▼ デフレ脱却にはまず賃上げを!
~安倍政権の景気対策は“アベコベミクス”である
「円安とデフレ脱却」を掲げる安倍政権の経済対策が試されている。春闘が始まったが、「デフレ脱却にはまず賃上げが必要だ」と筆者は言う。株価に一喜一憂するようなアベノミクスは"アベコベミクス"なのだという。
▼ 財界は、刈り取るだけ刈り取って、種を植えていない
デフレ不況と言われるようになって久しい。資本主義経済のもとでは、経済成長していれば当然、物価が上がる。しかし日本では物価が下がっている。それが、日本経済がなかなか浮揚しない理由だとされている。安倍内閣でも、日銀に大胆な金融緩和を要請するなど「デフレの解消」を経済政策の最優先に掲げている。
民主党政権下では活動停止していた経済財政諮問会議(議長・安倍晋三首相、一〇人)が再開(一月九日に初会合)されたが、この会議でも安倍首相は冒頭のあいさつで「デフレ脱却に向けて二%の物価目標を日銀に求める」と発言している。
二月五日に行なわれた第四回会議でも「雇用と所得増大」とともに「デフレ脱却に向けた取り組み」が議題に上がった。
しかし、安倍内閣のデフレ脱却政策には大きな欠陥がある。それは、彼らは「物価が上がれば、デフレが解消し経済がよくなる」という発想を持っているからだ。
▼ まず賃金が下がり物価が下落した
これは、現在の日本のデフレを大きくはき違えていると言える。彼らはデフレの要因をしっかり検討したうえで、デフレ対策をしているわけではないのだ。
デフレに関するニュース解説などでは、「デフレになると経済が収縮するので賃金が下がる」というようなことがよく言われる。会社員の賃金が下がるのも、そのせいだと言われている。
しかしちゃんとデータを見れば、それはまったく間違っていることがわかる。
〈表〉のように会社員(勤労者)の平均賃金は一九九七年をピークに下がり始めている。しかし物価が下がり始めたのは九八年である。
つまり賃金の方が早く下がり始めたのだ。これを見ると、デフレになったから賃金が下がったという解釈は、明らかに無理がある。
現在の日本のデフレの最大の要因は、賃金の低下と捉えるのが自然であろう。賃金が下がったので消費が冷え、その結果物価が下がったというのが、ごく当然の解釈になるはずだ。
バブル崩壊以降、財界は「国際競争力のため」という錦の御旗を掲げ、賃金の切り下げやリストラを続けてきた。また正規雇用を減らし、収入の不安定な非正規雇用を激増させた。その結果、消費の低下を招き、デフレを引き起こしたのだ。
となれば、デフレを克服する方法は、簡単である。賃金を上げればいいだけの話である。
近年の経済施策者たちは「デフレが解消されれば、賃金が上がる」と思い込み、「まず第一に経済成長を」と考えてきた。
今回の安倍内閣もどうやらそれを踏襲しそうである。麻生太郎財務・金融相も「デフレが解消され景気が回復すれば、賃金も上がる」ということをテレビなどで繰り返し述べている。
しかしそれは順序が逆なのだ。賃金が上がれば自然とデフレは解消されるのである。逆に言えば、いくら好景気になっても、会社員の賃金が上がらなければ、なかなかデフレは解消しないのだ。そんな好景気ならば、国民生活はまったく潤わない。それはわれわれが二〇〇〇年代に入って痛いほど経験したことではないか。
▼ 好景気下でもデフレ解消されず
もうすっかり忘れ去られているが、二〇〇二年二月から二〇〇八年二月までの七三カ月間、日本は史上最長の景気拡大期間(好景気)を記録している。この間に、日本の企業は史上最高収益も記録した。
しかし、この六年間、物価は下がり続けた(注)。
これを見た時、「好景気になればデフレは解消される」というのは、まったくの誤りだということがわかる。
しかもこの期間は好景気であるにもかかわらず、会社員の平均年収は下げ続けられていた。つまり、われわれは「好景気になれば賃金が上がるから」と言われ、ひたすら賃金カットやリストラに耐え、史上最長の好景気を迎えたにもかかわらず、デフレは解消されずに、賃金も下がりっぱなしだったのだ。
企業は儲かった金を何に使っていたかというと、配当と内部留保である。企業の配当は、バブル絶頂期(一九九〇年ごろ)と比べて現在は倍以上に激増している。
また二〇〇二年には一九〇兆円だった日本企業の利益剰余金(利益から税金を引いた残額)は、二〇〇八年には二八○兆円に膨らんでいる。その後も増え続け、今では三〇〇兆円近くに達している(財務省企業統計調査より)。
しかもこの利益剰余金は、その多くが投資に回されずに、企業に現金・預金として貯め込まれているのである。企業は儲かったお金を株主に配当したり、内部に取りこむばかりで、従業員に還元していない。
従業員にお金が回らなければ、消費は冷え込む。消費が冷え込めば、モノの値段は下がり、デフレになる。当たり前と言えば、当たり前の話である。
