22日、ウクライナのミサイル攻撃で損傷したセバストポリの黒海艦隊司令部=米プラネット・ラブズ提供・AP
ウィーン=田中孝幸】
ウクライナ軍が2014年からロシアの占領下にあるクリミア半島の奪還に向けて攻勢を強めている。
今月中旬からほぼ連日で軍施設へのミサイル攻撃を実施。黒海艦隊司令部への攻撃では艦隊司令官を含む将校らが死亡したと主張した。
ウクライナ軍は同半島とロシア本土をつなぐ補給路があるウクライナ南部の奪還も進める。同半島の奪還を最重視する裏には、停戦を視野に入れた長期戦略が透ける。
25日も同国南部ザポロジエ州の要衝トクマクに向けて前進を続けた。ウクライナメディアやロシアの軍事ブロガーによると、ウクライナ軍は8月末に制圧したロボティネ南方でトクマクから約20キロメートルの地点にあるノボプロコピフカに進軍した。
6月に反攻作戦を始めたウクライナ側は同半島のロシア軍部隊の補給線を断つことで「兵糧攻め」にし、撤退に追い込む戦略を描く。そのための当面の目標としてトクマクの制圧を掲げる。
奪還できれば南方約60キロメートルにある主要都市メリトポリが砲兵の射程圏に入り「クリミア半島のロシア軍への補給線を寸断できる」(大統領府幹部)ためだ。
同州の反攻を指揮するタルナフスキー司令官は米CNNに、トクマクの制圧は「最低限の目標」と指摘。その後に「大きな突破口が開ける」との見通しを示した。
海路や空路の補給ルートへの攻撃も強めている。ウクライナ軍は13日には同半島の主要都市セバストポリの造船所をドローン(無人機)などで攻撃し、大型揚陸艦と潜水艦を損傷させた。
21日には半島のサキ航空基地をドローンやミサイルで攻撃し、大きな損傷を与えた。22日にはセバストポリのロシア軍の黒海艦隊司令部へのミサイル攻撃に成功した。
22日、ミサイル攻撃を受けて煙を上げるロシア黒海艦隊司令部の建物=ウクライナ南部クリミア半島セバストポリ=タス共同
ウクライナ軍の25日の声明によると、司令部は修復不能な打撃を受け、艦隊司令官を含む将校34人が死亡したという。
英国防省は26日の戦況分析で、司令部への攻撃により「(艦隊が)広域のパトロールを続け、ウクライナの港湾を事実上封鎖する能力は低下する可能性が高い」と指摘した。
現地の民心をロシア当局から離反させるための心理戦にも余念がない。ベレシチュク副首相は23日、同半島に住むウクライナ人に避難を呼びかけ、同国による奪還が近いとの印象を広げた。
ウクライナがクリミア半島の奪還を急ぐ背景には、西側の支援継続への不安がある。ロシアが長期戦に持ち込む姿勢を示すなか、「支援疲れ」がみえる欧米各国が来年以降も巨額の軍事援助を続けるかどうかは見通せない。
米下院多数派である共和党では追加支援への慎重論が根強い。トランプ前大統領はバイデン政権の対ウクライナ政策を批判してきた。前大統領が来年秋の大統領選で返り咲けば、ウクライナへの軍事支援が絞られる公算が大きい。
バイデン政権は中国の軍事的脅威への対応も重視する。それだけにウクライナでは早期に停戦を実現したいのが本音で、同国に現実的な道筋を描くように求めているとみられる。
米紙ワシントン・ポストは6月末、ウクライナが南部と東部の多くの領土を今秋までに奪還したうえで、停戦交渉を年内に始める計画を立てたと報じた。
ゼレンスキー政権の中枢と密接に連携をとる西側諸国の高官は「全面侵攻前に占領されていたクリミア半島を奪還できれば政権にとって大きな戦果で、一時停戦の政治的環境がかなり整う」と語る。
クリミア半島の先住民族団体、クリミア・タタール民族会議のジェミレフ元議長も「ウクライナ軍がクリミアとの境界に達した時に(半島からのロシア軍撤退と停戦に向けた)ロシアとの話し合いが始まる」と予測する。
ただ、来年3月に大統領選を控えるプーチン大統領が同半島からの撤退をすんなり受け入れるとの見方は少ない。市民を巻き込んだ徹底抗戦の態勢をとる恐れもある。
ウクライナ側は、ロシア軍が撤退時に市民の生活インフラを破壊する焦土作戦に及ぶ可能性があると警戒を強めている。
オーストリアのワルター・ファイヒティンガー戦略分析センター長は「戦局は重大な局面に入っており、この2〜3週間で双方の前線部隊がどれだけ増援を得られるかがカギになる」と指摘する。
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日経記事 023.09.26より引用