Que ma vie est belle!

私とは、美しいもの、美味しいもの、楽しいものの集合体。

不思議なリズム感-ヘフリガー@クイーンエリザベスホール、ロンドン

2010-05-26 23:00:00 | コンサート

アンドレアス・ヘフリガーで、モーツァルトPfソナタK. 330、リスト=ワーグナー「イゾルデの愛の死」、モーツァルトPfソナタK. 331、休憩を挟んで、シューベルトPfソナタD960。

ヘフリガー、名前は聞いたことがあったけれど、生を聴くのはこれが初めて(だと思う)。最初から、聴きなじんだK330とは違うリズム感に、ちょっとびっくりする。また、最初は調子が乗らないのか、ミスタッチも度々。これだったら、時差ぼけ解消に演奏会などに来ないで、家で翌日からのイェーテボリ行きの準備をするべきだった。。。

と思っていたが、リストになって、ちょっと持ち直す。この曲をピアノで聴くのは初めて。これは相当難しそう。それにしてもピアノって凄い。オーケストラがやることを1人でやってしまうのだから、と改めて思う。

K331も、なんだか不思議なリズム感である。普通の人(これまで聴いてきた人々とそれに影響されている自分)とちょっと違う。6/8拍子だから2拍子のようにリズムを取るのは正しいのだろうけれど、それにしても最初の音が心持ち短いようだ。垢抜けたリズム感、というべきだろうか?

休憩後のシューベルト。これは、ピアノの音がとても美しかった。スタインウェイの高音の、きらきらとした音、ここの楽器は中音まで、一貫してきらきらとした音がする。ハンブルグ製のスタインウェイは、音が少し篭り気味かな、と思うことがあるけれど、もしかしたら楽器ではなく、ホールかもしれない。ここも、ロイヤルフェスティバルホールも、「きらきら」系。ウィグモアホールは篭り系。

演奏も、手持ちのCDの中ではブレンデルの演奏に似ているような気がする。奇をてらわない、美しい演奏。フルコンだと、低音がとても綺麗に響く。最初の低音のトリルには、この長い弦が響かせる深い音が必要だ。

アンコールの前に、演奏会のプログラムについて-調性で組むとき、テーマで組むとき、響きで組むとき、等々があるというような説明をした。今回は響きだそうだ。そのアンコールはモーツァルトの幻想曲ニ短調。確かに、響きが似ている気がする。響きの類似、というのは聴いている者にも分かりやすい。

結構、薀蓄派なのだろうか、ヘフリガーは。


役者やのぅ-連隊の娘@ロイヤルオペラハウス、ロンドン

2010-05-26 01:30:00 | オペラ

先日、バービカンでフローレスを聴き、噂のハイCとはどんなものだろうかと、ロイヤルオペラハウスでのドニゼッティ「連隊の娘」のチケットを入手(直前でも入手できるのが、流石、ロンドン)。

実はドニゼッティの「連隊の娘」を観るのは初めて。その上、前日に日本から帰ってきたばかり、とあって時差ぼけも重なり、どうなることか、と心配していたところ-。

「連隊の娘」は抱腹絶倒のコメディであった。

最初から、マリー役のナタリー・デッセイが会場を笑わせる。アイロン掛けって、こうやれば良いのね(良いわけがない)。

さて、フローレス登場で、会場のワクワク度が上がったことが感じられる。ハイCって、どこ?分かるかしら?なんて思っていたけれど、心配無用。でも、あまりに楽々と歌っているので、本当にハイCなのか、絶対音感のない私には分からないわ。まさか皆で共謀してピッチ下げたりしてないわよね。ニコニコ動画だったら、誰かが字幕で「ただいまハイC、ピッチA=440Hz」とか言ってくれるんでしょうけれど。

直前入手のチケットは正面だけれど、ほぼ天井桟敷。それでもこれだけの声が聞こえるのだから、もう少し近くで聞いたら、本当に凄いのだろうなぁ。29日(フローレス最終日)のチケットも出ていたけれど、ボストリッジと重なっちゃったのよね。。。再度悩む自分が情けない。

