晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

ベルンハルト・シュリンク 『朗読者』

2009-08-31 | 海外作家 サ
この本の帯に、各界著名人の絶賛コメントが載っていて、
しかもドイツやアメリカで大ベストセラー、さらに映画化まで
もがされるとなると、期待は膨らむのですが、まあ他人の
評価を絶対視してしまうのは危険なので、ここは冷静に読
みはじめたら、うーん、面白かった。号泣はしませんでした
けど。

舞台設定は、1960年代のドイツ。15歳の少年ミヒャエル
はある病気に罹ってしまい、街中で突然吐いてしまいます。
そんなミヒャエルを助けてくれた女性は、家まで運んでくれて
介抱してくれます。その女性の名はハンナ。
市内の鉄道会社に勤務する、ミヒャエルの21歳年上の36歳。
ミヒャエルは故意に落ちてしまい、ハンナのアパートに通うよ
うになり、ある日は働いてる彼女の姿を見るため、鉄道に乗り
ますが、彼女は目を合わせてくれません。
それどころか、会話の端々で怒ったり、黙ったり、その原因は
ミヒャエルには分かりません。

そして、またいつものように彼女のアパートに行くと、彼女は
いません。ミヒャエルに黙って引っ越してしまったのです。

ミヒャエルはやがて高校を卒業し、大学へ進学。ハンナ以外
の女性とも恋愛するようになります。
あれから数年が過ぎ、ミヒャエルはハンナを思いもよらぬ場所
で見ることになるのですが・・・

はじめは少年が年上の女性に恋する淡い恋愛物語だと思って
いたのですが、読み進めていくうちに、ドイツという国が持つ
忌まわしい過去、悲劇が絡んできて、そしてハンディキャップ
を持つ人間のそれを隠しながら生活する大変さ、知られたくな
いための苦悩などが描かれ、『朗読者』というタイトルの意味が
とても重く感じます。
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ディーン・クーンツ 『心の昏(くら)き川』

2009-08-29 | 海外作家 カ
ディーン・クーンツの作品では、主人公サイドの対立側である
敵というか安全を脅かす存在の描き方が、少しずつ少しずつ
その正体を明かしてゆくのですが、対峙するまでのじわりじわ
り感がなんともじれったいというか、恐怖心を煽るのです。
それが醍醐味であり、ヒットの法則とでもいうのでしょうか。

この作品は、おどろおどろしいモンスターでもなければ、謎の
エイリアンと対決するわけでもありません。
その正体は「謎」というカテゴリーは一緒なのですが、主人公
を執拗に追いかけるのです。

頬に傷を持つスペンサーは、ある日何気なく一軒のバーに入り、
そこの店員ヴァレリーのことが気に入ります。
翌日ふたたびそのバーに赴くのですが、彼女は休み。どうしても
会いたくなったスペンサーは、昨夜ヴァレリーの帰宅のあとを尾行
して、彼女の家を知っているので、家へ向かいます。
チャイムを押しても出ず、明かりはついていません。ドアノブをまわ
してみると、鍵はかかっておらず、スペンサーは入ってみます。
しかし彼女はどこにもいません。しかしその時、窓から暴徒鎮圧用
のゴム弾と催涙煙が!そして、特殊部隊とおぼしき格好をした複数
の男がヴァレリーの家に突入します。

命からがら逃げおおせたスペンサーは、家に戻り、彼女の身辺を
コンピュータで検索しますが、ヴァレリーという名の女性はどこにも
いなく、なぜ彼女がSWATのような組織に狙われなければならな
いのかわかりません。

スペンサーがヴァレリーの家から逃げ出す時、じつは写真を撮られて
いて、解析の結果、かつてロサンゼルス市警に所属し、その前には
陸軍のレンジャー部隊に所属していたスペンサー・グラントであるこ
とが判明。ただちに組織はスペンサーを探します。
ヴァレリーはどこに消えたのか、ヴァレリーを追うなぞの組織とは。
この組織は、政府系組織でもなく軍関係でもなく、それでも簡単に
政府系組織や州組織の命令系統に入り、身分を詐称して指揮でき
るのです。

ヴァレリーを追う組織は、彼女の家にいたスペンサーと彼女がなに
かしらつながりがあるとふんで、スペンサーの身辺調査をするので
すが、高校を卒業して陸軍に入る前の経歴は嘘で、しかも現住所の
名前、電気やガスの契約者も嘘。スペンサー・グラントという名前は
架空の人物だったのです。

