弁理士『三色眼鏡』の業務日誌     ~大海原編~

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地域ブランド化と6次産業化で強い農業を目指せ…?

2016年01月08日 09時11分58秒 | 知財記事コメント
おはようございます!
今日はだいぶキリッと冷えた湘南地方です。

さて、今日もこんな知財記事から。

(以下引用)
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TPPで注目される「地理的表示保護制度」とは?
地域ブランド化と6次産業化で強い農業を目指せ

農業による地域振興の動きが活発化している。
後押しするのは、国内で始まった地理的表示保護などの制度や、
生産・加工・販売などを一貫して行う「6次産業化」への支援などだ。
各地で起こりつつある取り組みについてみてみたい。


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(引用終わり)

記事内容そのものは、まぁここまでの農業知財トピックスのダイジェスト版のようなものなので
それほど新味のあるものではない。
記事の文末の
「いまこそ農業者がビジョンをもち、売れる仕組みを自分たちで考えることが求められているのだ。」
というのも、よくあるまとめの一言だ。

ある種、正論だ。 というか、当たり前のことだ。

ただ、
この記事の記者さんを責めるつもりはないが、どうにも見立てがバラ色すぎる。

GIにより価格が向上したEUの例に言及している。
5%から300%までさまざまだが、
「登録されていない同等の品質を備えた産品より高い価格で取引されている」
という。農家の手取りも多くなる、という。

しかし、本当にそうか?
GIがついているから高い価格で取引されるのではなく、
もともとプレミアムがついていた商品だからGI登録が認められる状況なのではないか?
(GIが無価値、といっているわけではないので念のため。
 説明省略機能、というのは、購買時の対比観察にさらされる場面では極めて雄弁に機能する。)

また、6次産業化について。
一般に、起業の成功率(ここでは10年後の生存率、としておく)は6%と言われている
(ちなみに「1年もつ」率でさえ、40%だそうだ)。
6次産業化、という別の言葉を使ったとしても、
農業者にしてみれば、「不慣れな分野の新規事業の立ち上げ」に他ならない。
いざとなれば戻れるフィールドがある分、「副業」に近いのかもしれない。
マーケットで差別化できるだけの品質を実現できる根拠を持ち合わせた商品はどれだけあるか?
国が予算を26億8400万円も投入するから成功する、と思っているなら
もとより事業として自立することは期待できない。

確かに、GIその他の知財制度を活用することは事業の後押しになる。
ただそれは、決して「商標取ったから一杯売れる、或いは高く売れる」
ということではない。単なるフレームだ。
中身が市場の目に魅力的に映るものか、を、
走り出す前にしっかり練る必要がある。
知財は、ガチの競争市場に飛び込むにあたっての羅針盤であり救命胴衣ではあるが
モーターではない。
せいぜい、
・羅針盤があるから迷わず進んでいける
・救命胴衣があるから溺れることを恐れず漕ぎ出していける
という程度のものだ(“程度のものだ”と書いたが、これらがない船の末路は、自明だ)。
“同等の品質の商品”
(当職はこの表現自体に懐疑的だ。「品質」は情緒的価値も含む概念である以上、“同等”はありえない)
よりも高い価格設定が可能なのは、既にオリジナルなブランドを築くことに成功しているからだ。

6次産業化予算の恩恵にあずかることができたとしても、
それはせいぜい出港の際に渡される「餞別」程度に思っておいたほうが良い。
そこから漕ぎ出していく海原は、広く果てしなく未知数だ。


なにも、農業者が余計なことをするな!などと思っているわけではない。全くない。
しかし、こういうトーンで
「いや、今結構良い環境だし、やってみたら意外とうまくいくかもしんないからやろうよ!」
的な記事は、当職には「無責任」に見えてしまう。


あなた、自分の身内にも同じように言うのですか? と。


新しいことをはじめるとき、「思い切り」や「勢い」や「覚悟」は必要だ。
現状をブチ破るエネルギーは逡巡の中からは生まれない。
しかし、「熟慮」と「戦略」のない「思い切り」は暴走でしかない。
「知識」と「見識」のない「勢い」は蛮勇でしかない。

そして、「覚悟」は、
正しい情報を入手し、
考えすぎなくらいしつこくシミュレーションをし、
事業プランを練り上げる過程で育てられ試される情熱の中でしか生まれない。

農業者にまず必要なのは、「売れる仕組みを自分たちで考えること」なのではなく、
本当に新しいビジネスをやる、という「覚悟」だ、と当職は思う。
コメント
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