天井桟敷は、観客のリアクションが大きい-笑いも、足踏みもブラボーも。第二幕に入ってからは、もうみんな笑いっぱなし。「ロイヤル」オペラに来たのか、新橋演舞場(イメージ-行ったことはない)に来たのか、分からないくらい。

ハイCより、第二幕のフローレスのほうが存在感があったような。デッセイも良かった。その他の歌手も、皆が観客を笑いの渦に巻き込む。オペラで泣いたことはあるけれど、お腹の底から笑ったのは初めてかもしれない。


美食の国、NIPPON

2010-05-25 01:00:00 | レストラン

今回の出張は盛り沢山。10日間で東京→ソウル→東京→静岡。

Hidemi Sugino。いわずと知れたパティスリー。今回も時間がないので、マダムとお話をしながらジャムを選び、友人宅へのお土産に。勿論、実家へ送ることも忘れない(後で私が食べるから)。

友人宅にて、少々遅いランチ。自家製パン、サラダ、ラタトゥイユ、クレーム・キャラメル。BAで食事を完全無視できたのも、これがあると知っていたから。ラタトゥイユは出色の出来。前回お邪魔した時は、以来、ロンドンでもサラダを作るようになった。今回はラタトゥイユを見習えるか?

ソウルについては何も言うまい。辛味が一切ダメな私にとっては、飛行機の中から辛かった(なぜ2時間のフライトなのに食事が出る?)。東京に着いた時には胃痛が。。。

東京に着くなり向かった先はL'Osier。ここがあるから生きていける。相変わらずグランメゾンにお邪魔するには乏しい体(&財布)にも関わらず、ブルーノさん、サービスの皆さんの暖かいもてなしを受ける。今回の驚きは、最後のデザートワゴンにあったソルベ。カルダモン、と聞いてちょっと警戒していたが、連れが「どうしても食べろ」とスプーンを寄越すので(グランメゾンで。。。)、おそるおそる口にすると-天才的なハーモニー。今回も脱帽。

そして。御茶ノ水の路地裏、ひっそりと佇むこのお店があったから、今の会社で働き続けることができた(?)。今回は時間がなくランチのみだったが、いつもの「銀鱈」は体と心に沁みた。

Aux Bacchanales。翌日は健康診断、というのに、夜9時にカプチーノとレモンタルトをいただく。なんて可愛らしいカプチーノ!思わず記念撮影。

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今回の驚きは、実家のある静岡のフレンチTETSUYA SUGIMOTO。日曜日のランチ、家人がぐぐって偶然見つけた。前回日本に来た時に、「野菜にこだわり」のお店が増えたな、と思っていたが、こちらは10年来そのコンセプトとか。また、ジビエもされるそうで、次回は秋冬に是非。シェフが非常に勉強している印象を受け、静岡のような小さな街にもこういう人がいるのだと、ちょっと地元を見直し、次回の帰省が楽しみになった。

胃袋大満足でロンドンに帰ってきた。飛行機の到着遅れにより、買い物ができず、帰国以来、ポッキーとハーゲンダッツアイスクリーム(バニラ)で命をつなぐ日々-。

いいのよ、ロンドンには音楽があるから。


しなやかな指-ギル・シャハム@ロイヤルフェスティバルホール、ロンドン

2010-05-13 23:00:00 | コンサート

ウォルフ指揮、ギル・シャハムのVn、フィルハーモニア・オーケストラでWaltonのVn協奏曲を聴いた。

技術的に非常に高度な曲。左手だけでなく、弓さばきが非常に重要。

今回も前から2列目の演奏者の正面という好位置で鑑賞。音を聴く、というより、演奏を見る位置であるが、この曲には正解か。

前回のウィグモア・ホールでの演奏時と同様、大きな目をかっと見開いて客席の一人ひとりの顔を見つめながらの演奏。楽しそうに微笑んだり、リズムを口ずさんだり。

指揮者やコンマスの方に寄っていって、「協奏」する。指揮者に寄っていったのは、楽譜を見に行っているような気配が無きにしも非ず、だが。

指が、まるで女性の指のように美しく、しなやかで、この難しい協奏曲を、まさに「するするっ」と弾いてゆく。

ギルとジョシュアが現役の2大お気に入りなのだが、ジョシュが歌を歌うのが上手い一方、ギルはきちんとした演奏-頭の回転が非常に良くて、頭でコントロールしている印象を受ける。

