◆ 改正児童虐待防止法で本当に虐待は減るのか? (ハーバー・ビジネス・オンライン)
30年間で約130倍に増えている児童虐待相談件数
◆ 法改正が遅すぎたのではないか
親による体罰禁止を明記した改正児童虐待防止法と改正児童福祉法が6月19日、可決、成立した。今回の改正で、親や児童福祉施設の施設長らがしつけの一環で子どもに体罰を加えることは禁止された。しかし、罰則規定はなく、虐待の防止にどのくらい効果があるのか、かなり疑問だ。
◆ スピード可決は選挙対策?
今回の改正では、体罰が禁止されただけでなく、体罰の根拠となる民法の「懲戒権」を見直すことも盛り込まれた。
これらの報道を受け、ネットには改正を歓迎する声も上がっている。だが、筆者はまず立法の突然さにとまどいを覚えた。
今年1月、子どもの権利条約を批准している日本の官僚がユニセフで改善報告を行った。
その際、他国から「日本は子どもに対してやさしい社会ではない。日本には子どもの権利を包括的かつ総合的に取り扱うシステムがない。日本では虐待ではない体罰を禁じていないが、暴力を使う形での養育をやめて、体罰の全面禁止にしないのか。いつまで待てば変わるのか」など懸念の声が上がった。
(※ 鋭い指摘に官僚がたじたじになっているようすは、国連のビデオで日本語の同時通訳音声付きで見られる)
この1月には野田市の小4女児が親による身体的虐待で殺され、6月には札幌の2歳女児が同様に殺された。2018年には東京・目黒の5歳女児の虐待死が話題になった。
こうした経緯をふまえ、政府が野党側の対案の一部を取り入れて修正し、法案は5月末に衆議院を通過。6月19日の参議院本会議で全会一致で可決したが、議論に時間をかけないこのスピード可決にも違和感を覚える。
公明新聞2019年6月20日付によると、「公明党の主張した内容を反映」と報じられているので、副総理兼財務相・麻生太郎などの自民党の政治家たちの失言による政府への不信感を少しでも払しょくし、選挙への影響を回避するために、自民党が公明党に花を持たせてやった格好だ。
◆ 児童福祉司を3年半で2000人も増やせるのか
そう勘繰ってしまうのは、改正の内容があまりに貧相で、「子どもの命を守ることを最優先にあらゆる手段を尽くし、児童虐待根絶に向け総力を挙げる」という安倍晋三・首相の発言とはほど遠く、虐待防止にとって説得力を欠くものだからだ。
体罰の範囲については、厚生労働省が今後指針で定めるそうなので、どこまでを体罰とするかは定かではない。
2022年度までに児童福祉司を2000人も新たに増やすそうだが、たった3年半でそんな大規模な人材や予算の確保が本当にできるのか。
しかも、今回の体罰禁止には罰則規定がなかった。これは、国連子どもの権利委員会が親を訴追することは子どもの利益にならないと考えていることが背景にあるのかもしれない。しかし、「有権者である親を敵に回したくない」という政治的思惑によるところが大きいだろう。
◆ 最も多い心理的虐待への対策は?