これにはスペンサーの忌まわしい過去が関係してくるのですが・・・
そして、いったいヴァレリーは何をしたのか、彼女の過去とは・・・

登場人物の人物像や背景がきちんと描かれていて、ただのサスペ
ンスではなく、人間ドラマとしても楽しめました。
政府や政治家は国民のために存在し、国民の安全や安心を守る
ために仕事をするのですが、その権力に溺れてしまうと、ある日
突然、国民に向かって牙をむけることもあるという、まんざらフィク
ションといえなくもないなあと、怖くなりました。

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夏目漱石 『吾輩は猫である』

2009-08-26 | 日本人作家 な
日本人の大多数は夏目漱石の名前はもちろんのこと、作品も
『坊ちゃん』くらいは読んだことがあると思うのですが、さてでは
他の作品はどうかというと、作品名くらいは知っていても読んだ
ことはないという人が多いでしょう。

かくいう自分も、恥ずかしながら『坊ちゃん』しか読んだことのな
いクチでして、しかも『吾輩は猫である』は短編だと思っていたの
ですが、けっこう長編で、文庫にして475ページもありました。
というのも、『猫』に関しては、一行目の文章があまりにも有名
で、明治大正時代の冒頭の文章が有名な小説というのは大抵
が短編ですので、『猫』も勝手に「こりゃ短いんだろうな」と決め
付けていた節があります。

内容はまあ書くまでもないのですが、学校の教師宅で飼われて
いる猫の視点で、主人やその家族の猫から見れば奇異な暮らし
ぶり、家に訪れる主人の友人や書生たちとの会話を、ちょっと上
から批評したりします。

というか、正直いうとこの作品は、はじめの第1章だけ読めば充分
面白いのです。あとはなんだか、取り留めのない会話が延々と続
き、猫の思想がたらたらと書きつづられ、そして話の繋がりに脈が
なく、これを解説では「話の筋がない」と評しておりましたが、(筋
がなくてもじゅうぶん楽しめるという小説形態を評価しています)
たしかにそう言われれば、話の断片断片を別の話として考えれば
そう理解できなくもありません。

『坊ちゃん』では、ストーリーよりも登場人物のキャラの印象が強い
ように、キャラの立たせ方というのに漱石は秀でているようで、『猫』
でも、先生はもちろんのこと先生宅に訪れる人たち、近所の金持ち、
魚屋、寮に住む学生たち、そして猫の友達はキャラが確立されてい
て、これら強い印象を持たせる人物設定をして、相関で見てみると
きちんとまとまりがあって、しょう油とソースと味噌と酢を目分量で鍋
に入れて味をまとめるのは容易なことではありません。
天才的な相関の作り手なのか、もともと漱石の周りに個性的な人物
だらけだったのかは分かりませんが、庶民にフォーカスを当てて作品
を描くというスタイルは、漱石が留学していた時に読んだディケンズの
作品の影響が大きいようです。

時代は江戸の武家社会から明治の近代文明国家へと移り変わって、
それまで善と思っていたものが悪になり、それまで悪とされていた風
習などが善となる、ころころと思想信条までもが変わり、己の立ち位
置が定まっていない人の多い中、普遍的な猫が人間を嘲笑する、つま
るところ、当時の体制批判、欧米追従への批判となっているのです。

もっとも、純粋に猫好きな方ならば、滑稽な仕草の裏では猫はこんな
ことを考えていたのか!と笑ってしまいます。
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宮部みゆき 『天狗風』

2009-08-21 | 日本人作家 ま
この作品は、「霊験お初捕物控」シリーズ第2弾で、第1弾は
「震える岩」という赤穂浪士や吉良など忠臣蔵にまつわる幽霊
騒動を描いた作品で、主な登場人物をそのまま引き継いでの
かたちで続編となっております。

江戸日本橋にある一膳飯屋「姉妹屋」にはお初という娘と、その
兄嫁の姉妹が看板どおり働いており、人気の店。お初の兄は岡
っ引きをしていて、お初が幼少時代から霊体験をしていることを
霊験に興味を持つ奉行に会わせたことで、奉行から直接、市中で
起こる不思議な出来事の解決を頼まれることになります。