つまり、どう考えてもデフレの要因は、「会社員の賃金カット」だとしか言えないはずだ。これらのデータを見て、他にどういう解釈ができるのか、ぜひ竹中平蔵氏の見解を聞いてみたい。
また企業が、従業員の賃金をカットするということは、自らの首を絞めていることでもある。財界は、刈り取るだけ刈り取って、種を植えていないということなのである。
企業にとって従業員というのは、顧客でもあるわけだ。彼らの消費力が減るということは、国全体で見れば企業は顧客を失っていくに等しい。だから企業にとって、従業員の賃下げというのは、遠回しに自分に打撃を与えているのである。
▼ 生活保護引き下げも大きなはき違え
会社員の購買力が落ち国内市場が縮小したため、日本企業は無理をしてでも海外市場に多くを求めざるを得ない。国内という漁場で水揚げが減ったために、海外という波の荒い漁場に向かわざるを得なくなったわけだ。
これまで海外で一だけ売ればよかった企業が、二、三も売らなければならない。そうなると企業は無理な商売をせざるを得ない。その無理がたたって海外市場で負け始めているのである。つまり賃下げが、回り回って企業の国際競争力をも損なわせ始めているのである。
また安倍内閣では、生活保護支給額が一部の低所得者層の収入を上回っているという理由で生活保護費の引き下げを検討しているが、これも愚の骨頂である。
今の日本経済において、低所得者層の収入が生活保護基準以下に下がったのが最大の問題なのである。それをはき違えて、逆に生活保護費を引き下げるなどすれば、もっと内需は縮小し、経済は収縮してしまうのだ。
繰り返し言うが、今、日本経済がもっともしなくてはならないことは、賃上げである。日本企業には十分に貯め込んだお金があるのだ。それを使わないから、日本経済はどんどん悪くなっていっているのだ。
(注)この六年間、物価は下がり続けた。二〇〇八年は前年より若干物価が上がったが、原油の歴史的な高騰が要因だと思われる。しかも○八年後半はリーマン・ショックが起き、好景気は終わっていたのだ。つまり好景気が終わってから、物価が上がったということである。庶民にとっては踏んだり蹴ったりだ。
たけだともひろ・経済ジャーナリスト。
著書に『税金は金持ちから取れ富裕税を導入すれば、消費税はいらない』(金曜日刊)など。
『週刊金曜日』2013.2.15(931号)
~安倍政権の景気対策は“アベコベミクス”である
武田知弘(経済ジャーナリスト)
「円安とデフレ脱却」を掲げる安倍政権の経済対策が試されている。春闘が始まったが、「デフレ脱却にはまず賃上げが必要だ」と筆者は言う。株価に一喜一憂するようなアベノミクスは"アベコベミクス"なのだという。
▼ 財界は、刈り取るだけ刈り取って、種を植えていない
デフレ不況と言われるようになって久しい。資本主義経済のもとでは、経済成長していれば当然、物価が上がる。しかし日本では物価が下がっている。それが、日本経済がなかなか浮揚しない理由だとされている。安倍内閣でも、日銀に大胆な金融緩和を要請するなど「デフレの解消」を経済政策の最優先に掲げている。
民主党政権下では活動停止していた経済財政諮問会議(議長・安倍晋三首相、一〇人)が再開(一月九日に初会合)されたが、この会議でも安倍首相は冒頭のあいさつで「デフレ脱却に向けて二%の物価目標を日銀に求める」と発言している。
二月五日に行なわれた第四回会議でも「雇用と所得増大」とともに「デフレ脱却に向けた取り組み」が議題に上がった。
しかし、安倍内閣のデフレ脱却政策には大きな欠陥がある。それは、彼らは「物価が上がれば、デフレが解消し経済がよくなる」という発想を持っているからだ。
▼ まず賃金が下がり物価が下落した
これは、現在の日本のデフレを大きくはき違えていると言える。彼らはデフレの要因をしっかり検討したうえで、デフレ対策をしているわけではないのだ。
デフレに関するニュース解説などでは、「デフレになると経済が収縮するので賃金が下がる」というようなことがよく言われる。会社員の賃金が下がるのも、そのせいだと言われている。
しかしちゃんとデータを見れば、それはまったく間違っていることがわかる。
〈表〉のように会社員(勤労者)の平均賃金は一九九七年をピークに下がり始めている。しかし物価が下がり始めたのは九八年である。
つまり賃金の方が早く下がり始めたのだ。これを見ると、デフレになったから賃金が下がったという解釈は、明らかに無理がある。
現在の日本のデフレの最大の要因は、賃金の低下と捉えるのが自然であろう。賃金が下がったので消費が冷え、その結果物価が下がったというのが、ごく当然の解釈になるはずだ。
バブル崩壊以降、財界は「国際競争力のため」という錦の御旗を掲げ、賃金の切り下げやリストラを続けてきた。また正規雇用を減らし、収入の不安定な非正規雇用を激増させた。その結果、消費の低下を招き、デフレを引き起こしたのだ。