子どもを親から独立した責任者として人権を認める欧米の社会と、自分の子には平気で手を上げてしまうほど親子を主従関係にしてきた日本社会では、子育て文化が異なる。
主従関係があるのは、親子の間だけではない。一時保護所や児童養護施設の基本姿勢は、「保護してやるから黙って従え」「意見は尊重してやるから子どもの権利なんてことは言いだすな」というものだ。
これは、政治家自体が子どもの権利にピンとこないまま、法整備において世界から50年ほど遅れをとっていることを恥じていない証拠だ。
大人と比べれば体も圧倒的に小さく、親の庇護の下でしか生きられない10歳以下の子どもが虐待の主な被害者である以上、体罰は大人が力任せに支配する極めて卑劣な行為だ。
親に刑務所に入ってもらわなければ、子どもは「どこの家でもこれがふつう」と思って耐え続け、やがて虐待はエスカレートし、殺されてしまいかねない。
親の逮捕で働き手を失って「子どもの利益にならない」なら、それこそ特別子ども手当として生活費や進学費を支給する制度を作ったり、子どもが無償でカウンセリングや医療を受けられる権利を提供すればいいだけだ。
いずれにせよ、日本では1990年の初調査からずっと虐待相談件数が増え続け、30年間で約130倍に増えている。
この間、体罰禁止を法律に盛り込んでこなかったのは遅きに失する。
せめて10年前に罰則規定のある体罰禁止が法制化されていたら、殺されずに済んだ子どももいたはずだ。小さな子どもが何人親に殺されたら、まともな改正を行うのだろう。
◆ 心理的虐待への対策も練るべきだ
もちろん、厳罰化で虐待抑止の効果があるかは、わからない。体罰が禁止されたら、大声で怒鳴ったり、にらみつけて威嚇したり、ものを破壊しては子どもを怖がらせるなど、恐怖と不安で支配する心理的虐待を平気で行うのが、体罰をためらわない親にはありがちなことだ。
そして、今日の虐待では、4タイプのうち、心理的虐待が一番多い。
これは、2004年に児童虐待防止法の改正によって父母間の暴力を子どもが見たら「面前DV」として心理的虐待にあったとみなすことを明記し、警察もこの改正を受け、面前DV案件として児相に通告することになったからだ。
心理的虐待は自尊心を殺し、子どもの成長と共に精神病や自殺企図、自己評価の低さなどの生きずらさをしみこませ、子どもが一生苦しむことになる。
本来は、数の最も多い心理的虐待の解決にも踏み込むべきだったのではないか。
日本小児科学会は2016年、虐待で死亡した可能性のある15歳未満の子供が全国で年間約350人に上るとの推計を発表したが、これは厚労省の集計の3~5倍に上る。
厚労省の発表できる数字は、氷山の一角でしかない。児相に保護されても、児童養護施設に移送されれば、学費不足で大学進学をあきらめてしまう子もいる。
政治家には、本当に切実な課題にメスを入れることに予算を割き、不都合な現実に向き合ってほしい。子どもは有権者ではないからこそ政治的な不遇にあっているし、子どもの人権は政治家の利益のために利用されては困るのだから。
筆者は、子どもの前で「今回の改正は一歩前進」などとは、とても言えない。
<文/今一生>
今一生
『ハーバー・ビジネス・オンライン』(2019.06.21)
https://hbol.jp/195150?cx_clicks_art_mdl=5_title
30年間で約130倍に増えている児童虐待相談件数
◆ 法改正が遅すぎたのではないか
親による体罰禁止を明記した改正児童虐待防止法と改正児童福祉法が6月19日、可決、成立した。今回の改正で、親や児童福祉施設の施設長らがしつけの一環で子どもに体罰を加えることは禁止された。しかし、罰則規定はなく、虐待の防止にどのくらい効果があるのか、かなり疑問だ。
◆ スピード可決は選挙対策?
今回の改正では、体罰が禁止されただけでなく、体罰の根拠となる民法の「懲戒権」を見直すことも盛り込まれた。
これらの報道を受け、ネットには改正を歓迎する声も上がっている。だが、筆者はまず立法の突然さにとまどいを覚えた。
今年1月、子どもの権利条約を批准している日本の官僚がユニセフで改善報告を行った。
その際、他国から「日本は子どもに対してやさしい社会ではない。日本には子どもの権利を包括的かつ総合的に取り扱うシステムがない。日本では虐待ではない体罰を禁じていないが、暴力を使う形での養育をやめて、体罰の全面禁止にしないのか。いつまで待てば変わるのか」など懸念の声が上がった。
(※ 鋭い指摘に官僚がたじたじになっているようすは、国連のビデオで日本語の同時通訳音声付きで見られる)
この1月には野田市の小4女児が親による身体的虐待で殺され、6月には札幌の2歳女児が同様に殺された。2018年には東京・目黒の5歳女児の虐待死が話題になった。
こうした経緯をふまえ、政府が野党側の対案の一部を取り入れて修正し、法案は5月末に衆議院を通過。6月19日の参議院本会議で全会一致で可決したが、議論に時間をかけないこのスピード可決にも違和感を覚える。
公明新聞2019年6月20日付によると、「公明党の主張した内容を反映」と報じられているので、副総理兼財務相・麻生太郎などの自民党の政治家たちの失言による政府への不信感を少しでも払しょくし、選挙への影響を回避するために、自民党が公明党に花を持たせてやった格好だ。
◆ 児童福祉司を3年半で2000人も増やせるのか
そう勘繰ってしまうのは、改正の内容があまりに貧相で、「子どもの命を守ることを最優先にあらゆる手段を尽くし、児童虐待根絶に向け総力を挙げる」という安倍晋三・首相の発言とはほど遠く、虐待防止にとって説得力を欠くものだからだ。
体罰の範囲については、厚生労働省が今後指針で定めるそうなので、どこまでを体罰とするかは定かではない。
2022年度までに児童福祉司を2000人も新たに増やすそうだが、たった3年半でそんな大規模な人材や予算の確保が本当にできるのか。
しかも、今回の体罰禁止には罰則規定がなかった。これは、国連子どもの権利委員会が親を訴追することは子どもの利益にならないと考えていることが背景にあるのかもしれない。しかし、「有権者である親を敵に回したくない」という政治的思惑によるところが大きいだろう。
◆ 最も多い心理的虐待への対策は?