前作では、右京之介という算学者とともに100年前の忠臣蔵騒動
にまつわる呪われた岩の正体を暴き、奉行からは覚えめでたく、そ
してそんな「震える岩」事件からしばらく経ち、江戸市中では、娘た
ちがある日忽然と姿を消すという出来事が相次いで起こり、祟りだ
のかどわかしだのと騒ぎになります。

お初は右京之介とともに南町奉行所の奉行のもとに赴き、娘たち
の行方を探すことになります。どうやら、消えた娘たちに共通して
いることは、嫁入り前だということと、家族の誰かから憎まれてい
た、ということ。
そんな中、お初と右京之介は行方不明になった大工の娘の家を
見てまわっているときに、血の色と見紛うほどの真っ赤な景色に
包まれ、ついで強い風が吹き、どこからか謎の声が聞こえてきて、
動くはずのない大工道具や紙きれが突然動き出してお初に襲い
かかります。

娘たちの行方は。なぜ嫁入り前の娘が消えるのか。
そして謎の声の正体は・・・

この物語の重要人物というか、猫が出てきて、お初は猫と会話が
できるのです。この猫が事件解決に大きく関わってくるのですが、
猫とお初のやりとりがとてもユーモラスで、ともすれば陰鬱で陰惨
な事件に巻き込まれる話が続くところに、生意気な猫とウブなお初
との丁々発止が和ませてくれます。

時代小説ながら、どこか現代小説を読んでいるような気にさせられ
るのは、法律や文化、生活は日々進化して便利になっているとは
いえ、家族や暮らしといったものは不変であるということを上手に
描いているからでしょう。

日本の奈良時代の書簡に「最近の若者の考えてることがよくわか
らん」といった意味の文が書かれていたらしく、まあちょっとした落
書き程度のことなのですが、その当時「よくわからん」と思われて
いた世代が大人になり、今度はまた下の世代の思考が解らないと
ぼやき、それが脈脈と現代まで続いてると思うと、人間そのものは
数千年前からあまり変わってないんでしょうね。

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ディーン・クーンツ 『ウィンター・ムーン』

2009-08-17 | 海外作家 カ
タイトルだけ見ると、なんだかメルヘンチックともとれるのですが、
第1章早々からクスリで狂った男がガソリンスタンドで銃を乱射、
居合わせた警官ひとりとスタンドの店主が次々殺され、スタンド
に引火し、足を撃たれてかろうじて生き延びたもうひとりの警官
がその狂った男を射殺、という凄まじいシーンからはじまります。

舞台は90年代前半のロサンゼルス。「天使の街」はもはや天使
の住む環境は消え失せてしまい、代わりに悪がはびこり、暴行、
恐喝、クスリの蔓延、レイプ、殺人が横行する状態。
ガソリンスタンドの銃乱射放火事件で生き残った警官は、かろう
じて生き残ったものの重傷で、目の前で同僚が殺されていくのを
見るのは2度目とあってショック。
さらに、銃を乱射した男は映画監督で、死んだことにより英雄視
され、その信望者は警官の家に脅迫やらいたずらをする始末。

夢も希望も将来も見えないロサンゼルスに見切りをつけて、警官
一家はかつての同僚遺族から引き継いだ田舎の街に引っ越すこ
とになります。
小さな牧場もあり、大きな家の窓からは雄大な自然が一望、多少
の不便はあるものの一家は気に入ります。

しかし、この家に住んでいた老人の弁護士や生前知り合いだった
獣医の話によると、まず老人の死亡状態になにやら不自然な点が
あり、さらに死んだアライグマを動物病院に運んで、検査をしてくれ
と依頼してきたのです。
警官の妻は初日から不気味な気配を感じ、変な夢を見るようになり
ます。息子も変な夢を見て、そしてある日、息子は警官の父と遊ん
でいる時に、突然何者かにとり憑かれたように喋ります。

この家には、なにかが存在しているのですが、それは一体・・・

物語の前半は、ロサンゼルスで働く警官の過酷な環境下を、そして
この大都会の狂った日常を描き、後半は一転、田舎街で起こった、
エイリアンと戦う一家、というまったく違った構成となっております。

このエイリアンというのが、死んでしまった魂の無い肉体、しかし、肉
体自体は「存在」しており、その魂の抜けた物質にとり憑く、気持ち
悪いことこのうえないものです。
宇宙から来たのか、いつ来たのか、目的は、これらは明確にされて
いませんが、とにかくおどろおどろしい描写が臨場感タップリで、ここ
に人間ドラマも絡んで、単なるB級ではない仕上がり。
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ジョン・グリシャム 『裏稼業』

