◎ 第2 平成24年最高裁判決多数意見・反対意見について
~『戒告』と『減給』との間に裁量権の範囲の線引きをする必然性はない
「報告集会」 《撮影:平田 泉》
1 はじめに
最高裁判所は、平成24年1月16日第一小法廷判決で、過去に卒業式等における不起立行為による懲戒処分を受けていることのみを理由に懲戒処分として減給処分・停職処分を選択した都教委の判断は、処分の選択が重きに失するものとして社会通念上著しく妥当を欠き、懲戒権者としての裁量権の範囲を超えるものとして違法の評価を免れないと判示しました。
2 平成24年判決の反対意見
また、宮川反対意見は、「不起立行為という職務命令違反行為に対しては、口頭又は文書による注意や訓告により責任を問い戒めることが適切であり、これにとどめることなくたとえ戒告処分であっても懲戒処分を科すことは、重きに過ぎ、社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用するするものであって、是認することはできない。」と述べました。
3 平成24年判決に対する原告らの主張
(1) 宮川反対意見に補足する主張
ア 減給処分と戒告処分の不利益をその事項ごとに比較すると、17項目の不利益中、戒告処分が減給処分と異なるのは、「本給の減額」がないこと、「勤勉手当の減額」が35%減でなく20%減であること、再発防止研修に個別研修がないことのみで、その他の「履歴への記載」「昇給延伸」「昇給幅の圧縮」等についてはすべて、減給処分にこれらの不利益があるのと同様に戒告処分にもこれらの不利益があります。
イ 「教職員の主な非行に対する標準的な処分量定」によれば、宮川反対意見が指摘するとおり、「列挙されている非行の大半は、刑事罰の対象となる行為や性的非行であり、量定上それらに関しても戒告処分にとどまる例が少なくない」のであり、「戒告処分であっても、一般的には、非違行為の中でもかなり情状の悪い場合にのみ行なわれ」ていると言えます。
ウ 文部科学省はほぼ毎年度「懲戒処分等の状況」を公表しており、「国旗掲揚、国歌斉唱の取り扱いに係る懲戒処分」についても、「懲戒処分者数」と都道府県ごとの処分状況を公表しており、これによれば、
① 東京都においても、10・23通達が発せられる前には懲戒処分も訓告等も0人でした。
② これが、10・23通達の発せられた平成15年度には一挙に179人の懲戒被処分者を出し、全国の194人の懲戒被処分者のうち、実に92%を占めるに至っています。16年度は90%、17年度は69%、18年度は71%です。
③ 他の地方自治体を見ると、そもそも全国の地方自治体で懲戒処分が為されているわけではなく、平成13年度から22年度までの10年間で懲戒処分は1度も出したことがなく訓告を出したことがあるのみの自治体や1度だけ1人に懲戒処分をしたことがあるという自治体がほとんどであって、これらを含めわずか15の自治体でしか為されていません。
④ このように、宮川反対意見の「不起立行為に対する懲戒処分の状況を全国的にみると、懲戒処分まで行っている地域は少なく、例えば神奈川県や千葉県では(中略)懲戒処分はされていないことがうかがわれ」るという指摘は、事実そのとおりであることがわかります。
(2) 宮川反対意見には述べられていない原告らの主張
ア 平成24年判決は、『戒告処分』は、「①法律上、処分それ自体によって教職員の法的地位に直接の職務上ないし給与上の不利益を及ぼすものではない」のに対し、『減給処分』と『停職処分』は、「①法律上、処分それ自体によって教職員の法的地位に直接の職務上(停職の場合)ないし給与上(減給・停職)の不利益が及ぶ」という差異があるとして、両者を峻別しています。
ア) しかしながら、そもそも何故「法律上、直接の不利益が及ぶか及ばないか」が裁量権の範囲内か範囲外かを決める峻別基準になるのかについて、平成24年判決は何らその根拠を示していません。
