ウチの集落の集会案内状。
「カフェ インターナショナル」
同じ名を持つ集会が、街中でも開催されている。
難民と一般市民の交流の場として、今年から定期的に開催されている。
「カフェ」などと名前が付くと、コーヒーなどを飲ませる飲食店のように考えてしまうが、ここでは何かの集会に「カフェ 〇〇」と名づけたものが多く存在するのを見てきた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/7b/4829e685b534d868a4f386545c0c974a.jpg)
とうとう、人口15000人のこの集落でも難民理解を求める場が作られたか、と思った。
集落の中を運行するバスの中でのできごと。
前方に二人の若者が座っていた。ドイツ語でない言葉を使っていたが難民かどうかは判別不能。
その後ろに6名ほどの年齢層の違うドイツ語を話す人たち(おそらくドイツ人)と私が座っていた。
若者二人が下車した後、その他6名は、お互いに知り合いではないのに、何かを話し合い始めた。
「難民」という言葉がところどころに出てきて、なにやら深刻そうに語り合っていた。
もしかして、さっき下車した二人のことを話しているのか?
バスのエンジン音が大きくて、なかなか聞き取りが難しかったのが残念だ。
その若者二人は、大きな音で音楽を聴くとかおしゃべりをしていたとか、そういうわけではなった。
いったい、何が気に入らなかったのか。
あるいは、この集落にいきなり増えた難民について、この二人がきっかけになって話し合っていたのか。
いずれにせよ「難民が来て嬉しい」という話題でなかったのは、彼らの話っている声の調子や表情で明らかだった。
以前、二度ほど、私が難民かどうか、尋ねられたことがあった。
一人は子供、もう一人は酔っ払いだった。
このバスの中では、誰も私を難民だと思わなかったのだろう。
最近は、見かけで中国人と日本人の区別ができるドイツ人も多い。
私の前で難民の悪口を言ってもいい、と判断したのかな。