2009-08-15 | 海外作家 カ
本作は、これまで翻訳を担当していた白石朗さんではなく、
超訳という「意訳をさらに推し進め、訳文の正確さを犠牲に
してでも読みやすさ・分かりやすさを優先させる翻訳手法。
ときには大幅な原文の省略を行うことさえある」訳で書かれ
ており、賛否両論あるみたいで、ここではその是非を問うこ
とはしませんが、正直白石さんに慣れているせいか、いつも
のグリシャムらしさが物足りないというか、まあそれでもとに
かく読みやすさにこだわる超訳ですから、読みづらさはあり
ませんでしたけど。

アメリカ南部にある連邦刑務所は、州刑務所とは違い、快適
そのもので、囚人に対して、けっこうな自由が与えられて、所
内の治安は良く、監視の目もゆるいのです。それはここにいる
囚人は、詐欺や密売といった、脱走しても近隣住民に恐怖を
与えるような凶悪犯はいなくから。
そんな刑務所に3人の元判事がいて、所内の揉め事はこの3
人が擬似裁判をやって仲介をし、看守もそれを認めています。
この3人の元判事は、外にいる弁護士を介し、ある金儲けを
企んでいるのです。それは、同性愛者専門の雑誌に架空の
好青年でペンフレンドを募集し、食いついてきた人のなかから
金持ちでしかもゲイであることを隠して生活している人を選び、
脅して金を“ゆする”のです。

一方、話はシャバでの、それもCIA長官が頭を悩ませている
問題で、ロシア人の強硬派の危険人物が台頭してきて、やが
てアメリカの脅威になりそうだというのに、アメリカでは毎年、
軍事費は下がるいっぽうで、権力亡者の長官は軍事費アップ、
戦力拡大を掲げる人物を次期大統領に仕立て上げるため、無
名の議員を立候補させ、CIAはその候補に全面協力します。

CIAの姑息でルール無視の宣伝や作戦が功を奏し、無名だった
候補は各地で勝利。しかしそんな中、候補は家に戻ると、セキュ
リティガードの目をかいくぐり、市内の私書箱郵便へと向かうので
す。なんとその私書箱に入っていた手紙は、同性愛者「リッキー」
との文通であった・・・

車椅子で生活する高齢のCIA長官メイナードは、著者お気に入り
のキャラクターらしく、後に出版された「大統領特赦」という作品
にも登場し、そこでも権力亡者ぶりを発揮しています。

この作品は、意外で大胆な設定ではありますが、ドキドキハラハラ
感はあまりなく、純粋に物語性を楽しんだ、というような印象をもち
ました。
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マイクル・クライトン 『緊急の場合は』

2009-08-11 | 海外作家 カ
この作品は、妊娠中絶の手術で患者が亡くなり、その真相を
暴くという医療サスペンスなのですが、1960年代のアメリカ
のほとんどの州では妊娠中絶手術は違法で、しかしながらそ
こは“魚心あればなんとやら”で、請け負う医師が存在してい
ました。

ボストンの病院の病理医ベリーのもとに、同僚の医師アートが
逮捕されたという連絡が入ります。容疑は、中絶手術で患者
の女性が死亡したことと、そもそも中絶手術じたいが違法であ
るということ。
この死亡した女性というのが、名門ランドール家の娘なのです
が、アートはこの娘の手術は身に覚えがないと言うのです。

ベリーはアートの無実を信じ、真相を見つけ出そうとしますが、
この一件の関係者はだれも協力してくれず、ベリーに手を引け
と諭す者まで。
そのうちに、ベリーの近辺で怪しげな動きが見えはじめ、さらに
直接ランドール家からベリーに圧力が・・・

作家になる前に、大学で医学を学んでいた著者ならではの、病
院内、病理検査の緻密な描写がすばらしく、この当時のアメリカ
がかかえていた病も物語に絡んできて、そして、事件が終結に
むかうそのほんの数歩手前であらたな問題勃発、といった著者
お得意のパターンが、読み終わるまでハラハラドキドキさせてく
れます。