裁量権逸脱があるかないかの峻別基準は、先に第1で述べた「処分目的の逸脱」があるかないか、「比例原則違反」があるかないか、「裁量判断の方法ないし過程の過誤」があるかないかによるべきであるのに、平成24年判決は何らそれらを判断していないのです。同判決は、単に、懲戒処分の中で『戒告処分』は『減給処分』や『停職処分』より“軽い”、だから裁量権の逸脱にならないと言っているにすぎません。
このような論法に従うなら、『戒告』と『減給』との間に裁量権の範囲の線引きをする必然性はなく、『減給』は裁量権の範囲内だが『停職』は裁量権の範囲を超えるという論理も成り立ってしまうことになります。
また、『戒告』以上と『訓告』以下には、そもそも地方公務員法上の懲戒処分か否かという大きな差異があるのですから、むしろ『戒告』と『訓告』の間にこそ裁量権の範囲の線引きをすべきであるとも言えるのです。
イ) 平成24年判決が、『戒告』を「法律上、直接の不利益が及ばない」処分であるとしている点も事実に反します。『戒告』処分であっても、「将来の昇給等への影響や勤勉手当への影響」があり、履歴、勤勉手当、昇級などに不利益があることは、『減給』『停職』と同じです。
イ さらに、平成24年判決は、『減給』『停職』は「③懲戒処分が累積して加重されると短期間で反復継続的に不利益が拡大していく」という点も、『戒告』と峻別する理由にあげています。しかし、戒告処分も「処分が累積して加重されると短期間で反復継続的に不利益が拡大していく」ことに変わりはなく、むしろ、この「反復継続」の「機械的な」「スタート」地点が「戒告処分」だといえるのです。
ウ 原告らは、あくまでも10・23通達及びこれに基づく職務命令の違憲を主張するものですが、仮に百歩譲って、裁量権の逸脱を問題にするとしても、先に第1で述べた審査基準に基づく審査をしたうえで、裁量権の範囲の線引きを、「法律上の懲戒処分であるか否か」の峻別基準によって行なうこと、すなわち『訓告』以下の処分をすることは裁量権の範囲内だが、『戒告』以上の懲戒処分をすることは裁量権の範囲を超え違法であると判断することの方がまだしも合理性があると言うべきです。
以 上
~『戒告』と『減給』との間に裁量権の範囲の線引きをする必然性はない
弁護士 山田由紀子
「報告集会」 《撮影:平田 泉》
1 はじめに
最高裁判所は、平成24年1月16日第一小法廷判決で、過去に卒業式等における不起立行為による懲戒処分を受けていることのみを理由に懲戒処分として減給処分・停職処分を選択した都教委の判断は、処分の選択が重きに失するものとして社会通念上著しく妥当を欠き、懲戒権者としての裁量権の範囲を超えるものとして違法の評価を免れないと判示しました。
2 平成24年判決の反対意見
また、宮川反対意見は、「不起立行為という職務命令違反行為に対しては、口頭又は文書による注意や訓告により責任を問い戒めることが適切であり、これにとどめることなくたとえ戒告処分であっても懲戒処分を科すことは、重きに過ぎ、社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用するするものであって、是認することはできない。」と述べました。
3 平成24年判決に対する原告らの主張
(1) 宮川反対意見に補足する主張
ア 減給処分と戒告処分の不利益をその事項ごとに比較すると、17項目の不利益中、戒告処分が減給処分と異なるのは、「本給の減額」がないこと、「勤勉手当の減額」が35%減でなく20%減であること、再発防止研修に個別研修がないことのみで、その他の「履歴への記載」「昇給延伸」「昇給幅の圧縮」等についてはすべて、減給処分にこれらの不利益があるのと同様に戒告処分にもこれらの不利益があります。
イ 「教職員の主な非行に対する標準的な処分量定」によれば、宮川反対意見が指摘するとおり、「列挙されている非行の大半は、刑事罰の対象となる行為や性的非行であり、量定上それらに関しても戒告処分にとどまる例が少なくない」のであり、「戒告処分であっても、一般的には、非違行為の中でもかなり情状の悪い場合にのみ行なわれ」ていると言えます。
ウ 文部科学省はほぼ毎年度「懲戒処分等の状況」を公表しており、「国旗掲揚、国歌斉唱の取り扱いに係る懲戒処分」についても、「懲戒処分者数」と都道府県ごとの処分状況を公表しており、これによれば、
