これは本当に面白い本です。
著者は塚本勝巳東大教授 別名ウナギ博士。人類で初めてウナギの天然卵の採取に成功した人物です。
ウナギって本当に変わった魚で大洋のど真ん中で産卵し海流に乗って日本にたどり着いたあと河川をさかのぼり成長し、再び海に戻り数千キロを泳いで産卵場所にたどり着いて産卵する。この産卵場所が2400年前のアリストテレス以来の謎で、この先生以前には誰も産卵場所も卵も見たことが無かったのだ。
広い広い太平洋でほんの20km四方の狭いエリアで産卵するウナギをどうやって見つけるか。この先生、これを見つけるためだけに40年を費やしている\(^o^)/ キーワードは海流と耳石と甘い水と海山。
まずは海流と耳石だけど、ウナギに限らず魚類にはバランスを保つための耳石がある。この耳石には年輪(日輪)が刻まれていて顕微鏡で観察すると一日ごとの周期が観察できる。先生は何年もかけて台湾あたりから網(プランクトンネット)を引き始めて黒潮を遡りながらウナギの幼生を掬っては耳石を調べて生後何日かを同定していった。海流の流速は一定だから日数をかければどのあたりで卵が孵ったか推定できる。こうして行きついたのが世界最深のマリアナ海溝の西側に位置する西マリアナ海嶺だ。
しかしこれではまだ広すぎるし垂直方向の深度も判らない。ウナギは産卵する場合、日本から海流に逆らって遊泳して産卵場所までたどり着く。そしてオスとメスが出会って産卵する必要があるので何らかの目印が必要だ。この西マリアナ海嶺には海底から4000m以上の高さで立ち上がる3つの海山がある。その中で最も南に位置するスルガ海山に目をつけた。そして最後のキーワード甘い水。
赤道付近では上昇流が起こり、しょっちゅうスコールが降る。そうすると部分的に海水塩分の低い海域が出来る。これが甘い水で、先生はこの甘い水の分布とスルガ海山が接する部分で産卵するという仮説を立て網を引いた結果とうとうウナギの受精卵を見つけることができた。2009年5月22日のことだ。
この甘い水はウナギの発生に重要な役割をする。塩分濃度が低い海水でマリンスノーが発生すると海水比重が軽いのでマリンスノーは通常海水界面まで下降して停滞する。逆にウナギの幼生は発生して比重が軽くなり甘い水界面まで上昇する。そしてしばらくマリンスノー停滞物を食べて成長するのだ。実はこの初期飼料がウナギの人口養殖の最大のポイントで、この甘い水界面に停滞しているマリンスノー混濁液と同じ成分を作り出せないとウナギの幼生を養殖することが出来ないのです。マリンスノーというのは主にはプランクトンの死骸がバクテリアによりアミノ酸、タンパクペプチドなどの分解されたものだがそれを人工的に再現するのは至難の業。しかし、先生が産卵場所を発見したおかげでその秘密も徐々に明らかになりつつある。近いうちに人口養殖ウナギが可能になってウナギのかば焼きが好きなだけ食せる時代が来るかもしれませんね。
追記:ウナギのDNA解析によるとウナギはもともと深海魚の部類だったらしい。