《『反天ジャーナル』》
☆ 国会における議論へ憲法解釈学から一言
横田耕一
国会では「安定的な皇位継承に向けた衆参両院議長と各党代表者らによる協議」が5月17日より始まった。岸田首相をはじめとして自民党は早期の決着を目指しているが、現在のところ各党間で意見の隔たりがあり、ただちに決着があるとは考えられないが、その前提となる現憲法下の望ましい「象徴天皇制像」については、共産党を除き、ほぼ同様の状態にあるように見受けられる。
しかし、それは私の解する現憲法の象徴天皇制像
(大日本帝国憲法と「断絶」しているので、「歴史的天皇制の伝統・慣習」は考慮の否定さるべきものか考慮外であり、世襲に基づく天皇制は憲法の基本原則と根本的に矛盾するのでその地位・権能は最小限とすべきである。したがって、天皇の地位・権能の拡大を許す「飛び地論」はとり得ず、まして「祈る存在」としての公的天皇は完全に否定されるとともに、皇位就任者である自然人も他の公務員就任者と同じく人権の主体者である)
とは根本的に異なるので、国会での議論に憲法解釈学的に述べることは少ない。
一言で済ませば、
①公務としては天皇に憲法に定める国事行為のみしか認めておらず、平成天皇が多忙であった「象徴としての公的行為」も違憲であるのに、摂政や皇室会議議員となることのほか(これは皇室典範の規定によるから変更可能)、「皇族の公務」などを認める余地はなく、したがって「公的活動を行う皇族」など存在すべきではないから、それを理由とする皇族の増加は不要。
②皇統に属する「旧宮家の男系の男子を養子として皇族とすること」や、「旧宮家を皇族に復帰させること」は、「旧宮家(厳密には1947年10月13日まで「皇族」であった者)」の子孫として、現在は私たちと同様に一般国民であるその子孫を、特別の身分として把握して潜在的皇位継承資格者として処遇することを意味しており、それは憲法14条2項の「華族その他の貴族の制度はこれを認めない」に抵触するとともに、生まれによってそれに属する者を他の一般国民と区別して特別視することは「門地」による差別であり14条1項の「法の下の平等」に反していて違憲である。
③私の先述の憲法解釈ルールによれば現皇室典範が女性皇族に皇位継承資格を認めないのは違憲であるが、仮に違憲と言わなくても女性や女系男子皇族に皇位継承資格を認めても憲法上は問題ない(その場合、皇室典範は諸点で改正が必要である)。
☆ 皇位継承不可能な状況
憲法解釈を離れて、現在の国会での議論に関する私見をいくつかの点で述べてみる。
まず、議論の前提となる事実を確認する。現在の皇室において、皇族数が劇的に減少しており、現在の制度のままでは将来的には皇位継承自体が自然に不可能になる状況がありうる点では異論はない。
現在の皇族は、
昭和天皇世代[三笠宮崇仁妃:百合子(101)]、
上皇世代[上皇夫妻・常陸宮夫妻(80歳以上)]、三笠宮妃:信子(69)・高円宮妃:久子(70)、
天皇世代[皇后:雅子(60)・秋篠宮夫妻(50代)]、三笠宮彬子(42)、三笠宮瑤子(40)、高円宮承子(38)、秋篠宮佳子(29)、敬宮:愛子(22)、秋篠宮悠仁(17)
の計16人であり、内未婚の女性皇族5人(内35歳以上3人)である。
皇位継承資格を男系男子に限る現在の資格者は順に皇嗣秋篠宮、悠仁、常陸宮の3人で、現天皇世代未満の資格者は悠仁のみで現制度のもとでは悠仁に男子が出生しない限り皇位継承は断絶し天皇制は自然消滅する。
皇族女子は天皇と皇族男子以外の者との婚姻によって皇族身分を離脱すると皇室典範は法定しているので、悠仁を除く未婚男子皇族の存在しない現在、未婚皇族女子5人は婚姻によって皇族身分を離脱する(少なくとも佳子・愛子には近い将来の婚姻が予想される)。
加えて、皇室典範は、天皇・皇族は「養子をすることができない」と養子を一切禁止するとともに、「皇族以外の者及びその子孫は、女子が皇后となる場合及び皇族男子と婚姻する場合を除いては、皇族となることがない」と定めており、天皇・皇族男子と婚姻した一般国民女子が皇族となる例外を除いて、旧皇族(「臣籍降下」によって一般国民となった者」)とその子孫(旧皇族ではない)を含めて一般国民は皇族になることはできないと定めている(皇族身分と一般国民身分の峻別=平等原則の例外? したがって、一般国民男子は皇族女子と婚姻した場合を含めて、一切皇族となることはできない)。
