パワー・トゥ・ザ・ピープル!!アーカイブ

東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

★ 「ヘイト・スピーチ解消法」を生かした有意義な判例

2023年11月29日 | 人権

  《月刊救援から》
 ★ ハゲタカネットヘイト訴訟
  排除型ヘイトスピーチ認定

前田朗(東京造形大学)

 ★ 損害賠償命令

 一〇月一二日、横浜地裁川崎支部は川崎市在住の在日三世・崔江以子(原告)に対し「日本に仇なす敵国人、さっさと祖国へ帰れ」「差別の当たり屋」「被害者ビジネス」などと誹諦中傷を繰り返した男性に対し、

第一に、不当な差別的言動として慰謝料一〇〇万円
第二に、名誉感情を毀損する発言として慰謝料七〇万円
など合計一九四万円の支払いを命じる判決を言い渡した(朝日新聞一〇月一二日、神奈川新聞一○月一二日など)。

 被告男性はネット上で「ハゲタカ鷲津政彦」というアカウント名で「ハゲタカ鷲津政彦のブログ『愛する日本国を取り戻す!!』を開設し、一六年六月一四日、「川崎デモ崔江以子、お前何様のつもりだ!」とのタイトルの記事を投稿し、「日本に仇なす敵国人、さっさと祖国へ帰れ」と記載した。
 同年九月、原告は法務局に同記事削除を求める人権侵犯被害申告をした。
 これを受けて法務局ハゲタカブログを民法七〇九条の不法行為に該当する違法な人権侵犯と認定し、管理者に削除要請。管理者は即日削除した。

 同年一〇月以後、逆恨みした被告はプログ、ツイッター等で「差別の当たり屋」などの誹諦中傷を続けた。
 二一年一一月一八日、原告は横浜地裁川崎支部に民事損害賠償訴訟を提訴。一年半にわたって七回の期日を経て判決に至った。
 判決は第一に「日本に仇なす敵国人、さっさと祖国へ帰れ」投稿について、ヘイト・スピーチ解消法二条にいう「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」に該当すると認めた。判決は

「憲法第一三条に由来する人格権、すなわち本邦外出身者であることを理由として地域社会から排除され、また出身国等の属性に関する名誉感情等個人の尊厳を害されることなく、住居において平穏に生活する権利は、本邦外出身者について、日本国民と同様に享受されるべきものである。そうすると、本件記述一の記載は、本邦外出身者である原告について、地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動であるから、住居において平穏に生活する権利等の人格権に対する違法な権利侵害」

 にあたるとした。
 「祖国へ帰れ」という言説は長年にわたって在日朝鮮人に投げつけられてきた典型的な差別発言である。この発言をヘイト・スピーチ(違法な差別的言動)と認定し、高額な慰謝料を命じたことは実に有意義な判決と言える。
 第二に判決は「差別の当たり屋」「被害者ビジネス」等の表現は原告の名誉感情を大きく侵害したとして慰謝料支払いを命じた。

 

 ★ 判決の意義

 判決の意義として、第一に被告の言動がヘイト・スピーチ解消法の違法な差別的言動に該当することを認定したことである。その解釈にあたっては法務省の解釈例や学説を踏まえて、適切に判断したと言えよう。
 第二に判決は、ヘイト・スピーチに該当すれば人格権侵害として違法であるとして、損害賠償を算定した。ヘイト・スピーチ解消法は「理念法」にとどまるとされてきたが、こうした解釈によって訴訟において活用できることを示した。

 法務省はヘイト・スピーチを三つの類型に整理した(法務省ウェブサイト)。

(1) 特定の民族や国籍の人々を、合理的な理由なく、一律に排除・排斥することをあおり立てるもの(「○○人は出て行け」、「祖国へ帰れ」など)
(2) 特定の民族や国籍に属する人々に対して危害を加えるとするもの(「00人は殺せ」、「○○人は海に投げ込め」など)
(3) 特定の国や地域の出身であるひとを、著しく見下すような内容のもの(特定の国の出身者を、差別的な意味合いで昆虫や動物に例えるものなど)

 以上のうち(2) には脅迫罪、(3) には名誉毀損罪・侮辱罪が対応すると言えるが、(1) の排除・排斥型については現行刑法に対応する規定がない。このため従来、排除・排斥型が不法行為の類型に挙げられてこなかった面がある。
 判決は「帰れ」表現が「差別的言動」に当たる場合があることを明確に認め、その上で不法行為に当たるとした。差別によって社会から排除されない権利(差別されない権利)確立への一歩である。
 差別されない権利を認めた全国部落調査出版訴訟東京高裁判決と接合して今後につなげていくことができる。

 マジョリティからマイノリティに向けられたヘイト・スピーチはマイノリティの人格権を侵害するだけでなく、マイノリティの表現の自由も制約する。委縮効果より被害者が沈黙を余儀なくされる。反論すれば、もっと酷い差別の対象にされてしまうからだ。表現の自由を守るためにヘイトを抑止しなければならない。長期に及ぶ反差別訴訟を見事に闘いぬいた原告と弁護団に敬意を表したい。

 なお一〇月四日、東京高裁は、石橋記者名誉殿損訴訟控訴審で、被告とされた石橋学記者(神奈川新聞)の全面勝訴判決を言い渡した。
 一審で勝訴した新聞記事に加えて、一審で敗訴した取材現場での発言についても名誉毀損は成立しないとして、石橋記者の逆転勝訴となった(前田朗「反差別言論の正当性と当然性」月刊社会民主一一月号、同「ヘイト批判は名誉毀損ではない」マスコミ市民一一月号参照)。

『月刊救援 655号』(2023年11月10日)

 


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