【連載】労働弁護士事件簿⑪ (『労働情報』)
◆ 残業代裁判と雇い止め裁判が同時進行
1 事件の概要
今回ご紹介する事件は、国内最大手のタクシー会社のグループ会社(以下K社)内で起こっている労働事件です。
この会社には複数の労働組合があり、少数組合であるA組合の組合員14名が2012年、K社に対して残業代請求裁判を提訴し、2015年1月、請求(一部)認容判決を得ました。
この判決を受けて、同じく少数組合であるB組合の組合員58名が、2016年1月、残業代請求裁判を提訴しました。
ところで、K社は、B組合の組合員で残業代請求裁判の原告となっている者の一部に対して雇止めする、という「報復」行為をしてきたのです。
2 残業代裁判
K社では、タクシー乗務員に対する給与として、ざっくりと、
①乗務回数に応じる固定給、
②タクシー乗務員の売上に応じる歩合給、
さらには③残業代等の各種割増金を支給していました
(給与全額≒①+②+③)。
しかし、K社の賃金規則上、②は、売上からノルマ額を控除した金額に歩率を乗じた数値(仮に「X」とします)から残業代等の各種割増金と同額を控除するという方法で算出されていたのです。
これを数式で「②=X-③」と表現すれば、
「給与全額≒①+②+③=①+(X-③)+③=①+X」
となってしまう、換言すれば、各種割増金が実質的には全く支払われない(と言えそうな)給与体系になっていたのです。
2015年1月、東京地裁は、「②=X-③」のうち「-③」の部分が公序良俗に反して無効(民法90条)であると判断し、K社に対し控除されていた③部分の支払いを命じ、東京高裁でもこの結論が維持されました。
もっとも、2017年2月、最高裁は、残業代等の各種割増金の支払いの根拠となる労働基準法37条の解釈を示し、各種割増金の支払いがあったといえるかどうかの判断基準として、
①「通常の労働時間の賃金」と「割増賃金」とを判別することができるか、
②判別できるとして、既払いの割増賃金は労基法37条で定める基準を下回らないか、の二つを示し、
この判断基準に対するお互いの主張立証を尽くすべき、として、審理を東京高裁に差し戻しました。
東京高裁での審理は終結し、本年2月に判決が出される予定です。
さて、直感的には「残業代が引かれるのはおかしいのでは?」と思われるところです。
弁護団としては、「割増賃金」は「通常の労働時間の賃金」が決まって初めて決定されるはずなのに、「通常の労働時間の賃金」たる歩合給が残業時間によって左右されるのでは、両者を実質的に区別できているとはいえないのではないか、などと主張しているところです。
このような賃金規則が有効であると認められてしまうと、歩合給制度を採用する会社ではどこでもこのような制度を採用してしまうのではないかと懸念されるところです。
「残業代ゼロ法案」が取り沙汰されていますが、実質的な「残業代ゼロ規則」が認められないようにしなければなりません。
3 雇い止め裁判
さて、残業代裁判を契機にB組合で発生した雇い止め事件は、法的に地位が弱い組合員を狙った卑劣なものでした。
残業代請求裁判提訴直後に開催された団体交渉では、当時のK社社長は「会社を提訴するような人とは信頼関係が持てませんから、再雇用はしません」と、残業代裁判の原告となっている組合員は再雇用しない旨を言い切ったのです。
このような雇い止めを受けた組合員が合計12名に上ったのですが、組合員らは東京地裁に賃金仮払いの仮処分の申し立てを行い、また、B組合は東京都労働委員会に対して不当労働行為救済申し立てを行いました。
まず仮処分事件ですが、合計8名について5つの賃金仮払いの決定を得ました(1名敗訴、3名取下げ)。
各決定では、組合員らの継続雇用に対する合理的期待について判断がなされ、再雇用契約を継続してきた者については労働契約法19条2号により、定年を迎えた人で再雇用を拒否された者については同号の類推適用により、雇い止めが無効であると判断されました。
そして、全ての決定で、前述の元社長の判断は正当化できない、と判断されています。
これは、憲法32条が保障する「裁判を受ける権利」に照らして、然るべき判断であるといえるでしょう。
現在、12名全員が原告となって地位確認請求の本裁判を行っており、本年2月に結審する予定です。
次に労働委員会事件ですが、
①残業代請求裁判を起こしたことが組合活動といえるか(労働組合法7条1号)、
②組合活動であるとして雇い止めをしたことが不利益取扱いに該当するか(同号)、
③雇い止めが支配介入に該当するか(同条3号)、
が主な争点となっており、これも本年3月に結審する予定です。
4 B組合の闘いに学ぶ
以上、筆者が現在担当している争議についてまとめてご紹介いたしました。
ちなみに、B組合の委員長は、K社から名誉処損の損害賠償請求を受けており、本年1月末、証人尋問が行わわました。
さて、筆者は弁護士登録直後から特にB組合に関わる争議に代理人として関わっていますが法律上の問題もさることながら、労使の攻防にも激しさがあり、日々勉強の毎日でした。
その中で、労働組合として団結することの意義と日々の労使交渉の中でパワーバランスを構築することの重要性を感じています。
報復的雇い止めが始まった当初、B組合は一定数の切り崩しにあってしまったのですが、半年ほどで落ち着き、現在に至るまで団結を深めています。
本稿が、自分たちの権利を団結して行使すること、そして、会社による報復行為に如何に備えておくか、春闘を控えた皆様におかれまして議論する契機になればと思います。
『労働情報 No.966』(2018年2月号)
◆ 残業代裁判と雇い止め裁判が同時進行