となれば、デフレを克服する方法は、簡単である。賃金を上げればいいだけの話である。
近年の経済施策者たちは「デフレが解消されれば、賃金が上がる」と思い込み、「まず第一に経済成長を」と考えてきた。
今回の安倍内閣もどうやらそれを踏襲しそうである。麻生太郎財務・金融相も「デフレが解消され景気が回復すれば、賃金も上がる」ということをテレビなどで繰り返し述べている。
しかしそれは順序が逆なのだ。賃金が上がれば自然とデフレは解消されるのである。逆に言えば、いくら好景気になっても、会社員の賃金が上がらなければ、なかなかデフレは解消しないのだ。そんな好景気ならば、国民生活はまったく潤わない。それはわれわれが二〇〇〇年代に入って痛いほど経験したことではないか。
▼ 好景気下でもデフレ解消されず
もうすっかり忘れ去られているが、二〇〇二年二月から二〇〇八年二月までの七三カ月間、日本は史上最長の景気拡大期間(好景気)を記録している。この間に、日本の企業は史上最高収益も記録した。
しかし、この六年間、物価は下がり続けた(注)。
これを見た時、「好景気になればデフレは解消される」というのは、まったくの誤りだということがわかる。
しかもこの期間は好景気であるにもかかわらず、会社員の平均年収は下げ続けられていた。つまり、われわれは「好景気になれば賃金が上がるから」と言われ、ひたすら賃金カットやリストラに耐え、史上最長の好景気を迎えたにもかかわらず、デフレは解消されずに、賃金も下がりっぱなしだったのだ。
企業は儲かった金を何に使っていたかというと、配当と内部留保である。企業の配当は、バブル絶頂期(一九九〇年ごろ)と比べて現在は倍以上に激増している。
また二〇〇二年には一九〇兆円だった日本企業の利益剰余金(利益から税金を引いた残額)は、二〇〇八年には二八○兆円に膨らんでいる。その後も増え続け、今では三〇〇兆円近くに達している(財務省企業統計調査より)。
しかもこの利益剰余金は、その多くが投資に回されずに、企業に現金・預金として貯め込まれているのである。企業は儲かったお金を株主に配当したり、内部に取りこむばかりで、従業員に還元していない。
従業員にお金が回らなければ、消費は冷え込む。消費が冷え込めば、モノの値段は下がり、デフレになる。当たり前と言えば、当たり前の話である。
つまり、どう考えてもデフレの要因は、「会社員の賃金カット」だとしか言えないはずだ。これらのデータを見て、他にどういう解釈ができるのか、ぜひ竹中平蔵氏の見解を聞いてみたい。
また企業が、従業員の賃金をカットするということは、自らの首を絞めていることでもある。財界は、刈り取るだけ刈り取って、種を植えていないということなのである。
企業にとって従業員というのは、顧客でもあるわけだ。彼らの消費力が減るということは、国全体で見れば企業は顧客を失っていくに等しい。だから企業にとって、従業員の賃下げというのは、遠回しに自分に打撃を与えているのである。
▼ 生活保護引き下げも大きなはき違え
会社員の購買力が落ち国内市場が縮小したため、日本企業は無理をしてでも海外市場に多くを求めざるを得ない。国内という漁場で水揚げが減ったために、海外という波の荒い漁場に向かわざるを得なくなったわけだ。
これまで海外で一だけ売ればよかった企業が、二、三も売らなければならない。そうなると企業は無理な商売をせざるを得ない。その無理がたたって海外市場で負け始めているのである。つまり賃下げが、回り回って企業の国際競争力をも損なわせ始めているのである。
また安倍内閣では、生活保護支給額が一部の低所得者層の収入を上回っているという理由で生活保護費の引き下げを検討しているが、これも愚の骨頂である。
今の日本経済において、低所得者層の収入が生活保護基準以下に下がったのが最大の問題なのである。それをはき違えて、逆に生活保護費を引き下げるなどすれば、もっと内需は縮小し、経済は収縮してしまうのだ。
繰り返し言うが、今、日本経済がもっともしなくてはならないことは、賃上げである。日本企業には十分に貯め込んだお金があるのだ。それを使わないから、日本経済はどんどん悪くなっていっているのだ。
(注)この六年間、物価は下がり続けた。二〇〇八年は前年より若干物価が上がったが、原油の歴史的な高騰が要因だと思われる。しかも○八年後半はリーマン・ショックが起き、好景気は終わっていたのだ。つまり好景気が終わってから、物価が上がったということである。庶民にとっては踏んだり蹴ったりだ。
たけだともひろ・経済ジャーナリスト。
著書に『税金は金持ちから取れ富裕税を導入すれば、消費税はいらない』(金曜日刊)など。
『週刊金曜日』2013.2.15(931号)
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