訴しても、敗訴するのではないだろうか?
◆ 問題は報道されないこと
では、海外ではこのような徴用工問題の実態はどのように報道されているのだろうか?
実は、ほとんど報道されていないのが実態だ。世界には緊急性の高い問題が山積しており、国際社会は日韓関係にはほとんど関心がないというのが現実だ。
だが、問題がこじれにこじれ、海外のメディアがこの問題を徹底的に調べるようになると、状況は日本にとってかなり不利になることは間違いない。
ところで筆者は、今回の記事で安倍政権を批判しようとしているわけではない。安倍政権もそれなりの言い分はあるだろう。
そうではなく、筆者が問題にしたいのは、こうした事実がまったく報道されていないいまの日本のメディアの状況なのだ。
今回紹介した見解も含め、あらゆる見方が報道され、健全な議論がメディアで行われるのが自然だろう。
しかし、安倍政権の一方的な見解しか報道されない。「個人的請求権」の問題も、西松建設の徴用工判決と和解も、ましてや「国際人権規約」もすべて無視され、一切報道されない。
これはやはり、情報操作されているとしか考えられない。日本の言い分には不利になる事実はまったく報道されないのだ。
筆者は、毎日かなりの数の海外メディアの記事を読んでいるが、日本や現政権にとって不利になるような事実や情報が、日本の主要メディアに報道されない状況は、あらゆる分野に及んでいることが分かる。一事が万事そうなのである。
徴用工問題は、この状況を端的に示す一例でしかない。
◆ 日本のメディアは真実を伝えるか?
いつかは確定できないが、2020年代のいつかかならず経済危機が襲うことは間違いないだろう。
いま日本のメディアの状況がこのような状態だとするなら、深刻な経済危機が襲い、我々の生活基盤が脅かされる可能性があったとしても、そうした都合の悪い情報は極力報道されなくなる可能性が高いだろう。
ということでは、必要な情報は自分で収集して、身を守らなければならない。意外にそうした時期は早くやってくるのかもしれない。
このメルマガでは、全力で情報を収集し、危機の時期にしっかりと備える一助になるつもりだ。
(続きはご購読ください。初月無料です)
※本記事は有料メルマガ『未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』2019年11月8日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
https://i.mag2.jp/r?aid=a5b516f2c3e842
『まぐまぐ!ニュース!』(2019年11月8日)
https://www.mag2.com/p/money/817356
まったく報道されない徴用工問題の真実=高島康司 (『MAG2 NEWS』)
いま日韓関係悪化の原因になっている「徴用工問題」について、日本ではまったく報道されない事実について書く。国際司法裁判で日本が敗訴となる可能性がある。(『未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』高島康司)
◆ 日韓関係に改善の兆し?
いま日韓関係悪化の原因になっている「徴用工問題」の、日本ではまったく報道されていない事実について書く。
悪化して膠着状態にある日韓関係だが、改善に向かう可能性を示す兆候が出てきた。
「東アジアサミット」出席のためタイを訪れていた安倍首相だが、韓国のムン・ジェイン大統領と11分間の会談を行った。
両国は原則を確認しあっただけで徴用工問題そのものには具体的な進展はなかったものの、両国は問題解決に向けての対話を継続することで合意した。
その後、韓国国会のムン・ヒサン議長が都内で講演し、太平洋戦争中の「徴用」をめぐる韓国の裁判について、原告側には韓国側で新たな基金を作り慰謝料を支払うとした法案を、国会に提出する考えを明らかにした。
基金の財源は、日韓両国の企業と個人から自主的な寄付を募るとし、日韓関係悪化のきっかけになったこの問題の解決策にしたいとした。
韓国向け輸出の大幅減少で経済的な打撃を受け、また「GSOMIA(軍事情報包括保護協定)」の韓国による破棄を懸念する日本と、ムン・ジェイン政権の支持率低下に歯止めがかからない韓国が、関係改善に向けた動きを始めた可能性がある。
これがなんらかの具体的な動きにつながるかどうかはまだ分からない。だが、その一歩になるかもしれないとする期待も大きい。
