イサクの燔祭
あるとき神は、アブラハムの信仰を試すために言いました。
「あなたの愛するひとり子イサクを燔祭(はんさい)として捧げなさい」。 燔祭とは羊などを殺し、祭壇で焼いて神に捧げる儀式です。
アブラハムはイサクに薪を背負わせ、刃物を持って神から指示された場所へ急ぎます。 何も知らないイサクが尋ねます。
「お父さん、犠牲にする子羊はどこにあるの」
アブラハムは「神様が用意して下さる」と答えます。
現場に着くと、アブラハムは祭壇を築き、薪を並べ、イサクを縛ってその上に乗せました。 彼がまさに我が子を刃(やいば)にかけようとしたとき、天から声がありました。
「あなたは、あなたの愛するひとり子さえ惜しまないので、神を恐れるものであることがよく分かった」
アブラハムが目を上げて見ると、お後ろに、角を藪(やぶ)に掛けている一頭の雄羊がいました。彼は我が子の代わりに燔祭として捧げた。
創世記22章にでてくる記述を予約すると以上のようになります。
この物語は、「神は人類を救うため、ひとり子イエスを犠牲にされた」という新約聖書のテーマとイメージが重なるため、昔から多くのキリスト教美術題材にされてきました。
物語の背後にひそむ史実と伝承
この物語は「E文書」に属しています。北のイスラエル王国では、神をエロヒームElohimと呼んでいました。神はEL(エル)、その複数形が、Elohim(エロヒーム)。
そこで、旧約聖書の原資料のうち、北のイスラエル王国に起源を持つものを、現代の学者がE文書と名付けました。
イスラエル王国の隣のフェニキアには実際に長男を燔祭として神に捧げる習慣がありました。 その風習がイスラエル王国にも伝わり流行したので、それをやめさせるために「アブラハムとイサクと雄羊」の物語が創作されました。
大英博物館の54号室に、シュメールの「ウルの王墓」から発掘された「角をヤブに掛けている山羊(やぎ)」の像があります。
実際にはテーブルの脚の役目を果たしていたらしいようですが、この像の背景には何か物語があって、それが旧約聖書の物語に、ひとつのインスピレーションを与えたのではないか、という説があります。