風の生まれる場所

海藍のような言ノ葉の世界

空や雲や海や星や月や風との語らいを
言葉へ置き換えていけたら・・・

まーちゃん作家になる③ 「日曜日の静かな病院にて」

2007年10月14日 22時48分37秒 | まーちゃん作家になるシリーズ







「どうですか? 主治医の先生は?」と時々みかける看護師から質問を受けた。

誰もいない病院、処置室には私と看護師のみ。

何か話がしたいのだと直感が真意を嗅ぎ取り、

「あのままですよ、あのまんまの人」と私は答えた。








「・・・というと?」と、右に少しだけもたげた頭がさらさらとした髪を動かした。

「正直な人よ、私は患者だけれど、彼には名前だけではない医師に成長して欲しいと希って

いろいろと無理難題をぶつけてきたのよ。

はじめは戸惑っていたみたい。けれど、彼は私から逃げも隠れもせず、

見捨てずに今の信頼関係があるのよ」









「大学の医局に戻るというお話は、あなたになら・・・・・」

看護師は点滴の準備をしながら話を続けた。

「予感はあったわ、某医学会に出席しているあたりから、その予感はあったわよ」

といいつつも、私は戸惑っていた。

そんなのは嘘だ。

予感なんてものは。

困惑を隠すことが動作をぎこちなくさせる。










生意気ながら彼を一人前の心ある医師に成長させることだけを希求し、

彼の症例となる私の疾患詳細や、

私を踏み台として、患者への厳しい現実の告知を彼の口からさせるつもりでいたのに。

意味もなく涙がこみ上げてきた。

点滴の意味などないくらいに、体内の水分は涙として排出され続けている。

大学の医局へ戻る・・・・・

彼の年齢では脳外科医として立派過ぎる手術の腕前がある。

人格も、あの笑顔も、貧乏ゆすりも、猫背も、彼のすべてが医師としての素質なのだ。








希求していたことがいざ実現するというのに、なぜ私は号泣しているのだ?

国内でも海外でも移動が決まればついていくこと、主治医をかえないこと、

私を見取るのはあなたしかいないと冗談では今までにも何度も伝えてはきたものの、

二者面談のときを待たずに、

主治医はその選択の泥中で何を考えているのだろうか?










「私は思うのですよ、彼はあなたという患者さんに出会うことで成長したのだ、と。

医師の出来にはどのような患者さんとの出会いがあるか否かで、

その資質や力量を試され、苦闘し、励まされ、

成長の階段をはじめて登ることが許されるということを」










今日も急患の緊急オペで手術室に缶詰だと耳にした。

納得がいかないとひどく落ち込むこと、もともとネガティブな性格であること、

それらを彼も私には隠して、診察室のドアを開けると、

点滴中の処置室のベッドで、満面の笑みをうかべて私をみつめていたのだ。









世界中からかき集めたような寂しさに包まれていた。

心の準備ができるまで、私は彼には会えないだろう。

私を強く逞しい患者だと信じて疑わない主治医への唯一のはなむけは、

診察室でその姿勢を崩さないことだ。

けれど、違うのよ。

あなたが知らないところでたくさんの涙を流してきた現実があり、

弱々しい患者であり、ひとりの女なのよ。









笑って会おう。

心の準備をさっさと整えて。

あの満面の笑みで出迎えられる診察室で、

私への厳しい告知をこの病院での最後の仕事に与えよう。

そして、私は主治医を変えずに大学病院へ通院する。

点滴は今の病院のまま、引き継ぐ医師も指名して。

けれど、私を看取るのは彼の医師としての使命だ。









片思いが終わる。

だからといって、涙が流れた理由ではない・・・・・・

 

 

 








 


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