子どもを親から独立した責任者として人権を認める欧米の社会と、自分の子には平気で手を上げてしまうほど親子を主従関係にしてきた日本社会では、子育て文化が異なる。
主従関係があるのは、親子の間だけではない。一時保護所や児童養護施設の基本姿勢は、「保護してやるから黙って従え」「意見は尊重してやるから子どもの権利なんてことは言いだすな」というものだ。
これは、政治家自体が子どもの権利にピンとこないまま、法整備において世界から50年ほど遅れをとっていることを恥じていない証拠だ。
大人と比べれば体も圧倒的に小さく、親の庇護の下でしか生きられない10歳以下の子どもが虐待の主な被害者である以上、体罰は大人が力任せに支配する極めて卑劣な行為だ。
親に刑務所に入ってもらわなければ、子どもは「どこの家でもこれがふつう」と思って耐え続け、やがて虐待はエスカレートし、殺されてしまいかねない。
親の逮捕で働き手を失って「子どもの利益にならない」なら、それこそ特別子ども手当として生活費や進学費を支給する制度を作ったり、子どもが無償でカウンセリングや医療を受けられる権利を提供すればいいだけだ。
いずれにせよ、日本では1990年の初調査からずっと虐待相談件数が増え続け、30年間で約130倍に増えている。
この間、体罰禁止を法律に盛り込んでこなかったのは遅きに失する。
せめて10年前に罰則規定のある体罰禁止が法制化されていたら、殺されずに済んだ子どももいたはずだ。小さな子どもが何人親に殺されたら、まともな改正を行うのだろう。
◆ 心理的虐待への対策も練るべきだ
もちろん、厳罰化で虐待抑止の効果があるかは、わからない。体罰が禁止されたら、大声で怒鳴ったり、にらみつけて威嚇したり、ものを破壊しては子どもを怖がらせるなど、恐怖と不安で支配する心理的虐待を平気で行うのが、体罰をためらわない親にはありがちなことだ。
そして、今日の虐待では、4タイプのうち、心理的虐待が一番多い。
これは、2004年に児童虐待防止法の改正によって父母間の暴力を子どもが見たら「面前DV」として心理的虐待にあったとみなすことを明記し、警察もこの改正を受け、面前DV案件として児相に通告することになったからだ。
心理的虐待は自尊心を殺し、子どもの成長と共に精神病や自殺企図、自己評価の低さなどの生きずらさをしみこませ、子どもが一生苦しむことになる。
本来は、数の最も多い心理的虐待の解決にも踏み込むべきだったのではないか。
日本小児科学会は2016年、虐待で死亡した可能性のある15歳未満の子供が全国で年間約350人に上るとの推計を発表したが、これは厚労省の集計の3~5倍に上る。
厚労省の発表できる数字は、氷山の一角でしかない。児相に保護されても、児童養護施設に移送されれば、学費不足で大学進学をあきらめてしまう子もいる。
政治家には、本当に切実な課題にメスを入れることに予算を割き、不都合な現実に向き合ってほしい。子どもは有権者ではないからこそ政治的な不遇にあっているし、子どもの人権は政治家の利益のために利用されては困るのだから。
筆者は、子どもの前で「今回の改正は一歩前進」などとは、とても言えない。
<文/今一生>
今一生
『ハーバー・ビジネス・オンライン』(2019.06.21)
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