一歩退いてみよ
自己の考えや主張に捉われすぎず、
一歩下がって悠然と見渡せば
違う世界が見えてくる。
いろいろな活動・・・
いろいろな組織・・・
いろいろな感覚・・・
いろいろな場面・・・
不思議なモノで・・・
自分自身の価値観が絶対って?皆さん思っているわけですが・・・
えーと・・・
キレイゴトを言ってもダメです。(苦笑)
皆さん自分の考えで行動して歩んできたわけですから・・・
その点においては、自分自身が絶対!っていうコトだと思います。(@_@)
一人・・・
二人・・・
三人・・・
集まる人数が多くなるほど?
そう言う絶対感?が増えてきて大変なコトになっていく!?わけで・・・
ところが?
これが組織ってなると・・・
その役割や肩書に置いて優先順位なるモノが出来上がり?
収束や調整に向かっていくのかなぁって思います。
さらに・・・
複数の人が集まる場面では、個々の性格というモノも作用して?
その絶対感を押し通す人もいれば、調整してしまう人もいる?
それが負担感なく我慢できる人もいれば、爆発してしまう人もいるのかなと(苦笑)
なので?
その調整のための会議というモノが過程で必要なんだと思います。
思うに・・・
PTAという世界は、あまりにも複雑すぎて?
その過程を省略する?簡略化する?・・・
そう言う目的?動機?が存在して?・・・
先人が出した結論を踏襲するコトで・・・
そう言った面倒くさいコトを省く?・・・
そう言う習性が身についてしまったのかなぁって思います。
全員参加という大前提がある以上?
みんなの足並みをそろえるというコトは想像以上に大変だと思います。
またそれを・・・
ボランティアていう風に考える方が多いので??
余計にそのボランティア意識の温度差で組織の運営が大変になる?のかなぁって
個人的には・・・
ボランティア(自発性、自主性、公共性、無償)というモノではないのだから?
完全義務制にしてしまえばいいのでは!?って思っています。
子ども達の授業と同じように?
保護者の人の協力?っていうモノをカリキュラムの中に組み込んでしまう?
その代り?
そのカリキュラムの受け皿は、何でもあり的にしておかないといけないと思いますが・・・
人それぞれいろんな特技や職業についていると思います。
それをちょっとでも行かせる形にすればいいのかなぁって思います。
学校に足を運ぶ人もいれば・・・
家庭の中で協力するのもあり・・・
学校・家庭・地域の協働っていうのであれば・・・
地域活動に関わるのでもOK!?
究極を言えば・・・
介護だってその一環であり・・・
もっと言えば!?
本当の究極はおカネで解決するんだってありなのかなぁって思います。
それがその個性であり、なんでも受け入れるのこそ本当の意味での平等だって思います。
人道支援の言う名でおカネというモノが動いているコトに対して異議ってあまりない??
なんて・・・個人的にはいろいろな思いがあります。
少なくともPTAに関して言えば、本来の出来る人が出来る時に出来るコトを!って(@_@)