〔レイバーネット日本:週刊 本の発見 第323回〕
☆ 『福田村事件―関東大震災・知られざる悲劇』
(辻野弥生、五月書房新社、2023年7月刊、2000円)評者:志真秀弘
☆ 市民の行動こそ真実を明らかにする
本欄の読者には、映画『福田村事件』(9月公開、森達也監督)をみた人も多いと思う。私もそのひとりだ。みた後この本を知った。一読して著者辻野の行動力と綿密な調査に圧倒された。
本書は、10年前に崙(ろん)書房出版から刊行されていたが、今回大幅に改訂され、崙書房休業のため、版元も変わって出版された。
1923年、100年前の9月1日マグニチュード7.9の大地震が関東一円を襲った。事件は、その5日後、9月6日の出来事である。
千葉県東葛飾郡福田村(現在の千葉県野田市)で、香川県からの薬の行商団15名が、村内の香取神社の境内で休んでいたところ、村の自警団が「朝鮮人だ!」と叫んで襲撃、鳶口や棍棒で妊婦や幼児を含む9人を殺害した。村の駐在、そして連絡で駆けつけた野田署の警察部長とが「この人たちは日本人だから」と止めに入り、かろうじて6人が生き残った。
本書によると当時村では加害者を庇う動きも多かった。被害者が未解放部落の人たちであったことも影響して、後の加害者への追及も弱かった。
被疑者8人はこの年のうちに裁判にかけられ、翌年9月には結審・収監された。朝鮮人虐殺事件の大半は裁判にかけられなかった。
福田村事件の被害者は日本人であり、それが裁判になった理由だろう。ただ2年5ヶ月後の大正天皇死去による恩赦で全員無罪放免となる。
事件の全容が明らかになったのは、50年以上たってからの、市民の自主的な活動によるものだった。
1978年「千葉県における関東大震災と朝鮮人犠牲者追悼・調査実行委員会」が公務員、会社員、教員、宗教者、学生そして在日朝鮮人など38人によって結成された。香川県歴史教育者協議会の石井雍大さんとの連携もとれ、両者の共同によって、初めて調査は進んだ。
著者は、流山市立博物館友の会に属している。その発行する『東葛流山研究』に、地域で起きたこの事件を取り上げるように、ある人に請われる。
「地元の人間はとてもかけないから」という理由だった。1999年のことだった。
著者はこのとき初めて福田村事件に出会う。事件の現場に赴き、あるいは千葉県立中央図書館で震災当時の新聞のマイクロフィルムを繰って事件に関連する記事を探す。本書には、近隣住民の証言、さらに石井雍大さんによる生き残った被害者への聞き書きもある。
なお本書には、森達也監督「『A』『A2』から『福田村事件』へ」の特別寄稿も収録されている。
今年になって、関東大震災当時の虐殺事件に関する労作が何冊か出版された。この『福田村事件―関東大震災・知られざる悲劇』もその一冊。
これ以外にも『それは丘の上から始まったー1923年横浜の朝鮮人・中国人虐殺』(後藤周著、加藤直樹編、ころから刊)、埼玉県の事例を中心にした『関東大震災―朝鮮人虐殺の真相』(関原正裕著、新日本出版社刊)などがある。
これまでも数えきれない多くの仕事がこの分野でなされている。最近の「記録がない」との官房長官発言には呆れる以外にないが、私たちは、どこまでも粘り強く、下から真実を明らかにするのみだ。
『レイバーネット日本』(2023/11/16)
http://www.labornetjp.org/news/2023/hon323
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