1月5日です
新年の休みも終わったのか
街が動き始めたような気がします
車の数も、かなり増えてきました。
なんだか、御屠蘇気分のないお正月が過ぎて行きました。
今年の三が日は、ある意味最悪
元旦から、ドタバタしています。
母が夕方から、熱を出しました。
咳が続いて・・・そういう時に限って
風邪薬も熱さましもない
仕方なしに、市の案内を探って
医師会館の休日診療所に連絡しました
状態を電話で話をしたら
「すぐに連れて来て下さい」
との事。
それからが、大変です
医師会館は、我が家から歩いて10分程度の場所。
タクシーでは、なかなか行ってくれない距離です
おまけに、元旦の夜8時過ぎ、タクシーが通る可能性も少ない
やむを得ず、熱が出ている母をコートかぶせて、
フリースの生地でぐるぐる巻きにして、車いすを押す事に
車いすを押すようになって、わかった事ですが
歩道って、車いす向きではないですよね。
住宅の入り口や、辻で、歩道が斜めに波を打ちます。
そのたびに車いすが車道に流れそうになって
本当に怖い思いをしました。
診療の結果は「風邪」
熱さましと、咳止めが処方されて。
今度は、医師会館から、我が家を通り越して
薬剤師会館へ
車いすを押して、と、言うより押しながら小走りで
まるで、車いすマラソン状態でした
処方された薬は幸いにも、とても効いて
次の日には、熱も下がり、咳も小康状態。
毎年恒例だった、御友達との初売りに行く約束もキャンセルに
ともかく、これで何とかなったかなと思っていました。
それなのに
3日の夜に、またやってしまいました
前回の入院の時に
「食事は、細かくして、常に監視して」
ドクターの指示に従うべく、
この所、母のブーイングにもめげず、食べさせる物は
出来うる限り(あくまで、私の包丁の実力内で)細かくして。
でも、やはり大きかった様子です
ホンの一瞬、背中を向けた時、
母が食事を詰まらせました
今回は、風邪の事もあるので、迷わず119
こんな時期は、消防署も忙しいだろうに
救急車をお願いしました。
今回救急車が到着するまで
119番の方が、電話でずっと指示をして下さいました。
前回の退院から半月もたっていないのに
結局、また入院です
今回は、前回の大学病院も満床とかで
歩いて20分程度の病院に
また「見捨てた」「冷たい」コールにさらされています
今日は叔母が来てくれました。
上の写真は、こっそりと連れて来てくれたモカのどアップです
我が家に入って、彼が飛んで行ったのは
母のベッド。
母がいないもので、家中を走り回っていました。
探していた様子です。
今日のタイトルは、先日のBSの番組のなかで
布施明さんが唄われた古い曲を選びました。
リアルタイムでは、知らない曲ですが
子供の頃に父が、これを唄われていた
津村謙さんの話をよくしていました。
父は、昭和20年代に
少しばかり、レコード関係の仕事をしていた事があるそうです。
某有名歌手のマネージャー(本人はそう言っていました)
カバン持ちでしょうが
随分、この時代の歌手の裏話をしていました。
この津村さんは、麻雀が大好きだったとかで
舞台の袖で、他の出演者とジャラジャラなさっていたそうです。
それで、出番の時は、見張りをさせて
舞台に
麻雀だけでなく、花札を好んだ方もいらっしゃったそうです。
父は、常々この時代の歌を
演歌と称するのに反対していました。
この時代の楽曲は、洋楽ポップスに近いと
力説していました。
実は、昨日4日が父の13回忌になります。
1人で、ポツンと家にいて
先日、録画をしていたこの番組を見て
父の話を思い出してしまいました。
今日の、五郎さんとの掛け合いは爆笑しました
新年の休みも終わったのか
街が動き始めたような気がします
車の数も、かなり増えてきました。
なんだか、御屠蘇気分のないお正月が過ぎて行きました。
今年の三が日は、ある意味最悪
元旦から、ドタバタしています。
母が夕方から、熱を出しました。
咳が続いて・・・そういう時に限って
風邪薬も熱さましもない
仕方なしに、市の案内を探って
医師会館の休日診療所に連絡しました
状態を電話で話をしたら
「すぐに連れて来て下さい」
との事。
それからが、大変です
医師会館は、我が家から歩いて10分程度の場所。
タクシーでは、なかなか行ってくれない距離です
おまけに、元旦の夜8時過ぎ、タクシーが通る可能性も少ない
やむを得ず、熱が出ている母をコートかぶせて、
フリースの生地でぐるぐる巻きにして、車いすを押す事に
車いすを押すようになって、わかった事ですが
歩道って、車いす向きではないですよね。
住宅の入り口や、辻で、歩道が斜めに波を打ちます。
そのたびに車いすが車道に流れそうになって
本当に怖い思いをしました。
診療の結果は「風邪」
熱さましと、咳止めが処方されて。
今度は、医師会館から、我が家を通り越して
薬剤師会館へ
車いすを押して、と、言うより押しながら小走りで
まるで、車いすマラソン状態でした
処方された薬は幸いにも、とても効いて
次の日には、熱も下がり、咳も小康状態。
毎年恒例だった、御友達との初売りに行く約束もキャンセルに
ともかく、これで何とかなったかなと思っていました。
それなのに
3日の夜に、またやってしまいました
前回の入院の時に
「食事は、細かくして、常に監視して」
ドクターの指示に従うべく、
この所、母のブーイングにもめげず、食べさせる物は
出来うる限り(あくまで、私の包丁の実力内で)細かくして。
でも、やはり大きかった様子です
ホンの一瞬、背中を向けた時、
母が食事を詰まらせました
今回は、風邪の事もあるので、迷わず119
こんな時期は、消防署も忙しいだろうに
救急車をお願いしました。
今回救急車が到着するまで
119番の方が、電話でずっと指示をして下さいました。
前回の退院から半月もたっていないのに
結局、また入院です
今回は、前回の大学病院も満床とかで
歩いて20分程度の病院に
また「見捨てた」「冷たい」コールにさらされています
今日は叔母が来てくれました。
上の写真は、こっそりと連れて来てくれたモカのどアップです
我が家に入って、彼が飛んで行ったのは
母のベッド。
母がいないもので、家中を走り回っていました。
探していた様子です。
今日のタイトルは、先日のBSの番組のなかで
布施明さんが唄われた古い曲を選びました。
リアルタイムでは、知らない曲ですが
子供の頃に父が、これを唄われていた
津村謙さんの話をよくしていました。
父は、昭和20年代に
少しばかり、レコード関係の仕事をしていた事があるそうです。
某有名歌手のマネージャー(本人はそう言っていました)
カバン持ちでしょうが
随分、この時代の歌手の裏話をしていました。
この津村さんは、麻雀が大好きだったとかで
舞台の袖で、他の出演者とジャラジャラなさっていたそうです。
それで、出番の時は、見張りをさせて
舞台に
麻雀だけでなく、花札を好んだ方もいらっしゃったそうです。
父は、常々この時代の歌を
演歌と称するのに反対していました。
この時代の楽曲は、洋楽ポップスに近いと
力説していました。
実は、昨日4日が父の13回忌になります。
1人で、ポツンと家にいて
先日、録画をしていたこの番組を見て
父の話を思い出してしまいました。
今日の、五郎さんとの掛け合いは爆笑しました
上海帰りのリル/東京の椿娘/流れの旅路 | |
津村謙,東條寿三郎,吉川静夫,林伊佐緒,上原げんと | |
キングレコード |
そろそろ帰ってきませんか | |
布施明 | |
ユニバーサル・シグマ |