中村優介 日本労働弁護団事務局次長(江東総合法律事務所)
1 事件の概要
今回ご紹介する事件は、国内最大手のタクシー会社のグループ会社(以下K社)内で起こっている労働事件です。
この会社には複数の労働組合があり、少数組合であるA組合の組合員14名が2012年、K社に対して残業代請求裁判を提訴し、2015年1月、請求(一部)認容判決を得ました。
この判決を受けて、同じく少数組合であるB組合の組合員58名が、2016年1月、残業代請求裁判を提訴しました。
ところで、K社は、B組合の組合員で残業代請求裁判の原告となっている者の一部に対して雇止めする、という「報復」行為をしてきたのです。
2 残業代裁判
K社では、タクシー乗務員に対する給与として、ざっくりと、
①乗務回数に応じる固定給、
②タクシー乗務員の売上に応じる歩合給、
さらには③残業代等の各種割増金を支給していました
(給与全額≒①+②+③)。
しかし、K社の賃金規則上、②は、売上からノルマ額を控除した金額に歩率を乗じた数値(仮に「X」とします)から残業代等の各種割増金と同額を控除するという方法で算出されていたのです。
これを数式で「②=X-③」と表現すれば、
「給与全額≒①+②+③=①+(X-③)+③=①+X」
となってしまう、換言すれば、各種割増金が実質的には全く支払われない(と言えそうな)給与体系になっていたのです。
2015年1月、東京地裁は、「②=X-③」のうち「-③」の部分が公序良俗に反して無効(民法90条)であると判断し、K社に対し控除されていた③部分の支払いを命じ、東京高裁でもこの結論が維持されました。
もっとも、2017年2月、最高裁は、残業代等の各種割増金の支払いの根拠となる労働基準法37条の解釈を示し、各種割増金の支払いがあったといえるかどうかの判断基準として、
①「通常の労働時間の賃金」と「割増賃金」とを判別することができるか、
②判別できるとして、既払いの割増賃金は労基法37条で定める基準を下回らないか、の二つを示し、
この判断基準に対するお互いの主張立証を尽くすべき、として、審理を東京高裁に差し戻しました。
東京高裁での審理は終結し、本年2月に判決が出される予定です。
さて、直感的には「残業代が引かれるのはおかしいのでは?」と思われるところです。
弁護団としては、「割増賃金」は「通常の労働時間の賃金」が決まって初めて決定されるはずなのに、「通常の労働時間の賃金」たる歩合給が残業時間によって左右されるのでは、両者を実質的に区別できているとはいえないのではないか、などと主張しているところです。
このような賃金規則が有効であると認められてしまうと、歩合給制度を採用する会社ではどこでもこのような制度を採用してしまうのではないかと懸念されるところです。
「残業代ゼロ法案」が取り沙汰されていますが、実質的な「残業代ゼロ規則」が認められないようにしなければなりません。
3 雇い止め裁判
さて、残業代裁判を契機にB組合で発生した雇い止め事件は、法的に地位が弱い組合員を狙った卑劣なものでした。
残業代請求裁判提訴直後に開催された団体交渉では、当時のK社社長は「会社を提訴するような人とは信頼関係が持てませんから、再雇用はしません」と、残業代裁判の原告となっている組合員は再雇用しない旨を言い切ったのです。
このような雇い止めを受けた組合員が合計12名に上ったのですが、組合員らは東京地裁に賃金仮払いの仮処分の申し立てを行い、また、B組合は東京都労働委員会に対して不当労働行為救済申し立てを行いました。
まず仮処分事件ですが、合計8名について5つの賃金仮払いの決定を得ました(1名敗訴、3名取下げ)。
各決定では、組合員らの継続雇用に対する合理的期待について判断がなされ、再雇用契約を継続してきた者については労働契約法19条2号により、定年を迎えた人で再雇用を拒否された者については同号の類推適用により、雇い止めが無効であると判断されました。
そして、全ての決定で、前述の元社長の判断は正当化できない、と判断されています。
これは、憲法32条が保障する「裁判を受ける権利」に照らして、然るべき判断であるといえるでしょう。
現在、12名全員が原告となって地位確認請求の本裁判を行っており、本年2月に結審する予定です。
次に労働委員会事件ですが、
①残業代請求裁判を起こしたことが組合活動といえるか(労働組合法7条1号)、
②組合活動であるとして雇い止めをしたことが不利益取扱いに該当するか(同号)、
③雇い止めが支配介入に該当するか(同条3号)、
が主な争点となっており、これも本年3月に結審する予定です。
4 B組合の闘いに学ぶ
以上、筆者が現在担当している争議についてまとめてご紹介いたしました。
ちなみに、B組合の委員長は、K社から名誉処損の損害賠償請求を受けており、本年1月末、証人尋問が行わわました。
さて、筆者は弁護士登録直後から特にB組合に関わる争議に代理人として関わっていますが法律上の問題もさることながら、労使の攻防にも激しさがあり、日々勉強の毎日でした。
その中で、労働組合として団結することの意義と日々の労使交渉の中でパワーバランスを構築することの重要性を感じています。
報復的雇い止めが始まった当初、B組合は一定数の切り崩しにあってしまったのですが、半年ほどで落ち着き、現在に至るまで団結を深めています。
本稿が、自分たちの権利を団結して行使すること、そして、会社による報復行為に如何に備えておくか、春闘を控えた皆様におかれまして議論する契機になればと思います。
『労働情報 No.966』(2018年2月号)
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