ヨブ記21:14-15
『しかし、彼らは神に向かって言う。「私たちから離れよ。私たちは、あなたの道を知りたくない。
全能者が何者なので、私たちは彼に仕えなければならないのか。私たちが彼に祈って、どんな利益があるのか」と。』
マラキ書3:13-14
『「あなたがたはわたしにかたくななことを言う」と主は仰せられる。あなたがたは言う。「私たちはあなたに対して、何を言いましたか。」
あなたがたは言う。「神に仕えるのはむなしいことだ。神の戒めを守っても、万軍の主の前で悲しんで歩いても、何の益になろう。』
言論の自由があるのは良いことです。
しかし自由があるからと、何を言っても罪にはならないでしょうか。
言論の自由があっても、自分が語った言葉に対しては自己責任を負います。
神は何も見ていない、何も聞いていないと思うならば、大きな間違いです。
私たちが忘れた言葉までも、すべて覚えておられるのが神です。
マラキ書でも、自分たちが言った言葉を忘れていましたが、神はすべてを覚えていました。
人が神の裁きの座の前に立つ時は、自分が言った言葉も裁きの対象になります。
「まさか」と思うことで神の厳しい裁きを受けて、永遠の刑罰に入る人が大勢いるでしょう。
マタイの福音書12:36
『わたしはあなたがたに、こう言いましょう。人はその口にするあらゆるむだなことばについて、さばきの日には言い開きをしなければなりません。』
【祈り】
主よ。悪いことば、神に忌み嫌われる言葉をどんどん捨てます。
【聖句をノートに書きましょう】
-言葉-
- ヤコブ3:2
- ヤコブ3:9-10
- エペソ4:29
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