また、意外と知られていないことだが、年齢15年以上の内親王・王・女王は、「その意思で」皇室会議の議を経て皇族身分を離脱できるので、現在、皇后・上皇妃以外の皇族女子は誰でも「その意思で」皇族を離脱できる。
その際、自然人である皇族も当然に人権主体であり、皇族身分に伴う合理的人権制限以外の人権制限は認められないから「その意思」に反して皇室会議が離脱を認めないことは許されない。
なお、皇族に関して「宮家」云々を問題にする論があるが、そもそも「宮家」は法的概念ではなく、皇族が結婚時や成年になった時などに独立の家計を営む者に適宜慣習的に天皇や宮内庁がつけた名称に過ぎないので、皇位継承問題を考える際などにおいては不要の言葉である。
☆ 「特例法」付帯決議とその結果
さて、天皇制度を維持しようとする場合にはある程度数の皇族の確保や皇位継承資格者の確保が不可欠であるのに、以上の事実から天皇制度には自然消滅の可能性があり、維持支持者の間には強い危惧の念が生じている。このため、平成天皇の退位を認めた皇室典範特例法を制定した際の衆参における『附帯決議』は、「安定的な皇位継承を確保するための諸課題等」を解決する方策を検討し国会に報告することを政府に求めた。これを受けて菅内閣総理大臣の下に『有識者会議』が設置され(その構成員やヒアリングの対象となった有識者には偏りがあったが)、その検討結果は『報告書』として2021年12月22日に提出された。そして現在の国会での協議は国会に報告されたこの『報告書』を受けて、それが提示した解決法を前提として行われている。
私見では、この『報告書』は複数の問題解決法を表面的には公平に提示するかたちを取りながら、長期的には特定の結論に誘導するような巧妙な構造からなっている。すなわち、『報告書』は検討が求められていた「皇位継承資格者問題」と「皇族数の減少防止」であるが、『報告書』は皇嗣:秋篠宮→悠仁親王の流れはすでに前提となっていることをあげ、それ以降の問題については議論するには「機が熟しておらず」として解決を将来に先送りし、皇位継承問題とは切り離して喫緊の課題として後者を検討するとした。
この結果、徳仁天皇→秋篠宮→悠仁親王の順での皇位継承は既定事実となり、女系天皇のみならず敬宮を女性天皇とすることは当面問題外となった。しかし、後者の問題は前者と不可分の問題であり、実際に国会での議論も必然的に皇位継承資格と不可分に展開されている。そこで危惧されるのは、国会が後者を決定するという形をとって将来の皇位資格者を実質的に決定する流れを作ることとともに、その間に形成されるであろう「天皇像」である。予測を含めて、若干その点を考えてみる。
☆「皇族数確保」と「皇位継承」の流れ
「皇族数の確保」のための方策として『報告書』や現在の国会が議論の対象としているのは三つの案である。
① 内親王・女王が婚姻後も皇族の身分を保持すること
この案では理論的には現況で最大5人が増加することになるが、身分保持を認める法施行以前に婚姻したり、「その意思で」皇族離脱する者もあることが十分予想される。また、『報告書』は「現在の内親王・女王殿下方は、現行制度下で人生を過ごされてきたことに十分留意する必要がある」としているので、法制定時の皇族女子に意思のみによる身分離脱を選択することを認めることになろう。もっとも配偶者と子を皇族として認めるならば皇族数の増加は見込めるが、現在未婚のアラフォー女子が3人であることを考えれば、佳子・愛子の両人に期待するしかなく、過大な期待はできない。しかも、そもそも女系天皇に繋がるとして身分保持自体にも強力な反対があることを考えれば、配偶者と子に皇族身分を認める案(まして子に皇位継承資格を認める案)が国会で容認されることはまずありえない。したがって、この方策による皇族数の増加は、配偶者・子には皇族身分を認めないという一方の顔をたてた妥協案が成立したとしても、期待される皇族数の増加は僅少である。
② 養子縁組を可能とし、皇統に属する男系の男子を皇族とすること
この方策が違憲であることは先述した。また、養子制度が大日本帝国憲法時代に禁止された理由(宗家紊乱の門を塞ぐ[伊藤博文『憲法義解』])は(まして養子になる対象を皇統に属する男系男子に限るなら)、現在も同様に有効である。この方策を固執する論者は、伝統的な皇位継承は「男系男子」に限られていたことを絶対的な根拠にするが、天皇制度護持の立場に立つ歴史学者(たとえば田中皇學院大学名誉教授)にあってもそれには異論があるし、天皇の正統性は神武天皇から「万世一系」であるという神話に基づく論である点で現憲法の天皇の存在根拠とはなりえない。
