あー、今日こそは明日の演奏会の練習をしようと思ったのに、ウィグモアホールのサイトを見たら、マルカンドレ・アムランの演奏会があり、朝まで売り切れだったチケットに空きが出ている。
アムランといえば、超絶技巧を要求されるアルカンの曲の演奏で知られているようだが、これまで一度も聴いたことがなかった。今日のプログラムにも勿論、このアルカンの曲やリストが含まれていて、噂の超絶技巧が聴けそうだった。
演奏会が始まって、まず、「これ、いつものウィグモアホールのピアノよね?」が疑問だった。音が、美しいのである。このホールは響きすぎて、ピアノの場合、音の芯の周りに水彩画のぼかしのようなにじんだ音のようなものが聴こえる。それは相変わらずなのだが、それでも音がいつもより華やかだったり、優しかったりする。
テクニックは噂通りだ。いつぞやのキーシンと同様、海月の襞のような指の動き。リスト「ヴェネツィアとナポリ」の最後はまさに圧巻。ものすごい勢いで手が動いているのだが、鍵盤に指が当たる瞬間には常に力が「ふっ」と抜けている。美しい。
しかし、リストやアルカンが聴き所、という予想に反して、心に響いたのはハイドンとモーツァルトだった。特にモーツァルトは、転調する度に音の色彩が変わるのが見えたように思えた。いつもは、「私には絶対音感がないので、調に雰囲気なんて在るのか分かりませ~ん」とピアノの先生に言い訳ばかりしているのだが、今日は明らかに色があった。勿論、絶対的なものではなく、相対的な調の雰囲気には過ぎないが。いずれにしても、アムランが意図して曲に構造を与えようとしていることは見て取れた。また、その演奏がバックハウスを思い起こさせた(って勿論、バックハウスを生で聴いたことはありません、念のため)ので、この人の演奏でベートーベンのソナタを聴きたくなった。
演奏会後のサイン会で、「噂に違わぬ素晴らしい技巧でしたが、それより曲の構築が素晴らしかったと思います」と伝えたところ、「それは嬉しい。そこに常日頃大変な時間をかけて準備をしているんだ」との返事。何か言いたそうな雰囲気だったが、言葉になって出てこないようだった。何を言いたかったのだろう?とても気になっている。