後半のホルスト「惑星」を含めて、楽章ごとに拍手をしてしまうファミリーコンサート系の聴衆にはちょっと受けにくかったかもしれない。でも、本当に、感嘆するしかない技術だった。音もなかなか美しい。ちょっと近すぎて会場全体が鳴っている!という印象を受けたのは1箇所のみだったけれど、遠くで聴いていたら違って聴こえたことだろう。

やっぱり、「ポリニャック伯爵夫人」はやめて「ポンバドゥール夫人」に銘を改めて良いのでは?


お土産は真ん中のサイズの葛篭でお願いします-テツラフ兄妹&アンスネス@ウィグモアホール、ロンドン

2010-05-12 01:30:00 | コンサート

アポがキャンセルになったので、最近のお気に入りの一人、アンスネスらの演奏会に出かけた。

テツラフ兄のVn、テツラフ妹のVc、アンスネスのPfで、シューマンのPfトリオOp.88、ヤナーチェクのVcソナタ、ドボルザークのVnソナタとシューマンのPfトリオOp.110。

アンスネスの安定したピアノが、演奏全体をきっちりと支えていて、安心して聴いていられる。やっぱりアンスネス、良い。。。

テツラフ兄がドイツの現代物のヴァイオリンを使用していることは有名。現代物でも、これだけの音が出る、とも言えるけれど、やっぱり、歌手がお腹からではなく、喉の辺りで声を出しているような音のような気がしないでもない(って、ブラインドテストでもわかるかな?)。

一方、テツラフ妹の楽器は1776年のGiovanni Baptista Guadagniniによるものらしい。なかなか良い。勿論本人の力に拠るところは大きいのは判っているけれど、ちょっとこのチェロ、弾かせて~!!

ピアノトリオを聴きながら、帰りに葛篭が3つ用意されていたら、間違いなく中くらいの大きさのをもらって帰りたい、と思った-あ、でもやっぱりVcがこの中では一番高価なのは明白だ。そういう強欲な選択の結果だから、箱の中はゴミなんだろうな。


21歳!?-Sunwook Kim@ロイヤルフェスティバルホール、ロンドン

2010-05-08 23:30:00 | コンサート

今夜は家でゆっくりしようと思っていたのに、美容室で髪を切ってもらったら、なんだか家にいるのがもったいなくなってしまい、演奏会に出かけた。

アシュケナージの指揮、フィルハーモニア・オーケストラ。Sunwook KimのピアノでシューマンのPf協奏曲。今年はシューマンイヤーなので、これで何度目になるのだろう、このPf協奏曲を聴くのは?シューマン嫌いの私の耳にも相当慣れてきた。

Kimは韓国出身、2006年のリーズ国際ピアノコンクールに最年少17歳で優勝しているらしい(休憩時間にググって知った)。今、まだ21歳!、ばりばりの現役音大生である。東洋人は若く見えるわね、なんて思っていたが、見えるのではなく、本当に若いのだ。

確かに第1楽章が終わったところや第3楽章の終わり近くで、アシュケナージに「疲れた」と舌を出して甘えられるのは21歳だからだろう。

演奏は、上手い。ただ、なんというか、コンクールっぽい弾き方だと思った。安全な、というのだろうか。内田光子のような、あちらに行っちゃった、というのではなくて、良くコントロールされている感じ。誰かがポリーニっぽい、といったのが聞こえた気がした。

いやいや、£8で聴くには良い演奏でした。アシュケナージはどんな風に思っているのだろう、本人もピアニストなだけに。こういう優秀な演奏家が沢山出てきてくれるのは、頼もしい限りである。


舞台慣れ-ファン・ディエゴ・フローレス@バービカン、ロンドン

2010-05-08 01:30:00 | コンサート

ファン・ディエゴ・フローレスをバービカンで聴いた。我がDudaと2012年にマチュピチュでコンサートを計画している彼、一体どんな声の持ち主なのだろうか、と興味津々で出かけた。