◆ 徴用工問題、日本の報道では「韓国が悪い」
周知のように、日韓関係悪化の原因になっているのは「徴用工問題」である。
徴用工とは、戦前の日本企業が中国や朝鮮半島で徴用した労働者のことである。元徴用工は、日本企業によって奴隷のように扱われ、また給料が未払いであったとして、その補償を求め、約70社の日本企業を訴えている。
2018年10月、韓国の最高裁判所である「大法院」は、「日本製鉄」に対し、韓国人の元徴用工4名の損害賠償を命じる判決を下した。
一方、裁判を起こされた日本企業が交渉に応じなかったことから、韓国の裁判所は「新日鉄住金」「三菱重工」「不二越」などの韓国における現地資産を差し押さえた。
一方日本は、韓国のこのような動きは明らかに国際法違反であるとして、即座の撤回を要求した。
韓国が協議に応じなかったことから日本は、韓国を輸出手続きで優遇対象となる「ホワイト国」から除外した。
これは韓国国内の怒りを買い、日本製品の大規模な不買運動が起こった。さらに韓国は、繊細な軍事情報を日米韓で共有する協定の「GSOMIA」の破棄を表明した。
これが日韓関係悪化の簡単な経緯であるが、日本ではその原因は一方的に韓国にあるとする報道がほとんどだ。
たしかに日本と韓国が国交を回復した1965年の「日韓基本条約」と、それと同時に締結された「日韓請求権協定」では、日本は韓国に無償で3億ドル、有償で2億ドルの資金供与といわば引き換えるようなかたちで、韓国は日本の植民地時代における損害賠償の請求権をすべて放棄している。
したがって、昨年の韓国「大法院」による徴用工に対する日本企業の賠償命令は、明らかに国際法違反である。韓国はすべての賠償請求権をすでに条約で放棄しているのだから、これを請求することはできないというわけだ。
日本ではこうした報道だけが流れ、国際法違反の韓国に対して、法の順守を迫る日本という図式が成り立っている。徴用工問題では日本が正しく、韓国は完全に間違っているというわけだ。
◆ 徴用工問題の真実、個人請求権の問題
たしかに、日本の主張には一定の根拠があることは間違いない。
韓国政府が徴用工の賠償を日本企業に請求したとすれば、それは間違いなく「日韓基本条約」と「請求権協定」という国際条約違反である。
もし徴用工問題が日本の主張するこの論理だけで決着できるのなら、なんら問題にならない。しかし、徴用工問題の実態はこれよりもはるかに複雑で、国際法に違反したとして韓国を一方的に非難するできる状況ではないのだ。
ちょっと複雑になるが、まず確認しておかなければならないのは、「日韓基本条約」と「請求権協定」で放棄されたのは、「外交保護権」という事実である。
「外交保護権」とは、ある国家の国籍を持つ個人が他国の国際違法行為によって損害を受けた場合に、国籍国が違反した国に対して国家の責任を追及する権限のことをいう。つまり、徴用工の問題に当てはめていえば、韓国政府が徴用工の損害賠償を日本政府に請求することである。
そして、「日韓基本条約」と「請求権協定」によって「外交保護権」が放棄されたということは、韓国政府が韓国人の被った損害賠償を日本政府に請求する権利を放棄したということである。「外交保護権」の放棄に関しては、日韓で解釈の相違はない。
では、たとえば政府を介さないで、個人が被った損害の賠償を他の国の個人や企業に請求する場合はどうなるのだろうか?
これは純粋な個人の間の損害賠償請求権なので、政府はまったく介入しない。これを「個人請求権」と呼ぶ。
実は、いま問題になっている徴用工問題は、徴用工が損害賠償を日本企業に請求するという「個人請求権」の問題なのだ。
してみると、焦点になってくるのは、政府間の損害賠償が放棄された「日韓基本条約」や「請求権協定」で、この「個人請求権」までも放棄されたのかどうかということだ。
もしこれらの条約で「個人請求権」まで放棄されたという解釈ならば、徴用工の被ったとされる損害の賠償を日本企業に求めた韓国「大法院」の判決は明確な国際法違反である。日本の安倍政権の立場が正しいことになる。
しかしもし、放棄されたのは「外交保護権」だけであって、「個人請求権」まで放棄はされてはいないという解釈ならば、「大法院」の判決は正しく、「日韓基本条約」や「請求権協定」という国際条約からみても、なんの問題もないことになる。
いったいどちらの解釈が正しいのだろうか?
