続いて訪れたのは、須玉町下津金藤岡山の頂上に鎮座する“藤岡神社”の紹介です。
藤岡神社への行き方ですが最寄りの道路側からだと参道の石段が途中で無くなっていて、こちらからだとたどり着けません。
(茂みの中に石灯篭が見えています。この上から参道石段が続いています。行き方は後述します。)
麓から見上げた藤岡山
かなりの参道石段を登って行きます。(由緒によれば、三百数十段あるようです。)
石段途中にある石製明神鳥居
市内が一望出来るほど登ります。息が切れた頃に、ようやく境内へと到着です。
藤岡神社 拝殿 かなり広い境内です。
武田菱
本殿
祭祀:大己貴命
由緒:下津金の総鎮守として崇敬されて居る。金比羅サンと呼ばれ鎮座年月不詳なるも藤岡山頂に文化八年社殿建替又広域に亘る寄進者によって参百数十段の石段が造られ、境内が拡張され山名を取って藤岡神社と改めた。眺望絶佳であり神社裏手には駒嶽信仰秋葉信仰等々の古代信仰の原点とも思へる石造物が見受られる。(山梨神社庁より)
由緒にもあるように、かつてここは金毘羅さんとして民たちから崇敬されていた様です。
山梨には、海が無いにも関わらず船の名が付く神社や宗像三女伸を祀る海や水に関わる神社など多くありますが、ここから西へ500m行った場所に須玉川が流れている事から、高台に建つ眺望が素晴らしいこの地に、金毘羅宮として祀られた事は充分予想できます。
舞殿
ここの神社で特筆すべき場所は、由緒にも記載がある様に本殿裏手に点在する石造物です。
聖徳太子碑
裏山に点在する石仏群
稲荷祠
一番最奥にあった別格扱いの石仏(聖徳太子像?)
大黒天像 甲州地方では、珍しいそうです。
こちらの石像も、とても珍しいそうです。秋葉山信仰に関連する遺構は通常、石碑や灯篭なのだそうですが、ここでは、烏天狗!!です。
ちょっと表情がリアルで不気味です。
鼻が黒くそして長い!なかなかリアリティがある秋葉天狗です。
「天保五年(1834)十二月吉日 石工北原善七」と、読めます。
裏山一帯は、秋葉信仰、駒嶽信仰、摩利支天や三十三観音、聖観音像などいろいろな、これら古代の信仰形態の石造物を一堂に観る事が出来る、なかなか興味深い場所と言えます。ここまで来るのに、少々難儀する場所ではありますがこれら石造物群は必見です。
さて、最後に冒頭でも述べたここへの行き方ですが、我々は石段を頑張って登って来たのですが、本来下まであった石段は、途中で無くなっています。
たぶんですが、道路を整備した際に本来あった石段を途中で寸断したのではないかと思っています。
Googleストリートビューで確認したところ、寸断された石段の延長上に灯篭が二基建っていましたので、かつてこの辺りに参道石段の入口があったものと思われます。
我々が訪れた際も結局わからなかったので、近所で農作業をされていた方からお聞きしました。なんでも
「山沿いに水路があるからそれをたどって行けば石段がみつかる」
との事でした。
我々は、この近くに車を置きこちらから神社のある方向へと向かいました。
山へと向かいます。
この水路管の上を左へ用水路があるので、山沿いに歩いて行きます。
両側に灯篭がある石段へとたどり着く事が出来ます。
石段の数は三百十数段です。(由緒による)かなりしんどいですので覚悟して下さい。
また、これは後からGoogleストリートビューを見ていて気付いたのですが…。
ここを登って行けば、灯篭の場所にたどり着けそうです。
また、これはGoogleマップのコメントにあったのですが、裏手から林道が伸びていて楽に来られるとの情報がありました。
確かに、境内の脇からこのような林道が伸びていましたので、こちらから上がってこられた方が楽に来られるかも知れません。
(さすがに普通の車では上がって来られないかも知れません。)
【マップ】
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます