NTTドコモなどは無人航空機を飛ばして地上と通信する「空飛ぶ基地局」
(HAPS)を2026年に商用化すると発表した
スマートフォンの電波を空から降らせる構想が現実味を帯びてきた。
国内通信会社は衛星や無人飛行機を活用して、数年以内に災害時やこれまでエリア化できなかった場所で「空からのエリア化」を実現させていく計画だ。
上空20キロを旋回飛行しエリア化
6月3日、NTTドコモは同社やNTTとスカパーJSATの共同出資会社「Space Compass(スペースコンパス)」など4社が、コンソーシアムを通じてエアバスの子会社であるAALTOに最大1億ドル(約150億円)を出資すると発表した。
無人飛行機を飛ばして地上と通信する「HAPS」を使い、2026年にも日本国内で空からのネットワーク構築を行う計画だ。
HAPSとは、太陽光発電機とバッテリー、通信機器を積み、上空20キロの成層圏をグルグルと旋回飛行して地上をエリア化していく技術だ。1機あたり、直径100キロをエリアにしていく。スペースコンパスが国内でHAPS事業を手掛ける。
実はHAPSに関しては、ソフトバンクが2017年ごろから検討を進めている。しかし、開発を進めるうちに、成層圏に無人飛行機を飛ばし続けることの技術的な課題が見えてきた。
バッテリーや太陽光発電機、機体の耐久性など一つ一つの課題を潰している状態だ。
そんなソフトバンクは日本での事業展開について明言を避け続けている。なぜなら「赤道近くでHAPSを展開するのは可能だが、日本は緯度が高く、太陽光で発電し、飛行し続けるのは難しい」(関係者)というのだ。
まずは、緯度の低いところからサービスを展開し、バッテリーや発電技術の進化を待って、日本での展開につなげたい考えだ。
一方、NTTグループは「2026年に商用サービスを開始する」と断言する。
スペースコンパスの堀茂弘Co-CEOは「2022年には日本南部の緯度に相当する米国のアリゾナ州からフロリダ州の間を64日間飛び続けた実績がある」と話す。
「北海道まで飛ばすための機体開発ロードマップがあり、裏付けとなる実績もある」と胸を張った。
さらに「ソフトバンクも熱心に取り組んでいると聞いているが、HAPS市場自体が立ち上がっていない状態。競合というよりはお互いに切磋琢磨(せっさたくま)して市場をしっかりつくっていくことが大事だ」(堀氏)とした。
スターリンクとの違い
もう一つ、気になるのが衛星サービスである「スターリンク」との違いだ。
スターリンクはすでに数千機の衛星を飛ばし、世界規模で衛星ブロードバンドサービスを提供。
戦禍にあるウクライナでも通信サービスを提供しただけでなく、今年1月に起こった能登半島地震でも、スターリンクの衛星通信サービスによって、携帯電話の通信ネットワークを回復させられたり、避難所のWi-Fiスポットの通信回線として機能した。
スターリンクはこの実績を基に、新たにスマートフォンと直接通信できる衛星ネットワークを準備中だ。
KDDIはすでにスターリンクを提供する米スペースXと提携し、2024年中にはスマートフォンと衛星との直接通信サービスを提供する。
スターリンクの衛星は地上550キロを飛び、将来的には数千機の衛星で地球全体をカバーしていく。スターリンクとしては日本ではKDDI、アメリカではTモバイルと提携するなど、各国の通信事業者に向けて衛星サービスを提供することで、事業基盤を築きたい考えだ。
同様に楽天モバイルも、アメリカの衛星スタートアップであるASTスペースモバイルと組み、2026年内にはサービス提供の予定だ。ASTは先日、アメリカでAT&Tと正式契約するなど、着々とサービス開始に向けて開発を進めている。
スターリンクはすでに実績がある一方、ASTはスタートアップということで、事業化までに資金を集められるか、今後、きちんとビジネスを回せるのかに注目が集まる。
スターリンクが手掛ける衛星通信サービスに対して、HAPSには勝ち目があるのだろうか。堀氏は「よく聞かれる質問だ」としながらも「勝ち負けではない。そもそも違うものだ」と一蹴。
「HAPSはエリアカバーでは衛星に勝てないが、カバーした面積あたりのキャパシティー(通信容量)では、高度400〜2000kmを飛行する低軌道衛星(LEO)よりもスマートフォンの直接通信では優位になる」と力説する。
ソフトバンク関係者も「衛星は世界レベルでのエリアカバーとなるため、莫大なコストがかかるが、HAPSはスポット的にエリア化していくため(衛星に比べれば)安価なコストで済む。機動力の高さも魅力だ」と語る。
「インフラ維持に活用」
空からの通信サービスで、もうひとつ課題となるのが収益性だ。例えば、いまだにインターネットが普及していないようなジャングルや砂漠であれば、空から電波を飛ばすことでエリア化される。
インターネットが使えるようになることで、地上にいるユーザーが通信料金を支払ってくれることだろう。
しかし、すでに日本では携帯電話各社のエリアカバー率(人口)が99.9%以上だ。それこそ富士山の頂上だって、電波が届き、SNSで写真を送れるほど、人が行きそうなところはすでにエリア化されている。
確かに災害時にスマートフォンの通信が断絶した際、空から電波を飛ばすという需要は大きいのは間違いない。しかし、通常時にどれだけ空からの電波が必要とされるのか。空から電波を飛ばしてエリアを広げることは「もうかる」ビジネスになるのか。
堀氏は「日本は人口減少社会だ。
一方、NTTはユニバーサルサービスの提供義務があるので、全国に設備を持っている。今までのように地上にあるネットワークを使って整備する方法はやり尽くしてしまっているなか、HAPSや衛星を使い、インフラを維持していくことも検討すべきだ」という。
堀氏が指摘するように、NTTは、全国に電話サービスを提供し続ける義務を負っているため、国内の固定電話事業は赤字だ。
現在、ユニバーサルサービスの将来像を模索する議論が進む中、NTTはユニバーサルサービスの提供方法に、固定回線だけではなく、携帯電話などを含めようという主張を繰り返している。その際、携帯電話の通信は衛星やHAPSを介すルートも水面下で検討しているようだ。
NTTとしては、山間部や離島に通信ケーブルを敷設し続けるのはコスト的にも無理がある。
それであれば、いっそ、衛星やHAPSを使って、全国に電話や通信サービスを提供する方が手っ取り早いというわけだ。
堀氏は「現状は当然すべて計算が成り立って、HAPSのコストがペイすると言える状態ではない。技術としては未熟な状態ではあるが、熟成したからやるというのではなく、多少のチャレンジがあったとしても、今こそ取り組む必要があるのではと考えている」と語る。
まさにNTTグループにとってHAPSは、人口減少社会を見据えたユニバーサルサービスの救世主になるかもしれないのだ。
月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。ラジオNIKKEIで毎週木曜午後8時20分からの番組「スマホNo.1メディア」に出演(radiko、ポッドキャストでも配信)。
NHKのEテレで「趣味どきっ! はじめてのスマホ バッチリ使いこなそう」に講師として出演。近著に「未来IT図解 これからの5Gビジネス」(エムディエヌコーポレーション)がある。
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