散髪
2024-06-23 | 詩
陽射しが眩しい
僕は緑色のソファーに寝転がり
ビールを飲みながら壊れたラジオを悪戯していた
チューニングの合間から
ノイズに混ざった奇想曲が流れる
すごく技巧的なヴァイオリンだった
指使いを考えて
あたまがこんがらがって考えることを放棄した
少女がつまらなさそうに絵本を開き
ぱたん
と閉じて
ラジオで遊ぶ僕を冷静な視線で眺めている
アイスキャンデー舐める?
試しに云ってみた
いらない。
少女は手短に答えはっか煙草を咥えた
僕はソーダー水のアイスキャンデーを舐めながら
古臭い骨董品のラジオを調整した
少しつまみを触るごとにニュースやらゴシップやらが
離れ島に漂流した塵くずの様に散乱した
僕はその話が自分の国の話なんだ、と認識するのに
もの凄く手間取った
まるであの超絶技法のヴァイオリンの運指の様に難解すぎたのだ
そうして陽射しが眩しすぎた
決めたわ。
唐突に少女が宣告した
何を?
あなたの髪を切るのよ。
あまりに突然の状況に僕は混乱した
髪を切るの?
そう。
誰のさ?
もちろんあなたのよ。
彼女は立ち上がって屋根裏部屋に駆け上がり
はさみとコートを探し始めた
ばたん、ばたんと音がする
ラジオのノイズよりもひどい音がだった
ね、椅子を持って庭に出てて
あたしが準備する間に。
本気なの?
はやくしなさい。
少女は冷酷に言い放った
まるで撤回できない公的文書のような表現だった
僕はビール瓶とラジオと椅子を引きずりながら庭へ向かった
他に選択肢が見つからない危機的状況だった
空が青い
僕は緑色の瓶を片手に
コートを首に巻いて庭の真ん中で椅子に座り
ぼんやりと流れる白い雲を眺めている
ねえ
どうして僕の髪なのさ?
3種類のはさみを鑑定しながら彼女は答えた
これからもっと暑くなるわ。
あなたの髪じゃあ、すごく汗をかくのよ。
涼しげに過ごす為には散髪は必要不可欠なの。
大体、
大体、あなた最後に髪を切った記憶は何時なの?
論理的で分り易い説明だった
夏が来るから髪を切る
反対意見の入り込む余地は無かった
ちょき、ちょきと音がする
僕の長過ぎる前髪が無残に切り落とされてゆく
君さ
誰かの髪、切ったことあるの?
ないわよ。
事も無げに云って少女は切れの悪いはさみと格闘している
すっかり諦めた僕は緑のビール瓶を揺らしながら
ラジオのスイッチを悪戯していた
遠い何処かの国のニュースが流れた
いなくなった誰かが暮らす何処かの街角の噂話だったのかも知れない
僕はぼんやりと空を眺めた
何処かに繋がっている筈の世界を想像した
どうしてこんなにひどい癖毛なのよ。
僕の髪を指でくるくる巻きながら少女が厄介そうに問いかけた
性格と一緒じゃあないの?
ふ~ん。
奇妙に納得して彼女ははさみを動かし続けた
ラジオから知らない戦争の話が流れた
消して。
静かに少女が呟いた
記憶が鮮明すぎるのだ 僕はラジオのスイッチを切って庭に放り投げた
外界から遮断された緑の庭で
風の音を聴きながら僕等は散髪を続けた
まるで慰霊の日の儀式の様に
少女が木漏れ日のように歌を口ずさんだ
聞き覚えのある歌だった
何処で憶えたの?