ようやく今年になって脳死判定の基準が法制された日本ですが、
アメリカでは前から「脳死は人の死」との基準があり、臓器移植
は新鮮であればあるほど移植はスムーズに行われるため、この
基準の無かった日本や諸外国は移植手術を求めてアメリカに渡
らざるをえず、高額費用もネックになるなどの問題もありました。
しかし、妊娠中絶に関する是非は、アメリカ国内ではいま現在も
続いており、「これから生まれる者」と「これから死にゆく者」に
対する尊厳というか、根本的な考え方の違いがあります。
アメリカあるいはキリスト教では仏教の「法事」にあてはまる行事
は、たぶん無いんじゃないかと思います。
一方日本でも中絶の是非はあるものの、アメリカあるいはキリス
ト教のような捉え方はありません。

人の生と死、という絶対原理そして宇宙の法則に、人間がどんな
に考えて法整備したところで、100パーセント正しいとされる結論
は出ないよなあ、と考えさせられました。
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湊かなえ 『告白』

2009-08-10 | 日本人作家 ま
2009年の本屋大賞受賞作ということですが、いちおう過去の
大賞作品は余さず読んでおり、それまで本を読む習慣がなかった
ところに「博士の愛した数式」を読んで感動し、それから怒涛の
ように本をむさぼり読むようになったもので、ある意味、感謝と
いうと変ですが、読書というすばらしい世界に導いてくれた本屋
大賞なわけであります。

「告白」というと、町田康の同じ名前の作品をこの前読んだばかり
でして、それでも帯には推理小説の賞を受賞したとかで、まあ作風
は違うだろうなと思い、読み始めたらタイヘン。ある学校での不幸な
「事件」に関係するそれぞれの人物の「告白」がそれぞれ別の視点
や側面で描かれると、こうも違う印象を持ってしまうのか、という、デ
ビュー作とは思えない筆力と構成にぐいぐい引き込まれ、気がつい
たら窓の外はやうやうと白くなりゆく山ぎは、でした。

女性教師が退職することをクラスの生徒たちに伝えるところから始
まり、そのきっかけとなったのは、教師のひとり娘が校内のプール
で水死となって見つかり、はじめは事故とされたのですが、教師は
自分のクラスの生徒がこの事件に関係している、いや娘を殺した、
と生徒たちに告げます。
そして、教師はとんでもない方法でこの生徒二人に罪を贖わせるの
です。

この贖罪を背負うことになる生徒の告白、クラスの学級委員の告白、
生徒の家族の告白と、ここがおもしろいのですが、それぞれが持つ
正義感が、この事件をどの立ち位置から見ているかによって、まった
く違ったものになってくるのです。

ある章を読めばこの人物に同情し、しかしべつの章を読むと、さっき
までの感情がこんどは反感に変わり、さらに別の章では同情も反感も
なくなってしまう。読んでいるうちにどこからともなく芽生えてくる
恐怖心は、作品の登場人物の人間像ではなく、物語の怖さでもなく、
読んでいる自分自身のころころ変わる心情なのだと気づかされます。

芸能人がたて続けに薬物で逮捕されている報道を見ていて、ある記者
が所属事務所の社長が会見に出てこないことに腹を立てて怒鳴ってい
ました。心配していたのに善意が裏切られたようです。
報道は国民に情報を伝えるという「正義」側でいますが、はたしてなにを
もって「正義」なのか。視点が変われば、程度の低いバッシング、クレーム
あるいは低脳な子どものイジメみたいなものを「正義」としているスタンス
に見えてしまいます。

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リチャード・ノース・パタースン 『罪の段階』

2009-08-08 | 海外作家 ハ
この作品は、「ラスコの死角」という作品の続編で、経済犯罪対策委員会
クリス・パジェットとメアリ・キャレリが裏金問題の絡む政界スキャンダルを
暴くというもので、『罪の段階』は、その後、クリスはカリフォルニアで弁護
士事務所を開業、メアリはジャーナリストに転身してからの話となります。
ふたりの間に生まれたカーロという男の子は、はじめメアリの実家で育て
られていますが、心を閉ざしてしまい、クリスはカーロを引き取ります。

と、ここまでは、クリスとメアリ、そしてカーロの背景で、事件はメアリがカ
リフォルニアを訪れクリスとカーロに数年ぶりに再会、その翌日、メアリは
ある男を銃で撃ってしまいます。

