月の瓶詰~ブログ版~

こぼれゆく時の欠片を瓶詰に。

『告白』によせて。

2011-04-28 17:48:00 | モノガタリ
湊かなえさんの『告白』を読んだ。(映画は未見。)
買ったのはかなり前だが、何だかんだで後回しになっていた。

やられた…(と、遠い目をする)。

いつの日か、『藪の中』のようなものを書きたいと思っていた。
あるいは浅田次郎さんの『壬生義士伝』のような。
神の視点で描くのではなく、
どこかにあるはずの、しかしたどり着けるとは限らない真実をめぐる物語。
真相に手が届きそうになったり、遠ざかってしまったり。
その理想型に近いものを、『告白』で描かれてしまった。

悔しいけれど、面白い。

それにしても、
「信奉者」と「伝道者」はどこまで本当なのだろう。
妙なところがいくつかある。
一旦は通り過ぎてしまうのだが、よく考えると変なのだ。
あの二人は、わざと悪人ぶっているような気がしないでもない。

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作中にも出てくる、1997年のことを思い出した。
いや、正確には「思い出した」のではない。忘れてはいないのだから。

自分が立っている場所はどこなのか。
違う道なのか、同じ道なのか。
違う道だとしたら、何が道を分けたのか。
同じ道だとしたら、どうすればいいのか。

ゼロ年代前半の法学部には、
その答えを知ろうとして流れ着いた人が多かったような気がする。
皆、事件について詳細に覚えていた。
他の世代の人達とは明らかに温度が違っていたと思う。

これもまた、「影響を受けた」というものなのだろうか。
確かに人は、どうしようもなく互いにつながっているらしい。