また、仮に歴史的天皇を問題にするならば、天皇・皇族と「臣籍」は絶対的な身分差とされており、旧皇室典範6条が規定するように、「皇族ノ臣籍ニ入リタル者ハ皇族ニ復スルコトヲ得ス」とされて臣籍に降下した者の皇族復帰は禁じられていた。
例外を強調する論者は887年に臣籍から復した宇多天皇を上げるが、この場合は天皇の第七皇子であったが臣籍降下し、そのわずか3年後に光孝天皇崩御の直前に天皇の意思で皇族に復籍し皇位を継承した例で、1947年に臣籍降下した「旧宮家」は室町時代(13世紀)の伏見天皇に源をもち何世代も続く傍系であり、臣籍降下して80年近くなり、その子孫である現存の未婚の男子は「元皇族」でも「臣籍降下時の宮家」に属した者でもなく、宇多天皇の例とは大違いであり、「皇統に属する男子」であることが厳格に禁止されてきた皇族復帰の例外的正当化理由になるとは到底考えられない。
しかも、そもそも、現在の皇位継承問題を考える際に、天皇の存在根拠を根本的に異にする歴史的理由を援用すること自体が間違っている。仮に養子を皇族として認めるとして、誰の養子にするか、養子になる者の意思のみならず養子を迎える皇族の意思はどうか、養子になった者の皇位継承資格は認めないとしてもその子に皇位継承資格を認めるのかが問題になるが、基本目的である「皇族数の確保」という目的に絞れば、養子が1人であれば、その男子に子が生まれるか、それは十分な数かという重大な問題が残り、解決策としては安定的ではない。
☆ 皇位継承資格の「一般国民」への拡大
これら2つの案のそれぞれが目的達成に不十分であり、両者をともにとったとしても「皇族数の確保」という目的が達成されないのであれば、『報告書』の第三案である「皇統に属する男系の男子を法律により直接皇族とする」として数合わせするしかないが、それは先述の理由から明らかに違憲であるし、膨大な経費を必要とすることになる。
以上のように、「皇族数の確保」を皇位継承資格問題を抜きに考えるなら、一時しのぎにはなるが達成は極めて困難である。しかし、あたかも皇位継承問題は将来に後に決定するとして議論の蚊帳の外に置くことはできず、常に言及されざるをえない。
しかも、第一案を採用し、しかも女子皇族の配偶者・子を皇族として認めるならば、将来の議論で女系天皇を認める余地があるうえに憲法との矛盾はないが、先に触れたようにその可能性は現在のところ少ない。
他方、第二案には自民党はもとより公明党、日本維新の会。国民民主党も基本的に賛成し、立憲民主党も必ずしも反対ではないようだ。この趨勢が続けば、第一案で各党が一定の妥協をしつつ、基本的に第二案に立った形で案が成立する可能性がある。
しかし、仮に第二案で妥協が成立せずこのたびの論議が空振りに終わったにせよ、ここで第二案にほとんどの党が賛意を示したことが将来の皇位継承論に道筋をつけることになる。なぜなら、それは潜在的皇位継承資格が「旧宮家の子孫である一般国民である男系男子」にあることを承認し、その前提となる「歴史的天皇の伝統」や「天照大神・神武天皇からはじまる126代の現天皇」という「國體」像を暗黙裡に承認し、そうした「天皇像」を国会の議論を通して国民に植え付けるとともに、女子を含む皇族身分の者は尊貴な存在であるとの感情をもたらすからである。
なお、第二案が成立したなら、第二案推進者でも危惧する、一般国民から養子として皇族になった男子に対する違和感も、多年の経過によって、皇后となった一般国民女子に対する違和感が払拭されたようにやがては払拭され、この後には一般国民である「皇統の男系男子」が皇族、ひいては天皇になることをも国民が違和感なく受け入れるようになる可能性も皆無ではない。
いい加減日本国憲法の想定する天皇像から乖離した天皇制度を、少なくともこれ以上おかしくしないためにどうすればいいか。考え、知恵をだしあっていくほかない。
『反天ジャーナル』(2024-06-03)
https://www.jca.apc.org/hanten-journal/?p=4561
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます