永野厚男(教育ライター)から
◆ 増田都子様の分限免職に関わった、大江近・都教委元指導課長(60歳)が
講師をする12月22日午後の公開の道徳発表会に、参観・監視を
12月22日(土)午後、北区立飛鳥中学校が、「公開授業」&「北区教育委員会研究指定校及び文部科学省学習指導実践研究協力校(道徳)の研究発表会=公開」を開催します。
飛鳥中学校(北区西ケ原3丁目5-12)は東京メトロ南北線「西ケ原駅」徒歩4分の近さです。
12月22日(土)は、受付12:45、「公開授業」(研究授業)が13:10~14:00(50分)、研究発表会と鼎談が14:30~16:30です。
注目1
13:10からの「公開授業」は、飛鳥中学校主幹教諭・遠山正彦氏が授業(社会か道徳と思われる)をやるなら、そのクラスを見るのがお勧めです。都教委が「トップダウン・システム」を謀む「経営支援部設置推進の発表会」で遠山正彦氏は報告者を務めるなど、上意下達の学校作りに関わっているからです。
注目2
14:30からの研究発表会と鼎談は、注目の講師がいます。
★ 講師の、大江近(おおえちかし)・渋谷区立上原中校長は、定年まで3か月となりましたが、「都教委義務教育心身障害教育指導課長」だった05年7月当時、古賀都議らと共に増田都子様の分限免職に関わった張本人です。増田都子様の裁判で大江近氏は「都教委は、15年戦争は侵略戦争か判断せず」と放言しています。
『週刊金曜日』「アンテナ欄」08年9月19日号から、大江近氏の情報をお伝えします。
↓
◆ 都教委前指導課長「都教委は、15年戦争は侵略戦争か判断せず」明言
増田都子教諭の分限免職に関わった都教育委員会前指導課長が、「都教委は15年戦争が侵略戦争か判断しません」と明言した。
千代田区立九段中学校の社会科教諭当時、2004年度末の2年生の授業で、韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領(当時)の05年3月1日の演説を読み、植民地支配の歴史を知り、隣国との友好・信頼の構築を考える授業を行った増田さんは、05年度の1学期、持ち上がった3年生の授業で、盧大統領演説への生徒たちの意見をまとめた教材プリントを配布。
その際、侵略戦争を否定し正当化する、古賀俊昭都議の都議会発言(04年10月26日)を「国際的には恥を晒す歴史認識」、扶桑社の歴史教科書記述を「歴史偽造」――と記述した、自身の盧大統領宛の手紙を紹介した。
これに対し、都教委は「特定の公人や出版社への誹謗・悪口。地方公務員法第33条違反の信用失墜行為だ」として、05年8月30日、増田さんを戒告処分し、同年9月1日から授業剥奪の長期研修を強制、06年3月31日、分限免職にした。
08年9月8日、東京地裁で開かれた不当免職取り消し裁判で、処分に関与した当時の都教委役人2名への証人尋問が行われた。
大江近(おおえちかし)・渋谷区立上原中校長は、まず「都教委義務教育心身障害教育指導課長だった平成17年(05年)7月当時、人事部職員課長らと共に古賀都議に呼び付けられ、プリントを示され調査に入った」と、右翼都議の介入が発端だったことを説明。
増田さん側弁護士が「戦後50年・60年国会決議などから、日中戦争・太平洋戦争は侵略戦争ではないか」と追及すると、社会科教諭だった大江氏は「行政に入り20年も現場を離れており、個人としては答えにくい。都教委としては侵略戦争かどうか判断しない」と明言した。
また、森正孝氏制作の『侵略』ビデオ視聴を、「中学生という発展段階からすれば、授業での使用は課題があると判断した」と、陳述書で断じた根拠を問われ、大江氏は「ザッと一回見ただけだが、残酷という感想を持った。学問的な分析はしていない」と答弁。"調査"など行っていない実態が明らかになった。
05年度、都教委人事部に管理職候補者として配属され、処分内容を立案した樋川宣登志(ひかわのぶとし)・世田谷区立八幡山小副校長は、陳述書に「プリントは保護者に対し不安を与えた」と書いた根拠を問われたが、「古賀都議の友人」と自認する一人の保護者の手紙を挙げるのみで、「これ以外はリサーチしていない」と告白した。
また「誹謗・悪口と、批判との違い」を問われた樋川氏は、「例えば、福田首相の辞任を6年生に教える時、『無責任。投げ出した』という言葉を使うのは良くない。『福田首相に責任感がないと思っている人がいる』という表現なら(批判に留まるから)良い」と、独自の基準を示すに留まり、「違い」自体を明確に答えられなかった。
閉廷後、増田さんは「『誹謗』と『正当な批判』との違いも判断できない常識欠落者たちが処分権を乱用した。2名の主張は、私は何事も自分の頭で考え判断することはできません、という告白だ」と、厳しく批判した。
◆ 増田都子様の分限免職に関わった、大江近・都教委元指導課長(60歳)が
