《都構想の罠-転換期を迎えた大都市制度24》
■ 区の教壇に立つ都の教員 ねじれた人事権
区立の小中学校で教壇に立つのは、都教育委員会が採用し配置した先生だ。区教委の教職員として数年間、教壇に立つと、今度は別の区市町村に異動。それを繰り返して、教職員としてのキャリアを積んでいく。
所属は区市町村だが、人事権を持つのは都道府県。
このような現行制度の下、大阪府で新しい試みが始まった。
■ 我が町の先生
橋下徹府知事(当時)の考えにより、大阪府教委は今年4月、豊中市や箕面市など府内5市町に、教職員人事権を移譲。5市町が地方自治法に基づく協議会を作り、採用や任免を行う。
文部科学省は、一定水準の教職員を確保し、教育水準の維持・向上を図る「県費負担教職員制度」の趣旨を損なわない範囲で、市町村が事務処理を行えるという見解を表明。5市町は当面、府教委と合同で採用試験を実施する。
府教委との人事交流はあるが、各市町が任免した教職員は原則、その自治体にとどまり、「我が町の先生」を目指す。
しかし、教育行政に詳しい都幹部は、大阪の試みを冷ややかに見る。
「どこかにしわ寄せが来る。相当のロスが出るのでは」。
と言うのも、文科省は「教職員定数の決定」「学級編成基準の決定」「教職員の給与負担」は市町村に負わせられないという見解を示しており、「任命権」だけを切り離すいびつな形になっているからだ。教職員人事権について、都教委は「教職員の人事権の行使と給与の負担も区市町村が行うべき」としつつ、法改正を行った上で、給与負担と合わせてというスタンス。
採用・異動・昇任などで不均衡が生じないための広域調整の仕組みも必要であるとしている。
一方、区市町村が教職員人事を持つことは、「地域に根差した教職員を確保する」という意味合いが大きい。中央教育審議会も05年、区市町村に移譲する方向が適当であると答申している。
だが、実務的には難題が山積している。
具体的には、区部で優秀な教職員を採用できても、多摩地域や島しょとの間で指導力に格差が生じる懸念がある。都教委幹部は、「行政職のように一部事務組合の形を取るかも知れないが、多摩地域どころか、特別区の中でも成功例が一部になるのでは」。
都教委幹部はこう指摘する。管理職の不足や、美術・音楽のように元々教員数が少ない教科では異動の難しさに拍車がかかる恐れもある。そのほか、指導主事を全教科でそろえられるかという効率性の視点も問われることになる。
■ 区一筋の教員
こうした中、「区一筋」の教職員を採用しているのが品川区。09年度以来、現在は計12人が英語や理科、体育などを担当し、区教委では独自の教科「市民科」を始めとする区の教育の推進役も期待している。
制度面では主任・主幹教諭への道筋を用意。校長、副校長にキャリアアップできるようにする予定。都が任免した教職員との間で、待遇に差が出ないように気を配る。
「区の教職員として、生徒の卒業後も身近にいて、成長を見守ったり生涯にわたって関わる役割も期待している」(指導課)。
ただ、都教委の定数外での配置になることから区の財政負担も軽くはない。全国どころか、特別区の中でも珍しい取り組みだ。
区市町村教委としては、地元の事情に精通した「我が町の先生」を育てたい考えはあるだろう。
とは言え、義務教育のナショナル・スタンダードを担保するための現行制度の下では、国が定数決定権を含めて財源を下ろさないのが実情だ。人事権を有する政令指定都市と給与負担する道府県の「ねじれ」も指摘されている。
大阪府教委の担当者は「教育水準に偏りが出ないことを前提で任命権を移譲している」と強調するが、教員の異動が難しくなるなどの課題は、豊中市教委の担当者も認めるところだ。
地方の県に匹敵する数十万人の人口を抱える特別区や中核市にとっては、一人前の基礎自治体として自前で教員人事権を持ちたい思いがあるかも知れない。しかし、都教委幹部が「今のままでは都道府県が中心にならざるを得ない」と指摘するように、国の制度が変わらぬままでは、ゆがみはかえって大きくなる。
<メモ> 県費負担教職員の人事
一定水準の教職員を確保して教育水準の維持・向上を図るため、都道府県が市町村職員である市町村立小・中学校の教員の給与を負担し、市町村を超えて人事配置を行う。
国は学級編成と都道府県ごとの教職員総数の標準を設定し、給与の3分の一を負担している。教職員は都道府県教委が市町村教委の内申を得た上で任免する。
なお、政令指定都市には人事権が、中核市には人事権のうち研修に関する実施義務のみが与えられている。
『都政新報』(2012/7/10)
■ 区の教壇に立つ都の教員 ねじれた人事権
