筑後川の支流、杖立川が侵食した渓谷の僅かな土地に、幾筋もの湯煙が立ちのぼり、大型旅館や小旅館、湯治宿などさまざまな旅館が細長く立ち並んでいる、昭和の香りを残す温泉街です。
背戸屋と呼ばれる町並みのある杖立温泉のレトロな街の対岸、温泉街の南端に位置する米屋別荘は、現在は7代目の当主が引き継いでいる、創業が天保14年(1843年)という老舗です。
バイパスの完成によって、今は車の通りも少なくなった日田街道から、坂道を少し下りた奥まったところに玄関があります。敷地内に入るとチャボがお出迎え。なんだかほのぼのとした雰囲気は、老舗にありがちな敷居の高さを感じさせません。
玄関といっても旅館特有の仰々しいものではなく、縄暖簾のない居酒屋といった風体。旅籠の雰囲気を継承しているのでしょうか。中に入ると民芸調。土間に囲炉裏が据えられていて。フロントカウンターはなく帳場といった風情。
囲炉裏の裏手に狭いが落ち着いた雰囲気の談話室兼ライブラリーがあって、ここで宿帳に記帳。シフォンケーキとお茶を出してくださいました。
帳場のある母屋には個室の食事処とライブラリーとともに、ツインの和洋室が3部屋と和室が3部屋、それぞれバストイレ付が配されています。館内は木の質感を活かした造りで、純和風とういうのではなく、時折モダンな部分が顔を出す洒脱な空間になっています。
母屋の奥は右側が大浴場、左側が貸切の温泉棟があり、その間に源泉と温泉蒸し場があります。さらにその奥には離れ3棟。今回、離れで予約しています。案内されたのは、いちばん奥の離れ「朝明け」です。
コンドミニアム形式で、1階は和室と洗面所を兼ねたサンルーム、2階も和室で予め布団が敷かれています。贅沢なことに2階にもトイレがあります。
まずは眺めの良さに心躍ります。杖立川の流れが一望で流れの音も心地よい。この素晴らしいロケーションは何物にもかえがたい。
採光のいい大きな窓からはやわらかい光が差し込み、木肌の温もりと木の香りに包まれたスタイリッシュな空間が拡がる。余計な飾りは排除、インテリアなどもすっきりとさり気ない。シンプルに映るがモダンで洒落た造り。
お部屋のテレビは小さいが、こういう贅沢な空間ではむしろ無くてもいいぐらい。オーディオがあるので談話室からCDを借りてきて部屋で音楽三昧というのもいい。離れなので音漏れに気を使う必要もありません。
このお宿での食事は専用の個室でいただくことになります。夕食の時間になると、わざわざ若女将がお迎えに来てくださいました。料理の腕を振るうのは、京都で修行されたという七代目の若主人です。
料理の詳細は食べログで
ここは客室6室、離れ3室に対し、大浴場、貸切湯合わせて11ヶ所という、かなり温泉にこだわったお宿。メインの浴室は別棟となっており、「ゆ」と書かれた重厚な障子戸を開けて入る。入ってすぐのところが、男性専用浴室「殿の湯」です。脱衣所は浴室と一体式でだがやや狭い。宿泊客は外来入浴者用の玄関とは別の通路から脱衣所に直接入ることができます。
半露店状の屋内は岩風呂になっているとともに、1人用の石風呂が2つ並んだ「みようと風呂」も設えられています。この宿のお風呂はすべて掛け流し。浴槽に満たされている湯は澄明で、41~42℃くらいに調整されています。
泉質はナトリウム・塩化物泉。仄かな硫黄の香りとともに僅かに塩気が感じられる。なめらかなでマイルドな浴感なのは加水によるものでしょうか。湧出時の温度が98.3℃というからには、加水で調整するしかない。特徴的なのは、多くの浴槽にジャグジーの如く空気の吹き出しが備えてある。これも温度調整の一環かもしれません。
隣の「長寿霊泉」は野趣にあふれる混浴露天です。6畳ぐらいの石組み浴槽に、すぐ横にある米屋二号源泉から噴出してきたお湯が満たされています。周りには庭園のように多種の中・低木が植栽され、どこか幽玄さも感じさせる。3筋の打たせ湯からは勢いよくお湯が落ちていて、その飛沫がミストになって空間全体に靄がかかったようになっています。
長寿霊泉の横には小さな建物があり、これが古代伝承の「むし湯」です。98.5度の温泉の蒸気を使った、いわば湿式サウナ。三畳ほどの広さで4尺程度の浴室内に濛々と蒸気が籠っている。薪を枕に大の字で横たわると、10分もしないうちに汗が噴き出してきました。乾式のサウナは鼻が痛くなって苦手だが、湿式は喉や鼻にも優しい。
この宿の自慢は5つの貸切家族風呂と女性用露天風呂からなる「不老長屋」。一の湯から五の湯まである5つの貸切風呂は、各室は小さいながら屋根付きと露天の浴槽があって、そのうち140cmもの深さの「立ち湯」や岩を背にして寝ながら浸る「寝湯」など多彩。当初は全室制覇を目論んだが、あほらしくなって二つで止めました。
あほらしくなった理由は、離れのお部屋についている露天風呂が秀逸だったからです。杖立川の流れを眺めながら湯浴みのできるこの露天風呂には深さが二段になった長方形の浴槽と、大人二人がゆったり浸かることができる岩風呂露天。
当然ながら掛け流しで、源泉をそのまま流入させているとすぐに熱くなってくる。流量を調節してできるだけ濃厚なお湯に仕立てると、地球の息吹を感じるお湯になります。
静寂な環境の中での入浴は快適そのもの。さすが杖立て、湯量も泉質も申し分なし。肌にまとわりつくような無色の柔らかなお湯が惜しげもなく湯船から溢れだし、新鮮なお湯であることを改めて実感します。
この旅館の源泉は元湯なので他の温泉施設にも供給しているそう。温泉力を感じさせる魅力に溢れるお湯です。まだ若い7代目のご夫妻のさりげない気遣いがうれしい。この老舗宿には受け継がれてきたもてなしの心と古き良き情緒に溢れているようです。
場所:日田バス、産交バス・杖立BS
泉質:塩化物泉 約100℃
訪問日:2014年9月19日