A universe from nothing / 宇宙が始まる前には何があったのか?;ローレンス.クラウス、という本を読んだ。この本は2013年10月に日本語訳が出たばかりのホットな宇宙論だ。
ビッグバンが137億2千万年前に起こったという事は周知の事実だが、それではビッグバンが起る前には何があったのだ? 或いはビッグバンが起ったとして、無から宇宙が飛び出してくるという事は質量・エネルギー保存則と矛盾するでは無いか?という疑問に答えてくれる本だ。
著者のR.クラウスは現代アメリカを代表する宇宙物理学者でありかつ反神論者でもある。クラウスはこの本の中でアインシュタインの一般相対論から導かれる宇宙モデル、銀河の回転観測から予測されるダークマターの存在そして、平坦な宇宙を支えるダークエネルギー等々の知見を判りやすく解説している。そのうえで、先の二つの疑問に答えている。
真空は空っぽか?と言う事について、量子力学はそれを否定する。ハイゼンベルグの不確定性原理の範囲内において真空から物質・反物質ペアーが湧き出し、再結合して消滅する事は許される。これを実証する簡単な実験がある。無重力真空中に帯電していない二枚の金属板を並行に配置するとこの二枚の間に引力が発生する。これはカシミール効果と呼ばれる現象で真空中に生じた正負の電荷ペアーが引力を生じている直接的な証拠とされている。
http://hp.vector.co.jp/authors/VA011700/physics/casimir.htm
宇宙はこの真空中の湧き出しが、ある確率でトンネル現象を起こし、インフレーションと呼ばれる急膨張を起こして出来上がった。ここでエネルギー保存則はどうなるかと言うと、膨張するつまり物質間距離が離れるという事はそこに働く重力エネルギーは負の方向に増大する。例えば二つのボール間に働く重力エネルギーは、この二つが無限遠にある場合はゼロで、引っ張り合ってくっついた状態、落ちてしまい重力ポテンシャルエネルギーを失った状態が最もエネルギーの低い状態であるから。マイナスのエネルギーを得たと言う事になる。つまり一点から始まったビッグバンから宇宙が膨張する過程で重力エネルギーはマイナスに増加しそれを相殺する正のエネルギーが物質を作ったと考えることが出来るわけだ。となると、宇宙のエネルギー総和は原初からゼロ(プランク質量)であり、今現在でもそうなのである。
話は飛ぶが、地球は太陽から近からず、遠からず我々にとってちょうど良い場所(ハビタブル・ゾーン)に位置している。これは神様がそれを準備してくれたわけでは無く、たまたまその位置に地球があったから生命が発生して進化したにすぎない。さて、我々の身体を構成する元素はどこから来たかと言うと水素とヘリウムを除くその他の元素、つまり、酸素、炭素、カルシウム、鉄などは全て超新星爆発の残渣なのだ。我々の身体は超新星爆発で生成された物質から出来ている。この超新星爆発が起きる条件は限定的で例えば質量が大きすぎても小さすぎても起らない。このように宇宙が我々が存在するに適した物理パラメータで出来ているのは何故か?
神がそのように設計したからか?否、我々が存在するからパラメータはそうなのだ、と言うのが人間原理である。その背景にはマルチ・ユニバースという概念がある。つまり、宇宙はひとつでは無く、あらゆる組み合わせで真空中から宇宙が発生しその中で偶々人間の存在を許容する物理パラメータを有する宇宙がこの宇宙だった、という認識である。
ただ、こうなると本来物理学者が追い求めてきた宇宙の緻密な構造が偶然に基づくものと言う事になり、クラウス自身はあまり愉快では無い、と著書の中で書いている。ともあれ、ひとつだけ言える事は、この宇宙に神が存在できる場所はプランク質量以下、つまりほぼゼロと言うことになりそうですね...