区立の小中学校で教壇に立つのは、都教育委員会が採用し配置した先生だ。区教委の教職員として数年間、教壇に立つと、今度は別の区市町村に異動。それを繰り返して、教職員としてのキャリアを積んでいく。
所属は区市町村だが、人事権を持つのは都道府県。
このような現行制度の下、大阪府で新しい試みが始まった。
■ 我が町の先生
橋下徹府知事(当時)の考えにより、大阪府教委は今年4月、豊中市や箕面市など府内5市町に、教職員人事権を移譲。5市町が地方自治法に基づく協議会を作り、採用や任免を行う。
文部科学省は、一定水準の教職員を確保し、教育水準の維持・向上を図る「県費負担教職員制度」の趣旨を損なわない範囲で、市町村が事務処理を行えるという見解を表明。5市町は当面、府教委と合同で採用試験を実施する。
府教委との人事交流はあるが、各市町が任免した教職員は原則、その自治体にとどまり、「我が町の先生」を目指す。
しかし、教育行政に詳しい都幹部は、大阪の試みを冷ややかに見る。
「どこかにしわ寄せが来る。相当のロスが出るのでは」。
と言うのも、文科省は「教職員定数の決定」「学級編成基準の決定」「教職員の給与負担」は市町村に負わせられないという見解を示しており、「任命権」だけを切り離すいびつな形になっているからだ。教職員人事権について、都教委は「教職員の人事権の行使と給与の負担も区市町村が行うべき」としつつ、法改正を行った上で、給与負担と合わせてというスタンス。
採用・異動・昇任などで不均衡が生じないための広域調整の仕組みも必要であるとしている。
一方、区市町村が教職員人事を持つことは、「地域に根差した教職員を確保する」という意味合いが大きい。中央教育審議会も05年、区市町村に移譲する方向が適当であると答申している。
だが、実務的には難題が山積している。
具体的には、区部で優秀な教職員を採用できても、多摩地域や島しょとの間で指導力に格差が生じる懸念がある。都教委幹部は、「行政職のように一部事務組合の形を取るかも知れないが、多摩地域どころか、特別区の中でも成功例が一部になるのでは」。
都教委幹部はこう指摘する。管理職の不足や、美術・音楽のように元々教員数が少ない教科では異動の難しさに拍車がかかる恐れもある。そのほか、指導主事を全教科でそろえられるかという効率性の視点も問われることになる。
■ 区一筋の教員
こうした中、「区一筋」の教職員を採用しているのが品川区。09年度以来、現在は計12人が英語や理科、体育などを担当し、区教委では独自の教科「市民科」を始めとする区の教育の推進役も期待している。
制度面では主任・主幹教諭への道筋を用意。校長、副校長にキャリアアップできるようにする予定。都が任免した教職員との間で、待遇に差が出ないように気を配る。
「区の教職員として、生徒の卒業後も身近にいて、成長を見守ったり生涯にわたって関わる役割も期待している」(指導課)。
ただ、都教委の定数外での配置になることから区の財政負担も軽くはない。全国どころか、特別区の中でも珍しい取り組みだ。
区市町村教委としては、地元の事情に精通した「我が町の先生」を育てたい考えはあるだろう。
とは言え、義務教育のナショナル・スタンダードを担保するための現行制度の下では、国が定数決定権を含めて財源を下ろさないのが実情だ。人事権を有する政令指定都市と給与負担する道府県の「ねじれ」も指摘されている。
大阪府教委の担当者は「教育水準に偏りが出ないことを前提で任命権を移譲している」と強調するが、教員の異動が難しくなるなどの課題は、豊中市教委の担当者も認めるところだ。
地方の県に匹敵する数十万人の人口を抱える特別区や中核市にとっては、一人前の基礎自治体として自前で教員人事権を持ちたい思いがあるかも知れない。しかし、都教委幹部が「今のままでは都道府県が中心にならざるを得ない」と指摘するように、国の制度が変わらぬままでは、ゆがみはかえって大きくなる。
<メモ> 県費負担教職員の人事
一定水準の教職員を確保して教育水準の維持・向上を図るため、都道府県が市町村職員である市町村立小・中学校の教員の給与を負担し、市町村を超えて人事配置を行う。
国は学級編成と都道府県ごとの教職員総数の標準を設定し、給与の3分の一を負担している。教職員は都道府県教委が市町村教委の内申を得た上で任免する。
なお、政令指定都市には人事権が、中核市には人事権のうち研修に関する実施義務のみが与えられている。
『都政新報』(2012/7/10)
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