◆ 天安門事件30年 (東京新聞【本音のコラム】)
鎌田 慧(かまたさとし・ルポライター)
六月四日。天安門事件から三十年。戦車隊の侵攻にひとり立ちふさがり、ピタリと止めた若者の残像は、いまなお鮮明だ。
最近出版された及川淳子『11通の手紙』の笠原清志氏の解説によれば、彼のその後の消息は処刑されたとも天津の刑務所に名前も罪名も明らかにされず幽閉されているとも伝えられている。
言論の自由を求めて立ち上がった学生たちが、人民解放軍に銃で鎮圧されるとは、ほとんどの人たちの想像力を超えていた。学生たちはほんの少しの自由を求めただけだったのだ。
それから三十年がたって、中国の一人あたりの名目GDP(国内総生産)は三十倍近くになった。
民主化を弾圧したから驚異の躍進になったのか、経済的な発展は人間の自由の代償になるのか。日本も恩恵を受けている中国経済の発展と未来をどう考えるのか。
『11通の手紙』はあの日、天安門広場にいた人びとの想(おも)いを巫女(みこ)のように静かに語った作品である。
最終章は米国の研究員だったが、天安門に駆けつけ戒厳部隊との交渉に当たって逮捕拘禁。その後も闘い続けノーベル平和賞を受賞し獄死した劉暁波から妻劉霞への手紙の形式をとっている。
人びとの想いをよく掬(すく)いあげた美しい文章で、悲劇が多角的に描かれている。
二月に百一歳で死去した毛沢東の元秘書・李鋭のコメントもある。
『東京新聞』(2019年6月4日【本音のコラム】)
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