屋根裏部屋のあなたのレコードの曲よ。
思い出した
ピンクフロイドの曲だ
「あなたがここにいてほしい」
そういえば晩年のシド・バレットの記憶が無い
彼は何を想い長い空白の時間を過ごしたのだろう
少女の歌声が優しく流れた
ぼんやりと酔いが回り始める
あなたがここにいてほしい
まるで届かない祈りのように歌が風に吹かれた
僕は緑色のソファーに寝転がり
ビールを飲みながら壊れたラジオを悪戯していた
チューニングの合間から
ノイズに混ざった奇想曲が流れる
すごく技巧的なヴァイオリンだった
指使いを考えて
あたまがこんがらがって考えることを放棄した
少女がつまらなさそうに絵本を開き
ぱたん
と閉じて
ラジオで遊ぶ僕を冷静な視線で眺めている
アイスキャンデー舐める?
試しに云ってみた
いらない。
少女は手短に答えはっか煙草を咥えた
僕はソーダー水のアイスキャンデーを舐めながら
古臭い骨董品のラジオを調整した
少しつまみを触るごとにニュースやらゴシップやらが
離れ島に漂流した塵くずの様に散乱した
僕はその話が自分の国の話なんだ、と認識するのに
もの凄く手間取った
まるであの超絶技法のヴァイオリンの運指の様に難解すぎたのだ
そうして陽射しが眩しすぎた
決めたわ。
唐突に少女が宣告した
何を?
あなたの髪を切るのよ。
あまりに突然の状況に僕は混乱した
髪を切るの?
そう。
誰のさ?
もちろんあなたのよ。
彼女は立ち上がって屋根裏部屋に駆け上がり
はさみとコートを探し始めた
ばたん、ばたんと音がする
ラジオのノイズよりもひどい音がだった
ね、椅子を持って庭に出てて
あたしが準備する間に。
本気なの?
はやくしなさい。
少女は冷酷に言い放った
まるで撤回できない公的文書のような表現だった
僕はビール瓶とラジオと椅子を引きずりながら庭へ向かった
他に選択肢が見つからない危機的状況だった
空が青い
僕は緑色の瓶を片手に
コートを首に巻いて庭の真ん中で椅子に座り
ぼんやりと流れる白い雲を眺めている
ねえ
どうして僕の髪なのさ?
3種類のはさみを鑑定しながら彼女は答えた
これからもっと暑くなるわ。
あなたの髪じゃあ、すごく汗をかくのよ。
涼しげに過ごす為には散髪は必要不可欠なの。
大体、
大体、あなた最後に髪を切った記憶は何時なの?
論理的で分り易い説明だった
夏が来るから髪を切る
反対意見の入り込む余地は無かった
ちょき、ちょきと音がする
僕の長過ぎる前髪が無残に切り落とされてゆく
君さ
誰かの髪、切ったことあるの?
ないわよ。
事も無げに云って少女は切れの悪いはさみと格闘している
すっかり諦めた僕は緑のビール瓶を揺らしながら
ラジオのスイッチを悪戯していた
遠い何処かの国のニュースが流れた
いなくなった誰かが暮らす何処かの街角の噂話だったのかも知れない
僕はぼんやりと空を眺めた
何処かに繋がっている筈の世界を想像した
どうしてこんなにひどい癖毛なのよ。
僕の髪を指でくるくる巻きながら少女が厄介そうに問いかけた
性格と一緒じゃあないの?
ふ~ん。
奇妙に納得して彼女ははさみを動かし続けた
ラジオから知らない戦争の話が流れた
消して。
静かに少女が呟いた
記憶が鮮明すぎるのだ 僕はラジオのスイッチを切って庭に放り投げた
外界から遮断された緑の庭で
風の音を聴きながら僕等は散髪を続けた
まるで慰霊の日の儀式の様に
少女が木漏れ日のように歌を口ずさんだ
聞き覚えのある歌だった
何処で憶えたの?
屋根裏部屋のあなたのレコードの曲よ。
思い出した
ピンクフロイドの曲だ
「あなたがここにいてほしい」
そういえば晩年のシド・バレットの記憶が無い
彼は何を想い長い空白の時間を過ごしたのだろう
少女の歌声が優しく流れた
ぼんやりと酔いが回り始める
あなたがここにいてほしい
まるで届かない祈りのように歌が風に吹かれた
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