風の生まれる場所

海藍のような言ノ葉の世界

空や雲や海や星や月や風との語らいを
言葉へ置き換えていけたら・・・

まーちゃん作家になる④「しーちゃんへの手紙」

2007年10月15日 09時06分48秒 | まーちゃん作家になるシリーズ








自分でもこれほど動揺するとは思ってみないことだった。

いつものように一晩寝ればしゃきっと頭を切り替えて、

さぁ~、今週も通院に執筆に頑張るぞ~、となると思っていたけど、

そんなことはただの幻想で、ただのまやかしで、自分への気休めでしかなかった。








お酒で鶏肉をもみもみしているときも、

生姜をみじん切りしているときも、

フライパンから煙がもくもくと立ちこめ、私はどうかしてる・・・・・・・と思った。

ちびのお弁当、鶏肉のチリソースをいつものように3人分つくっている間も涙が止まらないから、

家族全員が「鬼の目にも涙だね」と言って私を笑いものにしている。

その声すら腹が立つよりも前にまず寂しさがこみ上げて、

そのうち、えーんと声を出して泣き始めたところで、

鬼の目にも涙じゃなさそうだ、ということで月曜日の朝の食卓はしーんと静まり返った。

みんなが妙に優しい。

ヨーグルトをくれたり、ぶどうの皮をむいてくれたり、薬を飲むためにって白湯を用意してくれたり。

けれどね、そんなことじゃないの。

私は山内が傍にいてくれないと、疾患と付き合っていくことはできない。

作り笑いすることも、点滴の苦痛に耐えることも、立っていることも、

なんにもひとりでできない現実を、今までみないようにしていただけだった。

たくさん山内に甘えていたことをこんなことで知るなんて・・・・・・








しーちゃん、山内が大学病院の医局へ戻ってしまうよ。

私ね、彼でなければ二人三脚できない。

障害の受容に時間を費やしたときよりも辛い。

受容には時間の長さが必要だったけど、今回の山内の件はこころに影を落としたわ。

どうして?

恋人とも家族とも友人とも違う関係との山内に、

どうしてここまで私は心を揺さぶられてしまうの?

こころではなく魂を両手でつかまれて、ゆさゆさと左右に動かされている。

針をさされるように、ちくちくと痛い。

どくどくとそこから血が流れ出ていってしまう。

点滴が終わって放置しておくと、管に血液が逆流をはじめるように。









彼にとってこれは喜ばしいこと。

次期某医学学会総会への口演のために、

シャネルやルイビトンのネクタイを奮発しようとか思ってあげられるのだと私は考えていたの。

けれど、現実は違った。

自分のことなのに、自分がちっともわかっていなかった。

私がどれだけ彼に救われてきたのか、支えられていたのか、頼りにしているのかを

ふいに届けられた看護師からの話で、突如として現実を突きつけられてしまった。

まだ時期早々の便りをこちら側のこころの準備のない中で

はい、受け取ってと無理やり手に掴まされてしまったよう。







彼の望むところなのかなぁ?

自分がね、ぎりぎりの精神状態で生きていることを知ったの。

通常の仕事ができなくなってしまった今、私は作家になるという夢を自分へ託した。

その夢を現実のものにしたとき、山内が抱える患者へも山内自身へも

希望を届けられると信じて疑わなかった。

けれど、それは違った。

私は山内が傍にいなくなることで不安に包まれてしまった。

闇の中に突き落とされてしまった感じがして、そこからの這い上がる方法を見出せずにいる。






泣ける胸がないのなら、山内の胸で泣けばいいとしーちゃんは言った。

それしかない。

まーちゃんの気持ちを山内に伝えることで何かがかわる。

そんな気がする、としーちゃんは言う。

泣いてもなにもかわらないかもしれないけれど、笑顔ではなく、涙を。

私の涙をみて、山内は動揺する。

だから、手術の予定を調べて、邪魔にならない時期を見計らい、

彼へは感情をぶつけてみるわ。

素直に、激しく、けれど、弱々しいだけの自分を。



 



しーちゃん、今日はね、

友人が弁護士になるためのランチョン激励会に呼んでもらっているの。

43歳にして会社を辞めて、家族もそれを応援してくれている。

大学院に入学し直し、人権派弁護士を目指す元ラガーマン。

私、笑って激励できるかなぁ?

作家を目指しているんだよね?と聞かれたとき、はい、って元気よく答えられるかなぁ?

めそめそしないでもつかなぁ?

その後、私は点滴に間に合うように一足先にお暇するんだけど、

病院へは行きたくない。

 


 

医局制度があるところは、本人や患者の希望などなく、組織の中で命令される。

泥中で山内は何を思い、何を考えているのだろう・・・・・・・・








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