その男とは、マーク・ランサムという有名作家で、メアリはサンフランシス
コのホテルでランサムと面会する予定があり、レイプされかけて銃が暴発、
警察に連行されたメアリはクリスを呼ぶのです。
ランサムはメアリに、事故死したある政治家と有名女優との異常な関係を
証明するカセットテープを持っており、この女優の本を書いて、メアリの出
演する番組で宣伝してほしいと依頼している最中に襲われたと供述。
クリスは、正当防衛と、この醜悪なテープが世に出ることを防ぐために不
起訴を要求しますが、検察側はホテルの捜査、遺体の検死の結果、メア
リの供述は疑わしい部分が多く、メアリは殺人で起訴されてしまいます。

さらに、ランサムの自宅からは、15年前の政界スキャンダルでメアリが
嘘の証言をしたと告白する、カウンセリングを受けている時のテープが
発見され、このテープが公になれば、クリスも嘘の証言を手伝っていた
ことがばれてしまいます。

はたして、クリスはメアリの無罪を勝ち取ることができるのか、そしてこの
事件によって明るみになるメアリ・キャレリのもうひとつの罪とは・・・

『罪の段階』で描かれた裁判から数年後、クリスは法律事務所の助手テリ
ーザと恋に落ち、ふたりがイタリア旅行に出かけている時に、テリーザの家
で離婚係争中の夫が銃で自分の頭を打ち抜いて死亡しているのが発見され、
側には遺書があり、警察は自殺を疑い、死亡推定時刻はクリスとテリーザが
イタリアに出発する前夜と判明し、クリスは殺人容疑で逮捕…というのが
「子供の眼」というタイトルの続編。
先にこの続編を読んでしまっていて、文中に「キャレリ裁判」がたびたび出て
きておおまかには説明されていたのですが、ようやくその詳細がわかって、
スッキリしました。
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村上龍 『半島を出よ』

2009-08-05 | 日本人作家 ま
表紙は、福岡市の上空から撮った衛星写真、さらに毒々しい
カラフルなカエルが大小いっぱい。まずこの表紙のインパクト
だけで「何かただ事ではない」雰囲気を漂わせています。

内容は、近未来の日本、設定は2011年、日本経済は崩壊
し、アメリカは日本を見捨てて中国との連携を強化。そんな中
北朝鮮の特殊部隊が「反乱軍」を装い日本に上陸。たった9人
のコマンドで福岡ドームを占拠します。数万人を人質にとられた
政府はなすすべもなく、福岡を封鎖します。
さらに北から500人の「反乱軍」が飛行機で上陸、彼らは福岡
を拠点にし、新国家樹立を掲げようとするのです。
政府は福岡を見捨てた格好となり、アメリカにテロだと訴えます
が、アメリカはテロとはみなさず、在日米軍を動かそうとしません。
そして、数日後には10万人規模の「反乱軍」が船で日本に来る
との情報が・・・
やることなすこと後手後手にまわる無策な政府と官僚、もはや
世界での発言力も求心力も失った日本を助けようと動く他国は
なく、このまま九州を切り離すことになるのか。
そんな中、社会から不適合の烙印を押された人たちの集まる
グループが、この「反乱軍」に戦いを挑むのですが・・・

設定や話の筋が、福井晴敏の描く世界観に似ていなくもないの
ですが、福井晴敏作品は息つくひまもないほどグイグイと物語
に引き込まれて、全力疾走をしているような気持ちになるのです
が、「半島を出よ」も、途中途中は迫りくる臨場感で息つかせぬ
ほどですが、適度に疲労を感じてきた頃にインターバルをもうけ、
閑話休題、シリアスな場面にもどります。この緩急のバランスが
絶妙で、全力疾走もそれはそれで心地よい疲労感なのですが、
緊張と弛緩の配合具合が、村上龍クラスの作家の「技術」を感じ
させます。

文中で、ああ、ここが作者が読者に伝えたいことなんだな、という
部分を見つけられますが、けっして力強いアプローチではなく、さり
げなく登場人物によって語られる、押しは強くないですが、それでも
読後に印象的なシーンとして心に残ります。

設定は2011年、あと2年後の日本を描いているのですが、日本
経済の崩壊、それに乗じて北の軍隊が日本を襲撃、九州を占領
といったことが、あながち荒唐無稽な虚構ともいえない、そんなう
っすらと恐怖さえ感じてしまいました。
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