南米=濃い、という極めて単純な発想がいかに誤っているか、である。見た目も、思っていたほど濃くなく、声も張りがあってしっかりしているが「濃厚/濃密」ではなく「すっきり/くっきり」。

声の通り道が、まるで目に見えるようである。音波の伝わり方を絵に描ける-指向性の高い、エネルギーの高い音だ。自らのエネルギーでより早い音速(c=331.5+0.61t、1気圧)を獲得し、声が前に出て行き、エネルギーがある程度収まった地点から放射状にその声が全体に広がるイメージ(あくまでイメージです、念のため)。形でいえば、漫画の吹き出しのような。

低音は、あまり得意そうではなかったけれど、高音は聴かせたくなるのがわかる声。アンコール最後なんて、そこまで伸ばす~?と会場を喜ばせていた。オペラの曲は、特に抜粋をピアノ伴奏で聴いてしまうと、前後の曲を結びつけるための転調が無理やり?で粗雑に聴こえ、どうでも良いところでがっかりして(笑って?)しまったりするのだけれど、ベルカントタイプの歌を聴く時は、あまり深く考えずに、マイクなしでこの会場をこれだけ響かせる歌手達の、その生まれながらの才能と毎日の鍛錬、アスリートに対する敬意のようなものを感じられたら良いように思った。

拍手の受け方が、流石オペラ歌手。ピアニストやヴァイオリニストなど、世界的な人でもこれが苦手で、素晴らしい演奏をしたのに、そそくさと舞台袖に下がってしまう人も珍しくないが、堂々と、ちょっと長すぎ?と思うくらいに、客席を見渡し、まるで「もっと、もっと~、拍手~!!」とでも言うかのように正面を見据える。これが出来るのも才能だ。

もうじきロイヤル・オペラで公演がはじまる。楽しみだ。


舞台の上の妖精-内田光子@バービカン、ロンドン

2010-05-07 01:30:00 | コンサート

コリン・デイヴィス指揮、ロンドン交響楽団、Pf内田光子でモーツァルトのPf協奏曲K453を聴いた。

登場から内田はロンドンの聴衆を魅了している。コリンと舞台に現れた内田、ヴァイオリンの座席の間が比較的詰まっているのを見て、(以下想像)

「どこを歩いてピアノまで行ったらよいのかしら?」

「客席側を歩いていいんだよ」

「でも、失礼だわ」

「いいから大丈夫」

と内田は舞台の一番客席側のスペースを通ってピアノへ、一方コリンはヴァイオリンの間を抜けて指揮台へ。

そして二人は指揮台横で、

「再び会えて嬉しい(わ)」

と手を取り合い、演奏以前に客席をドラマの中へ引きずり込んで行く。

演奏開始。内田は相変わらず「あちらの世界」へ入り込んでゆく。でも今日は派手なパフォーマンスもなく(=派手なミスもなく)、ナチュラルなモーツァルトを聴かせてくれた。

演奏中、あちらの世界に行っている内田、とってもお茶目で、楽章間にはピアノの本体と蓋の間から、その先にいるチェリストを覗いてみたり。フランス人かイタリア人だったら、目配せくらい返しただろうけれど、英国人と思しきチェリスト、世界的ピアニストからのいたずらっぽい視線に、戸惑うのみ、無反応。あー、つまんない(後半でのVcソロは上手かったから許す)。

演奏終了後、コリンの元へ寄って、指揮台の上にいる彼に背伸びをしてビズをする。本当に「妖精」である。

舞台上の内田を見ていると、こんなにかわいらしくて(今年62歳だというのに!)、可憐な妖精はめったにいない、と思う。しかし、一度舞台を降りれば、これ以上強靭な精神を持った人間は、地球上にそうはいないと思わされる。このギャップも魅力か。

そこを何とかボタンを押し、内田と話をしにいった。

「コリンとは相性がいいのよ」

日曜日も同じ曲目だけれど、聴きに行くことにした。