◆ 韓国と日本の立場
実は1965年に「日韓基本条約」と「請求権協定」が締結されてからというもの、1990年代の終わりころまでの韓国政府の立場は、「個人請求権」も同時に放棄されたという解釈で一貫していた。
そのためこの期間には、韓国では徴用工の損害賠償請求問題が取り上げられることはなかった。これは「個人請求権」に属する問題で、すでに放棄されているからだ。
しかし、一貫性を欠いていたのは実は日本政府であった。
日本は、日本国民が個人として被った損害を、北方領土を占領したソビエトに対して、また個人の資産が奪われた韓国や中国の個人・企業に対して損害賠償を請求する権利を保証するため、「個人請求権」までは放棄されないと主張していたのである。
1991年8月27日、参議院予算委員会で当時の柳井俊二外務省条約局長は次のように答弁した。
「(日韓請求権協定は)いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではない。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることができないという意味だ。」
ちょっと分かりにくいかもしれないが、これは「個人請求権」までは消滅していないとする答弁である。これが日本政府の長年の立場であった。
そして、日本政府が「個人請求権」を認めていることが韓国に伝わると、次第に徴用工の損害賠償を日本企業に求める訴訟が増えていった。
さらに1990年代の終わりになると、韓国政府も日本政府と同様の立場に変更し、「個人請求権」は放棄されていないとした。
◆ 最後のとどめ、西松建設の裁判
そして、2007年になると、日本政府を追い詰めることになる最高裁の判決が出された。それは、戦時中、西松建設に雇われていた中国人の徴用工に対する判決であった。
ちなみに日本は、1972年に中国と「日中共同宣言」で国交を正式に回復した。韓国同様、「日中共同宣言」でも「外交保護権」は放棄された。日中の政府間による損害賠償請求問題は、これで解決した。日韓関係とまったく同じ構造である。
最高裁の判決は、「日中共同声明」により国家間だけでなく個人の賠償請求権も放棄されたとの判断を示し、日中間で賠償問題は決着済みであることを確認したものだった。
しかし最高裁判決は、「被害者らの苦痛は極めて大きく、西松建設を含む関係者に被害救済の努力が期待される」と付言したため、西松建設は訴訟を起こさずに解決する「即決和解」を申し出て、原告側の中国人徴用工もこれに応じた。
そして西松建設は、中国人徴用工360人の強制連行を認めて謝罪し、補償金を支払うための新たな基金に2億5,000万円を拠出した。
これはどういうことかというと、最高裁は表向きは「個人請求権」は放棄されたものとしたが、実際は和解勧告を行い、損害の賠償をさせたということだ。
これは解釈が分かれるところかもしれないが、最高裁は「個人請求権」の存在を実質的に認めたとも理解することができる。
◆ パニックになった第1次安倍政権
この2007年の判決と和解勧告は、大きな衝撃を当時の第1次安倍政権にもたらした。
これから「個人請求権」に基づいた訴訟が、特に韓国を中心に相次ぐことが予想できたからである。徴用工の訴訟ラッシュとなる可能性もあった。
このような状況への対応を迫られた安倍政権は、「個人請求権」の存在を認めていたこれまでの日本政府の立場を改め、「個人請求権」も放棄されたので解決済みであるという立場に変更した。
(※追記2019年11月11日:しかしいま、2018年11月14日、河野太郎元外相は日本共産党の穀田恵二議員への答弁として、1965年の日韓請求権協定によって「個人の請求権が消滅したと申し上げるわけではございません」と明言し、個人の請求権は「消滅していない」ことを正式に認めている。)
※参考:徴用工個人の請求権 外相「消滅してない」/衆院外務委 穀田議員に答弁 ? しんぶん赤旗(2018年11月15日配信)
◆ さらに日本に不利な「国際人権規約」
このように、いまの徴用工の問題の背後には、「個人請求権」を長年認め、中国人徴用工の損害を実質的に賠償した日本政府の一貫しない態度がある。
中国人には賠償しながらも、韓国人にはこれを拒否するということはできないだろう。
徴用工問題は、「韓国は国際法に違反している」と主張すれば解決する問題ではまったくない。
国際司法裁判所のような第三者機関に訴訟を起こすと、日本が敗訴する可能性があると指摘されている。
しかし、最近になって、日本の立場をさらに不利にする事実が出てきた。むしろ国際条約に違反しているのは日本である可能性を示唆する事実だ。
それは、「国際人権規約」の存在である。
「国際人権規約」とは、国連の「世界人権宣言」の内容を具体的に条約化したもので、国際人権法にかかる諸条約の中で最も基本的で包括的なものだとされている。1966年に国連総会で採択され、1976年に発効した。日本は1979年に批准している。
この条約の詳しい説明は避け、徴用工問題にかかわる部分だけを見てみよう。この条約の第2条には、次のようにある。
第2条3 この規約の各締約国は、次のことを約束する。ちょっと法律用語が多いので難しく聞こえるかも知れないが、「公的資格で行動する者」、つまり政府や企業または軍隊などによって人権を侵害されたものは、きちんと救済されればならないという規定である。
(a)この規約において認められる権利又は自由を侵害された者が、公的資格で行動する者によりその侵害が行われた場合にも、効果的な救済措置を受けることを確保すること。
この「国際人権規約」の批准後、各国の政府は戦時中などに政府が行った行為や、先住民の被害者に対する救済処置を実施した。
まずドイツでは、国に賠償するのではなく、強制動員に対する労働者への被害補償として、2000年8月にドイツ政府と6,400社のドイツ企業が「記憶・責任・未来」基金を創設して、これまでに166万人以上に対して、約44億ユーロ(約7,200億円)を賠償している。
さらに、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、アメリカでは先住民族に対する謝罪や補償が行われた。
またアメリカは、レーガン政権時に、第2次大戦中に日系アメリカ人に対して行った隔離政策を謝罪し、これに対して補償した。
◆ 「国際人権規約」を徴用工問題に当てはめると…
このような「国際人権規約」の規定をいまの徴用工問題に適用するとどうなるだろうか?