講師をする12月22日午後の公開の道徳発表会に、参観・監視を
12月22日(土)午後、北区立飛鳥中学校が、「公開授業」&「北区教育委員会研究指定校及び文部科学省学習指導実践研究協力校(道徳)の研究発表会=公開」を開催します。
飛鳥中学校(北区西ケ原3丁目5-12)は東京メトロ南北線「西ケ原駅」徒歩4分の近さです。
12月22日(土)は、受付12:45、「公開授業」(研究授業)が13:10~14:00(50分)、研究発表会と鼎談が14:30~16:30です。
注目1
13:10からの「公開授業」は、飛鳥中学校主幹教諭・遠山正彦氏が授業(社会か道徳と思われる)をやるなら、そのクラスを見るのがお勧めです。都教委が「トップダウン・システム」を謀む「経営支援部設置推進の発表会」で遠山正彦氏は報告者を務めるなど、上意下達の学校作りに関わっているからです。
注目2
14:30からの研究発表会と鼎談は、注目の講師がいます。
★ 講師の、大江近(おおえちかし)・渋谷区立上原中校長は、定年まで3か月となりましたが、「都教委義務教育心身障害教育指導課長」だった05年7月当時、古賀都議らと共に増田都子様の分限免職に関わった張本人です。増田都子様の裁判で大江近氏は「都教委は、15年戦争は侵略戦争か判断せず」と放言しています。
『週刊金曜日』「アンテナ欄」08年9月19日号から、大江近氏の情報をお伝えします。
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◆ 都教委前指導課長「都教委は、15年戦争は侵略戦争か判断せず」明言
永野厚男(教育ライター)
増田都子教諭の分限免職に関わった都教育委員会前指導課長が、「都教委は15年戦争が侵略戦争か判断しません」と明言した。
千代田区立九段中学校の社会科教諭当時、2004年度末の2年生の授業で、韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領(当時)の05年3月1日の演説を読み、植民地支配の歴史を知り、隣国との友好・信頼の構築を考える授業を行った増田さんは、05年度の1学期、持ち上がった3年生の授業で、盧大統領演説への生徒たちの意見をまとめた教材プリントを配布。
その際、侵略戦争を否定し正当化する、古賀俊昭都議の都議会発言(04年10月26日)を「国際的には恥を晒す歴史認識」、扶桑社の歴史教科書記述を「歴史偽造」――と記述した、自身の盧大統領宛の手紙を紹介した。
これに対し、都教委は「特定の公人や出版社への誹謗・悪口。地方公務員法第33条違反の信用失墜行為だ」として、05年8月30日、増田さんを戒告処分し、同年9月1日から授業剥奪の長期研修を強制、06年3月31日、分限免職にした。
08年9月8日、東京地裁で開かれた不当免職取り消し裁判で、処分に関与した当時の都教委役人2名への証人尋問が行われた。
大江近(おおえちかし)・渋谷区立上原中校長は、まず「都教委義務教育心身障害教育指導課長だった平成17年(05年)7月当時、人事部職員課長らと共に古賀都議に呼び付けられ、プリントを示され調査に入った」と、右翼都議の介入が発端だったことを説明。
増田さん側弁護士が「戦後50年・60年国会決議などから、日中戦争・太平洋戦争は侵略戦争ではないか」と追及すると、社会科教諭だった大江氏は「行政に入り20年も現場を離れており、個人としては答えにくい。都教委としては侵略戦争かどうか判断しない」と明言した。
また、森正孝氏制作の『侵略』ビデオ視聴を、「中学生という発展段階からすれば、授業での使用は課題があると判断した」と、陳述書で断じた根拠を問われ、大江氏は「ザッと一回見ただけだが、残酷という感想を持った。学問的な分析はしていない」と答弁。"調査"など行っていない実態が明らかになった。
05年度、都教委人事部に管理職候補者として配属され、処分内容を立案した樋川宣登志(ひかわのぶとし)・世田谷区立八幡山小副校長は、陳述書に「プリントは保護者に対し不安を与えた」と書いた根拠を問われたが、「古賀都議の友人」と自認する一人の保護者の手紙を挙げるのみで、「これ以外はリサーチしていない」と告白した。
また「誹謗・悪口と、批判との違い」を問われた樋川氏は、「例えば、福田首相の辞任を6年生に教える時、『無責任。投げ出した』という言葉を使うのは良くない。『福田首相に責任感がないと思っている人がいる』という表現なら(批判に留まるから)良い」と、独自の基準を示すに留まり、「違い」自体を明確に答えられなかった。
閉廷後、増田さんは「『誹謗』と『正当な批判』との違いも判断できない常識欠落者たちが処分権を乱用した。2名の主張は、私は何事も自分の頭で考え判断することはできません、という告白だ」と、厳しく批判した。
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