① 東京都においても、10・23通達が発せられる前には懲戒処分も訓告等も0人でした。
② これが、10・23通達の発せられた平成15年度には一挙に179人の懲戒被処分者を出し、全国の194人の懲戒被処分者のうち、実に92%を占めるに至っています。16年度は90%、17年度は69%、18年度は71%です。
③ 他の地方自治体を見ると、そもそも全国の地方自治体で懲戒処分が為されているわけではなく、平成13年度から22年度までの10年間で懲戒処分は1度も出したことがなく訓告を出したことがあるのみの自治体や1度だけ1人に懲戒処分をしたことがあるという自治体がほとんどであって、これらを含めわずか15の自治体でしか為されていません。
④ このように、宮川反対意見の「不起立行為に対する懲戒処分の状況を全国的にみると、懲戒処分まで行っている地域は少なく、例えば神奈川県や千葉県では(中略)懲戒処分はされていないことがうかがわれ」るという指摘は、事実そのとおりであることがわかります。
(2) 宮川反対意見には述べられていない原告らの主張
ア 平成24年判決は、『戒告処分』は、「①法律上、処分それ自体によって教職員の法的地位に直接の職務上ないし給与上の不利益を及ぼすものではない」のに対し、『減給処分』と『停職処分』は、「①法律上、処分それ自体によって教職員の法的地位に直接の職務上(停職の場合)ないし給与上(減給・停職)の不利益が及ぶ」という差異があるとして、両者を峻別しています。
ア) しかしながら、そもそも何故「法律上、直接の不利益が及ぶか及ばないか」が裁量権の範囲内か範囲外かを決める峻別基準になるのかについて、平成24年判決は何らその根拠を示していません。
裁量権逸脱があるかないかの峻別基準は、先に第1で述べた「処分目的の逸脱」があるかないか、「比例原則違反」があるかないか、「裁量判断の方法ないし過程の過誤」があるかないかによるべきであるのに、平成24年判決は何らそれらを判断していないのです。同判決は、単に、懲戒処分の中で『戒告処分』は『減給処分』や『停職処分』より“軽い”、だから裁量権の逸脱にならないと言っているにすぎません。
このような論法に従うなら、『戒告』と『減給』との間に裁量権の範囲の線引きをする必然性はなく、『減給』は裁量権の範囲内だが『停職』は裁量権の範囲を超えるという論理も成り立ってしまうことになります。
また、『戒告』以上と『訓告』以下には、そもそも地方公務員法上の懲戒処分か否かという大きな差異があるのですから、むしろ『戒告』と『訓告』の間にこそ裁量権の範囲の線引きをすべきであるとも言えるのです。
イ) 平成24年判決が、『戒告』を「法律上、直接の不利益が及ばない」処分であるとしている点も事実に反します。『戒告』処分であっても、「将来の昇給等への影響や勤勉手当への影響」があり、履歴、勤勉手当、昇級などに不利益があることは、『減給』『停職』と同じです。
イ さらに、平成24年判決は、『減給』『停職』は「③懲戒処分が累積して加重されると短期間で反復継続的に不利益が拡大していく」という点も、『戒告』と峻別する理由にあげています。しかし、戒告処分も「処分が累積して加重されると短期間で反復継続的に不利益が拡大していく」ことに変わりはなく、むしろ、この「反復継続」の「機械的な」「スタート」地点が「戒告処分」だといえるのです。
ウ 原告らは、あくまでも10・23通達及びこれに基づく職務命令の違憲を主張するものですが、仮に百歩譲って、裁量権の逸脱を問題にするとしても、先に第1で述べた審査基準に基づく審査をしたうえで、裁量権の範囲の線引きを、「法律上の懲戒処分であるか否か」の峻別基準によって行なうこと、すなわち『訓告』以下の処分をすることは裁量権の範囲内だが、『戒告』以上の懲戒処分をすることは裁量権の範囲を超え違法であると判断することの方がまだしも合理性があると言うべきです。
以 上
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