日本企業や日本政府は「公的資格で行動するもの」である。とするなら、徴用工に対しては、それ相応の救済処置を実施する義務が日本にはあることになる。
これは「個人請求権」の問題が政府間の国際条約で解決されているのかいないのかとは関係がない。
過去の国際条約がどうあれ、「公的資格で行動する者」により権利を侵害されたものは、救済する義務があるとした条約である。
つまりこれは、徴用工は救済されなければならないということだ。
◆ 法的には日本政府に勝ち目はないかも
このように見ると、徴用工問題で守勢に立つのは日本であることが分かる。
まず日本は、長年「個人請求権」を認めていた歴史がある。
それが、多くの徴用工裁判が提訴される引き金になった。最高裁の和解勧告で実際に補償した事例まである。
いまさら都合が悪くなったからといって、「個人請求権」の存在を否定することは困難である。
さらに日本は、「国際人権規約」という国際条約を批准している。この内容を順守する義務がある。
ということでは、徴用工には救済処置が適用されなければ、日本が国際法違反になる可能性が高い。
このように見てみると、日本は韓国に「日韓基本条約」と「請求権協定」という国際条約の順守を強気に迫るだけの十分な根拠はないことになる。
国際法に違反した韓国と、その過ちを正す日本という、いま日本の主要メディアが喧伝している図式は成立しない可能性が高い。
国際司法裁判所に提訴しても、敗訴するのではないだろうか?
◆ 問題は報道されないこと
では、海外ではこのような徴用工問題の実態はどのように報道されているのだろうか?
実は、ほとんど報道されていないのが実態だ。世界には緊急性の高い問題が山積しており、国際社会は日韓関係にはほとんど関心がないというのが現実だ。
だが、問題がこじれにこじれ、海外のメディアがこの問題を徹底的に調べるようになると、状況は日本にとってかなり不利になることは間違いない。
ところで筆者は、今回の記事で安倍政権を批判しようとしているわけではない。安倍政権もそれなりの言い分はあるだろう。
そうではなく、筆者が問題にしたいのは、こうした事実がまったく報道されていないいまの日本のメディアの状況なのだ。
今回紹介した見解も含め、あらゆる見方が報道され、健全な議論がメディアで行われるのが自然だろう。
しかし、安倍政権の一方的な見解しか報道されない。「個人的請求権」の問題も、西松建設の徴用工判決と和解も、ましてや「国際人権規約」もすべて無視され、一切報道されない。
これはやはり、情報操作されているとしか考えられない。日本の言い分には不利になる事実はまったく報道されないのだ。
筆者は、毎日かなりの数の海外メディアの記事を読んでいるが、日本や現政権にとって不利になるような事実や情報が、日本の主要メディアに報道されない状況は、あらゆる分野に及んでいることが分かる。一事が万事そうなのである。
徴用工問題は、この状況を端的に示す一例でしかない。
◆ 日本のメディアは真実を伝えるか?
いつかは確定できないが、2020年代のいつかかならず経済危機が襲うことは間違いないだろう。
いま日本のメディアの状況がこのような状態だとするなら、深刻な経済危機が襲い、我々の生活基盤が脅かされる可能性があったとしても、そうした都合の悪い情報は極力報道されなくなる可能性が高いだろう。
ということでは、必要な情報は自分で収集して、身を守らなければならない。意外にそうした時期は早くやってくるのかもしれない。
このメルマガでは、全力で情報を収集し、危機の時期にしっかりと備える一助になるつもりだ。
(続きはご購読ください。初月無料です)
※本記事は有料メルマガ『未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』2019年11月8日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
https://i.mag2.jp/r?aid=a5b516f2c3e842
『まぐまぐ!ニュース!』(2019年11月8日)
https://www.mag2.com/p/money/817356
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます